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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

- 微生物の遺伝子工学と進化の加速によって気候変動に立ち向かう -
[出典] Editorial "Can microbes save the planet? - Genetic engineering and accelerated evolution of microbes aim to help climate change." Nat Biotechnol. 2023-06-01. https://doi.org/10.1038/s41587-023-01837-1
 Jennifer DoudnaとJill Bnfieldの7千万ドルのAudaciousプロジェクト [以下、D&Bプロジェクト] Engineering the Microbiome with CRISPR to Improve our Climate and Health.”に関する論考。
 家畜、土壌および埋立廃棄物において微生物が生産するメタンと窒素酸化物が、温室効果ガス放出に寄与していることが、広く認識されるようになってきた。
 D&Bプロジェクトは、家畜のメタン生産を、反芻動物腸内のメタン生産菌を阻害することで、低減することから着手する。これまでにも、メタン阻害剤または海藻を摂取させたり、胃の中でメタン生産を阻害する生理活性物質を分泌するデバイスなどのよるメタン生産阻害が試みられてきたが、D&Bプロジェクトでは、CRISPR-Casシステムを利用して若い家畜の胃の中の微生物の遺伝子を直接編集することで、メタン生産を低減するアプローチを取る。このアプローチは、彼らが先行研究で開発したDART (DNA-editing all-in-one RNA-guided CRISPR–Cas transposase) とET-seqをベースとしており、標的微生物を分離することなく、in situ での遺伝子編集可能とする。この望ましくない微生物を排除するアプローチに対して、望ましい化合物を長期間生産させるように天然の微生物を改変するアプローチの可能性も報告されている [Nature, 2023]
 家畜からの温室効果ガス放出を抑制しようとするアプローチは、 化学薬品を必要としない環境浄化 (bioremediation ) 、たとえば、地下水からのウラン除去、の延長上にあると見ることもできる。
 家畜に限らず、穀物生産も温室効果ガス放出に寄与するプロセスが内在している。Pivot Bio社は2022年のN-OVATORパイロットプログラムにて、肥料として合成窒素に代えて同社の窒素固定菌の産物を利用することで、29.3万ヘクタールのトウモロコシ畑において二酸化炭素ガス8万トン低減することに成功している。
 微生物工学による特定の課題解決は、必ずしも容易ではない。そこで、新たな機序の抗菌剤を生産する微生物の探索は近年下火になってきていたが、別の観点からの天然微生物探索のアプローチがとられるようになってきた。たとえば、プラスチック分解菌の発見である [Science 2016]。その後、欧州と中国の14研究機関からなるMIX-UP/降塑再造コンソーシウムが発足し、プラスチックを低温で分解可能な菌を発見 [Front Microbiol, 2023]するなど、研究開発を続けている。
 汚染物質やプラスチックを分解する菌の発見は、その菌の直接利用に加えて、機能しているパスウエイを同定することで、ゲノム編集や研究室内での指向性進化法を利用して、より高性能な微生物を創製する可能性も広げる。
 今回取り上げたアプローチを実用化に向けて解決すべき課題がスケーラビリティーである。Pivot Bio社のアプローチは、これまでに100万エーカーのトウモロコシ畑にまで実証されているが、米国だけで9,000万エーカーのトウモロコシ畑が存在し、米国外のトウモロコシ畑、さらには、小麦など他の穀物へと展開するには、規模拡大が欠かせない。プラスチック分解菌については、分解可能なプラスチックの種類が限られており、また、分解産物がポリマーにとどまっていることが、課題である。
 今後、ゲノム工学と進化を車の両輪とし、AIを利用した研究開発のスピードアップを期待したい。
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