[注] CAR-T(chimeric antigen receptor/キメラ抗原受容体)
[出典] "Co-opting signalling molecules enables logic-gated control of CAR T cells" Tousley AM [..] Majzner RG. Nature 2023-03-16. https://doi.org/10.1038/s41586-023-05778-2 [著者所属] Stanford U School of Medicine, Stanford U, Parker Institute for Cancer Immunotherapy,  Perelman School of Medicine (U Pennsylvania) 
 著者らは今回、TCR (T細胞受容体) 近位シグナル伝達分子の中のLATとSLP-76の協働を利用して、論理ゲート型細胞内ネットワーク(logic-gated intracellular network:LINKCARを開発した。
 LINK CARは、ブール論理ANDゲート型CAR T細胞プラットフォームで、有効性と、オンターゲットおよび腫瘍外組織に対する毒性の予防の双方で、SPLIT CARやSynNotchなどの他のシステムを上回る反応の速さと可逆性を備えている。
 LINK CARは、CAR T細胞の標的となる分子の範囲を拡大し、この強力な治療薬を固形がんや自己免疫、線維症などの多様な疾患に使用することを可能にする。
 また、本研究は、細胞内部のシグナル伝達機構を表面受容体に再利用できることを示し、細胞工学の新たな道を開く可能性を示した。

[背景と詳細] 
 
 CAR T細胞はB細胞性悪性腫瘍の治療に革命をもたらしたが、固形腫瘍の治療への応用は進んでいない。B細胞特異的分子であるCD19抗原は、B細胞の枯渇が生命を脅かすことがないため、B細胞性悪性腫瘍治療用にCAR T細胞で安全に標的として利用することが許された。しかし、固形腫瘍の場合は、過剰発現する表面抗原の多くが、重要な正常組織にも存在するため、腫瘍外の組織に対して毒性を引き起こす可能性がある。固形癌に対してCAR T細胞で安全に標的することが可能な抗原は乏しいのが現状である。また、CARがさらに強力になり、発現低レベルの抗原を効果的に認識するように設計されると、オンターゲットで腫瘍外毒性のリスクがさらに高まる。したがって、CAR T細胞にブール論理を組み込んで、正常組織と癌組織を識別する能力を付与するアプローチが、固形癌を選択的に標的するために不可欠である。
 
 これまで、より効果的なレセプターの設計に集中的に取り組まれたきたにもかかわらず、今日使用されているCARは、30年前に作られたバージョンのままといって良いような状況である。ほぼすべてのCARは、T細胞のシグナル伝達カスケードを開始するためのマスタースイッチ(いわゆる「シグナル1」)であるCD3ζエンド・ドメインを含んでいる。CAR強化のアプローチは、「シグナル2」(costimulratory domain/共同刺激ドメイン)と「シグナル3」(サイトカイン受容体)の追加、あるいは抑制的な腫瘍微小環境やT細胞の疲弊に対する抵抗力を細胞に付与することに焦点が置かれており、CD3ζ鎖に含まれる免疫受容体チロシンベースの活性化モチーフ(Immunoreceptor tyrosine-based activation motif: ITAM)の数を操作すること以外に、「シグナル1」CD3ζを改変する試みはほとんど行われてこなかった。
 
 CARコンストラクトにおけるCD3ζ(または他のITAM含有分子)への依存は、CARのライゲーションだけでT細胞の活性化が引き起こされてしまうがゆえに、CAR T細胞へのブール論理の実装を阻害する要因になっている。この制限を克服するために使用されてきた方法の一つは、CD3ζと共刺激ドメインを異なる特異性を持つCARに分割し、両方のターゲットがライゲーションされたときにのみ最大活性が得られるようにすることである(SPLIT CAR)。

 しかし、CD3ζのみのコンストラクトでも細胞を殺傷可能なことから、SPLIT CARは臨床試験においてオンターゲットと腫瘍外毒性を引き起こした。より最近開発されたシステムであるSynNotchは、第一抗原の認識により、第二標的抗原に特異性を持つ従来のCD3ζベースのCARの発現を促す転写回路を使用する。このシステムはエレガントに設計されているが、CD3ζ CARが発現すると遺伝子回路がすぐに元に戻らないため、オンターゲットで腫瘍外のバイスタンダー正常組織への毒性の可能性を免れることはできない。
 
 そこで、著者らは、CARがネイティブT細胞受容体(TCR)と同じ基本的な細胞シグナル伝達回路を使用しているかどうかを解析した。その結果、ほとんどの近位シグナル伝達分子がCAR T細胞活性に必要であることを発見したが、ZAP-70やPLCγ1などの一部の分子は、CD3ζを介さずに、CAR T細胞シグナルを開始するのに十分であることも発見した。この発見をきっかけとして、今回、ZAP-70 CARのような特定の近位シグナル伝達CARが、CD3ζを含む上流のシグナル伝達タンパク質をバイパスしながら、in vivoでT細胞を活性化して腫瘍を撲滅できることを示すに至った。
 
 ZAP-70の主な役割は、シグナル伝達の足場を形成するLATとSLP-76をリン酸化することである。著者らは、LATとSLP-76の協働関係を利用して、論理ゲート型細胞内ネットワーク(logic -gated inracellular network: LINK)CARを開発した。このCARは、ブール論理ANDゲート型CAR T細胞プラットフォームで、有効性と、オンターゲットと腫瘍外における毒性防止の両面で、他のシステムに優り、加えて、迅速かつ可逆的である。
 
 LINK CARは、CAR T細胞の標的となる分子の範囲を拡大し、この強力な治療薬を固形癌や自己免疫、線維症などの多様な疾患に適用可能とする。さらに、この研究は、細胞内部のシグナル伝達機構を表面受容体に再利用できることを示しており、細胞工学の新たな道を開く可能性を秘めている。

[本研究におけるCRISPR-Cas9の利用]
 B細胞性急性リンパ芽球性白血病(B-ALL)の治療薬チサゲンレクロイセルに含まれるCD19-4-1BBζ CARを発現する初代ヒトT細胞において、CRISPR-Cas9を用いて近接シグナル伝達分子5種類(LCK、FYN、ZAP-70、LAT、SLP-76)を個別にノックアウトし(Fig. 1 a〜c 参照 )、抗原遭遇に対する脱顆粒(CD107a)とサイトカイン生産(IL-2、腫瘍壊死因子、インターフェロン-γ)を測定した.