[注] 本記事の初稿は12月12日に刊行されたKevin Daviesの批評に準拠していたが、12月14日に同じThe CRISPR Journalから刊行されたより批判的な批評の概要も追記した。

1. 掟破り
[出典] FIRST CUT "
Breaking the Rules" Davies K. CIRPSR J 2022-12-12. https://doi.org/10.1089/crispr.2022.29157.kd [Kevin Daviesは"Editing Humanity - The CRISPR Revolution and the New Era of Genome Editing (ISBN: 9781643137636 Paperback May 2021)"の著者];ドキュメンタリーフィルムのWebサイト https://makepeoplebetterfilm.com
 2018年にヒト胚内で遺伝子編集されたCRISPRベビーの誕生をめぐるドキュメンタリーフィルム「Make People Better」が2022年12月14日にYouTube, Amazon Prime Video, iTunes, Goodge Play, Xbox, Vimeo, VUDUなどで公開された。
 4年前、著者(KD)は香港大学のLee Shau Kee Lecture Centreの最前列に座り、メディアの熱狂と世界の大炎上の震源地に若い中国人科学者が登場することを予期していた。ちょうどその2日前、賀建奎が世界初の遺伝子編集児「ルル」と「ナナ」を誕生させたと発表し、世界中が驚かされた。この双子は数週間前に早産で生まれたが、健康であるはずなのに、HIVに対する免疫をつけるためにCCR5遺伝子のコピーを意図的にノックアウトさせていたのである。
 生命倫理の会議には珍しいことに、写真家、ジャーナリスト、カメラクルーが居場所を奪い合うように集まっており、その中に、今回のドキュメンタリーのディレクターのCody SheehyとプロデューサーのSamira Kian(現在はピッツバーグ大学のゲノム科学者)も居た。その1カ月前、Sheehy とKianは、ヒト胚のCRISPR編集に関する研究を発表した賀建奎へのインタビューを撮影していたのである。インタビューにはMITテクノロジーレビュー誌の記者Antonio Regaladoが同行していた。
 香港での会議の前夜、Regaladoは中国の臨床試験のオンライン登録を調べ、賀建奎の監督下でCRISPRbabies妊娠の証拠を発見し、その妊娠の結果は不明であったが、大胆にもCRISPRbabiesのスクープを発表していた。
 CRISPRbabiesの事実が公になってから4年後にようやく公開された本作では、主人公である賀建奎がつい最近まで投獄されていたために、製作者たちがストーリーをどう構成するのがベストかという問題と格闘してきたことが、フィルムから、うかがえる。最終的には、倫理的な問題にはほとんど触れず、従来の科学ドキュメンタリーに見られるような慎重なテンポの良さや学識経験者を排除し、その結果、時にスタイルが実質を圧倒することはあっても、よりエッジの効いたエキサイティングな作品に仕上がっている。
 賀建奎の強制的な不在の間、『Make People Better』は4人の中心人物を軸に展開する。科学ジャーナリストとしてカリスマ的存在であるRegalado、ヒト遺伝学の分野で必然的に登場するハーバード大学の遺伝学者George Churchに加え、アリゾナ州立大学の科学史研究者Benjamin Hurlbut である [フィルムでは触れられていないが、父のWiliam Hurlbutはスタンフォード大学の神経科学者であり、賀建奎とは、CRISPRベビーの妊娠を知らされる関係にあった]。賀建奎の拘束後、Benjamin Hurlbut は彼との長電話による会話を何度か録音し、賀建奎の動機に光を当てている。これらのインタビュー映像は、視聴者が自分なりの意見を持つことができるように、淡々と表示されている。
