[*] 第3回ヒトゲノム編集に関する国際サミット/Third International Summit ion Human Genome Editing
[出典] "Gene-editing summit touts sickle cell success, while questions on embryo editing linger" Kupferschmidt K (Science誌特派員). Science. 2023-03-13 15:45 https://doi.org/10.1126/science.adh7728
 2018年に香港で開催された第2回ヒトゲノム編集に関する国際サミットの主役は、ヒト胚ゲノム編集を実行しいわゆるCRISPRbabiesを誕生させた当時南方科技大学准教授の賀建奎 (He Jiankui)であった。2023年ロンドンで開催された第3回サミットの主役は、Vertex PharmaceuticalsとCRISPR Therapeuticsが開発したCRISPR療法exa-celを受けて鎌状赤血球症(Sickle cell disease: SCD)から回復した米国ミシシッピー州の4時の母Victoria Grayであった。登壇したGrayは、「私はかって自分には未来がないと思って計画を立てるのをやめてしまった」「今、私は限りない夢を見ることができます」と述べた。CRISPR療法の効果で、血流を阻害して強い痛みを引き起こす、異常に硬い鎌状の赤血球が殆ど生成されなくなったのである。
 今回のサミットの組織員会の一員であった生命倫理学者Françoise Baylisは、「組織委員会には、ヒトゲノム編集の議論の焦点を遺伝性から体細胞性へと移すという明確な意図がありました」と述べた。組織委員会は、人のDNAに遺伝しない改変を加える体細胞遺伝子編集の急速な臨床的展開を際立たせることで、議論を呼ぶ遺伝性ゲノム編集から注意をそらすことを意図していたのである。第2回サミット以後、胚ゲノム編集を介した胎児誕生の試みは知られていないが、CRISPR技術による体細胞遺伝子編集療法は急増している。血液疾患、がん、糖尿病、失明などを対象とした臨床試験が進行中であり、Grayの治療に使われたCRISPR療法は、すでに75人以上でテストされており、今年中に米国で承認される可能性がある。
 体細胞遺伝子編集療法にも、「先進的な治療を最も必要とする人々にどのようにして届けることができるのか(以下、アクセス)」という倫理的問題が伴っている。この問題は、CRISPR療法以前に、既存の遺伝子治療へのアクセスにおいて認識されてきた。Vertex PharmaceuticalsとCRISPR TherapeuticsはSCD療法exa-celの価格をまだ設定してないが、患者自身から採取した造血幹細胞に体外でゲノム編集を加え増殖し、リスクを伴い前処理を経て、移植するという複雑な療法であり、移植の費用は1人当り100万ドルを超える。
 SCDの場合、年間30万人の患者のうち半数以上が、こうした治療を受けることができないであろうナイジェリア、コンゴ、およびインドの3カ国に住んでいる。アクセスの問題は、高額の経費だけに由来するものではない。exa-celを実施するに必要な骨髄移植センターは高所得国には何百も存在するが、サハラ以南にはわずかに3ヶ所であり、また、SCDの素因である感染症を予防するペニシリン投与さえままならない状況である [Johns Hopkins Universityの遺伝学者Ambroise Wonkam]。価格と実行可能性の観点から、高度な技術と設備を必要とする患者細胞を体外でゲノム編集し患者に戻すアプローチに代えて、患者体内でのゲノム編集の研究が進められている。ビル&メリンダ・ゲイツ財団と米国立衛生研究所は、このような「生体内」遺伝子編集の開発に2億ドルを投入し、臨床試験も始まっている。いずれにしても、革新的な治療法の製品化およびその費用負担に関する新たな枠組みを構築する必要がある。
 SCDの他にも顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases, NTDs)の研究へのアフリカの科学者の参画可能にする枠組みもまた必要である。University of Cape Townの生命倫理学者Jantina de Vriesは「ゲイツ氏による生体内編集の推進は、主に米国の研究者に資金を提供している」、「その結果、アフリカは単に技術革新の受け手として扱われるだけで、推進役にはならないのです」と語っている。
 さて、第3回サミットでも結局CRISPRbabiesの影を消すことはできなかった。University of Oxford.の遺伝子編集研究者であるDagan Wells は、「胚のDNAを改変することに対する安全性への懸念は、ここ数年でますます高まっている」と述べている。Wellsは、受精時に遺伝子編集されたヒトの胚において、編集が進行した細胞の40%で、CAs9によって誘導されたDNA二本鎖切断(DSB)が修復されていないことを発見している。もしDSB未修復胚が発育していたら、重篤な遺伝病が発症するリスクが高い。体外受精卵のゲノム編集にも似たようなリスクが伴うと考えられる。DSBを必要としない塩基編集(BE)やプライム編集(PE
はより安全である可能性があるが、臨床応用における安全性はまだ未知数である。Wellsは「過去の教訓に学び、性急にはことを進めないようにしてほしい」と願っている。また、第3回サミットに対しては、CRISPRbabiesの際に議論が沸騰し展開していった生命倫理の観点からの議論をする機会が足りなかったとする指摘もあった、 [Arizona State Universityの生命倫理学者であるBen Hurlbut]
 第3回サミットの閉会宣言では「遺伝性のヒトゲノム編集は、現時点では受け入れられない。この技術を使うべきかどうかを判断するために、さらなる検討が必要である」と結論づけた。これは、遺伝性ゲノム編集について「厳密で責任あるトランスレーショナルな道筋を定めるべき時である」と結論づけた第2回サミット以後以後、CRSIPRbabiesが提起した社会的課題も技術的課題も解決するに至らなかったことを示している。

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