2023-03-25 原論文紹介・解説記事へのリンクを追記:"CLASH of the Titans: How CAR-T Cells Can Triumph Over Tumors" Opstelten R, Green-van Heeren JJ. CRISPR J 2023-03-21. https://doi.org/10.1089/crispr.2023.0003 [著者所属] Sanquin Health Solutions
 CRISPRを用いた新しいスクリーニングツールであるCLASHは、抗原特異的な設定で多重遺伝子編集を行うことで、それを標的とすることでT細胞療法を強化することが可能な遺伝子の同定を可能にする。
2023-02-03 初稿
[注] CLASH (CRISPR-based library-scale AAV perturbation with simultaneous HDR knock-in)
[出典] "Massively parallel knock-in engineering of human T cells" Dai X, Park JJ, Du Y, Na Z, Lam SZ [..] Chen S. Nat Biotechnol. 2023-01-26. https://doi.org/10.1038/s41587-022-01639-x [著者所属] Yale School of Medicine, Yale U School of Public HealthYale U
  近年、レンチウイルスやレトロウイルスベクターを用いてキメラ抗原受容体(CAR)遺伝子をヒトT細胞に導入する細胞療法(CAR-T)が、B細胞悪性腫瘍や多発性骨髄腫などの血液腫瘍の治療薬として米国食品医薬品局(FDA)から承認されてきた。また現在、CAR-Tやその他の養子T細胞療法の開発が急展開しつつあり、1,100件以上の臨床試験(参照 https://clinicaltrials.gov/)と前臨床段階の多くの研究が行われている。今後、細胞ベースの免疫療法すべてが次世代の細胞工学的アプローチから恩恵を受けることができる。
 一方で、CAR-T療法にはまだ大きな課題がある。これまでのところ、固形がんに対するCAR-T療法はFDA承認には至っていない。劇的な効果が報告された血液腫瘍においても、多くの患者が難治性あるいは再発する可能性がある。現在のCAR-T療法の分子機序にも多くの課題が残っている。
 CAR-T細胞療法の分子レベルからの課題の解決には、過去の知見にもとづいた焦点を絞った遺伝子改変に代えて、ゲノムワイドで偏りの無い遺伝子改変を加えたCAR-T細胞のプールから、抗腫瘍性が高く、安全で安定したCAR-T細胞をスクリーニングするアプローチが一つの選択肢である。しかし、細胞療法への応用を目的とする標的へのノックインは、効率が低く、そのスケールも限られていた。Yale大学の研究チームは今回、高効率・ハイスループットなノックインを可能にするシステム、CLASH、を開発した。
 CLASHにおいて、Cas12a/Cpf1 mRNAとプール型のアデノ随伴ウイルス・ライブラリー(Descartes library - 901遺伝子 [*]を標的とする8,047 Cas12acrRNAs)を用いることで、超並列相同組み換え修復過程を介して、遺伝子編集と精密な遺伝子ノックインを同時に行い、それぞれに標的遺伝子編集が施された変異体のプールを得ることができる [Fig. 1: Establishment of CLASH system for massively parallel knock-in engineering 参照]
[*] 
T細胞の疲弊、エピゲノム制御、T細胞共刺激、メモリーT細胞の分化、TCRシグナル、適応免疫応答、腫瘍細胞に対する免疫応答、またはT細胞の増殖に関与する遺伝子。
 CLASHを初代ヒトT細胞に適用した。CD3、CD8、CD4 T細胞を用いて、血液がんおよび固形がんモデルにて経時変化を追い、CAR-T変異体のプールからの抗腫瘍機能の高いCAR-T変異体の偏りの無い選択を可能にした。
 CLASHスクリーンはin vivo でも in vitroでも実行可能であるが、in vitro スクリーンでは、腫瘍微小環境をよりよく模倣することを目的に、低酸素、栄養欠乏、その他の条件を設定することが可能である。
 CLASH実験から、特定のCRISPR RNA(crRNA)によって、PRDM1のエクソン3がスキップされたCAR-T変異体が生成され、これらの細胞において増殖、幹細胞様特性、セントラルメモリーT細胞、および寿命が増加し、固形腫瘍モデルを含む複数のがんモデルにおいて生体内で高い効果が得られることが、明らかになった。
 CLASHは汎用性が高く、CAR-T細胞工学の他に、様々な細胞工学や治療工学に幅広く展開可能である。