 その結果、1970年代後半に体外受精のパイオニアであるRobert EdwardsとPatrick Steptoeのメディア主導の成功と名声に刺激された野心的な科学者という図式が浮かび上がってきた。Hurlbutは、「賀建奎がJames Watsonと交わした短い会話」を語っている。Watsonは、「遺伝するヒトゲノム編集(human hereditary genome editing: HHGE)は、人々をより良くするため (make people better) ためのもの」と述べた。賀建奎は電話ではHurlbutに、「そのコメントから、私は「ガラスを割る」人間になる勇気を得た」と語った。あるいは、Hurlbutに言わせれば 「今はカウボーイ、後にノーベル賞受賞者」ということになる。
 フィルムに登場するもう一人の著名人は、賀建奎のプレス担当、Ryan Ferrellである。(不思議なことに、様々な雑誌や書籍で著名であるにもかかわらず、このフィルムでは彼の姓を公表していない)。Ferrellは、賀建奎がCRISPRbabiesの誕生を一般に公開する手助けをし、世界がHHGEという考えを「容易に理解できる」ようになることを期待して、賀建奎と契約した。賀建奎がNature 誌に自己満足の論文を投稿しようと急ぎ、話が暴走していく中で、彼が葛藤する様子が手に取るようにわかる。
 このフィルムは、賀建奎が欧米で描かれてきたような「ならず者 (rogue)」科学者ではなかったことを、彼の欠点を含めて説得力ある形で示している。米国にいる一握りの親友や指導者を含む彼を囲む「信頼のサークル」の中で、賀建奎は、よほどのこと (anything too controversial) をしでかさない限り、中国当局には保護され、奨励されているとさえ、感じていた。
 "Make People Better"は、上映時間83分であっという間に終わってしまう。手際よく撮影され、小気味よく編集されたこのフィルムは、典型的な科学ドキュメンタリーというよりも、『ボーン・アイデンティティー』や『ウエストワールド』の系譜に連なり、ストーリーを急ぐあまり、より完全で満足のいく絵を描くための貴重な機会を逃した。
 このフィルムにおける科学の扱いは残念ながら雑である。DoudnaとCharpentierがちらりと登場する以外、CRISPR遺伝子編集の発見やあるいはヒト胚における編集について、何の説明もない [フィルムの製作者はこの選択を、CRISPR技術の進歩が速く、しかも『ヒューマン・ネイチャー』などのドキュメンタリー番組が詳しく取り上げていることを理由に、正当化している]
 CCR5遺伝子を標的にした賀建奎の根拠もまた丁寧に描かれていない。賀建奎は2015年に、Georege Churchが米国バークレーで開催された会議での基調講演で、「CCR5を含むいくつかの遺伝子変異を挙げ、原理的に何らかの形で人間の強化が可能であること」を述べたところを聴いていたと、触れられているが、賀建奎が模倣しようとしていた、HIVに対する耐性と相関する自然なCCR5の変異(32塩基欠失)については触れられていない。遺伝子編集された胚の1つがモザイクがあることが証明された以外、視聴者はCRISPRの双子のニュースになぜ世界があれほど怒ったのか理解するのに苦労するかもしれない。また、ルルとナナの6カ月後に生まれたとされる3人目のCRISPRbabyについて何も触れられていないことにも驚かされた。
 このフィルムは、結局のところ、人間の遺伝子に手を加えることの是非について倫理的問題を提起するにもかかわらず、驚くほど答えを出そうとする姿勢が見られない。
 こうした抜けはあるものの、”Make People Better”は、CRISPRゲノム編集の歴史だけでなく、人類そのものの歴史的瞬間の重要かつ非常に見応えのある記録である。望むらくは、いずれもっと長いディレクターズ・カットが制作されんことを願う。

2. CRISPR babiesと万里の長城の中の科学
[出典] Views & News "CRISPR Babies and the Great Wall of Silence" Greely HT. CRISPR J. 2022-12-14.
https://doi.org/10.1089/genbio.2022.29072.htg [著者] Stanford U;  "CRISPR People: The Science and Ethics of Editing Humans" (MIT Press, 2021) の著者
 まず、あなたも私(著者HG)と同じように、この映画の装飾にうんざりしているかもしれない。おどろどろしい音楽、暗くて雨の多い中国の街を俯瞰する『ブレードランナー』のような映像、疾走するパトカーなどだ。しかし、これらは現代のドキュメンタリーで使われる無味乾燥な講義(dry lectures)にみえないようするためのお飾り (trappings)であり、観客を獲得しようとする方便なのだ。
 第二に、この映画は、確かに賀建奎の事案に関していくつかの事実を提供はしている。
 この映画は、4人の男性へのインタビューを中心に構成されている。逮捕後に彼と実質的な電話連絡をとったアリゾナ州立大学のBenjamin Hurlbut 、2018年11月にCRISPRベビーの話を報道したMITテクノロジーレビューの記者Antonio Regalado、賀建奎が雇ったアメリカの広報コンサルタント、Ryan Ferrell、創造的でカリスマ的かつ物議を醸すことが多いハーバード大学の遺伝学者George Churchである。
[新型コロナウイルスの報道でピューリッツァー賞を受賞することになったニューヨーク・タイムズ特派員 Paul Mozurも少しだけ登場する]
 しかし、随所に登場するのは、He Jiankui氏自身のビデオである。これはこのドキュメンタリーのために撮影されたものではなく、既存の映像から引用したものである。この映画には、彼との電話での会話も収録されており、ほとんどは彼とHurlbut のものだが、少なくとも1つは彼とFerrellのものである。
 これらのインタビューや映像は、CRISPRbabiesの事案やその他の出来事の背景を描き出してはいる。しかし、それらは、彼の実験が公開された前後、その2日後に香港で開催された第2回ヒトゲノム編集に関する国際サミットに彼が出席した前後、そして彼が深センで拘束された初期の時期に限られている。Chruchとのインタビューやその他のクリップ(The Late Show with Stephen Colbertへの出演を含む)が、科学と文化におけるある程度の位置付けを提供しているが、CRISPRbabiesについては、既刊のいくつかの書籍や多くの記事がより明確で直接的なストーリーを提示しており、これらはそのイントロダクションに止まる。
 第三に、この映画には気になるギャップがある。たとえば、"誠実な"賀建奎がカメラを直視して善意を説明する好映像のクリップが紹介されているが、実は、あれはFerrellの監修のもと、CRISPRbabiesの話が漏れる数週間前から、彼や彼のグループが、彼の発表の一部として使うために用意した5本のビデオに由来する。実際、Regaladoが「中国でゲノム編集の臨床試験が進行中」というスクープを発表したとき、彼のグループは、香港サミットでの講演の2日前に、まさにそのビデオをYouTubeにアップロードしていたのである。また、AP通信の取材班が、この記事が出る数週間前から、ひそかに彼の研究室に独占的にアクセスすることを許可されていたことも、この映画ではまったく触れられていない。彼らの長編記事はRegaladoの記事のすぐ後に掲載され、CCR5遺伝子を編集したゲノムを持つ双子のルルとナナの誕生を明らかにしている。賀建奎は、HIVの犠牲者を助けようと"Make People Better"を志しただけでなく、名声を得、賞賛されようとしていた。
 このフィルムはまた、小さな謎も作り出している。フィルムにはHurlbutがHeと会話しているところで、Heがドアをノックする音を聞いて会話が中断されるシーンが取り入れられている。Hurlbutは、「この中国人科学者が3年の懲役を言い渡される前に、彼と話したのはこれが最後だった」と言う。映画では、このエピソードは、Mozurが賀建奎のアパートを訪ねようとして失敗したシーンのすぐ後に差し込まれている。この2つの出来事は、フィルム上で見えるようなタイミングで起こったのだろうか?
  CRISPR babiesに当初から関心をいだいていた人々がこのフィルムから新たな知見を得ることはないだろうが、このフィルムは83分という短い時間で、CRISPRbabiesのニュースが流れる直前から、賀建奎の拘束の初期段階までの物語を、不連続的ではあるが、見ることができる。そこで、著名な映画評論家として知られていたRoger Ebertの言葉を借りて、私 (HG)はこのドキュメンタリーを“One half thumb up.”と評する。