[出典] Press Release "Researchers urge caution in gene editing early human embryos following findings that it could have unexpected and dangerous consequences - Further research to refine gene editing technology is needed. ESHRE 2023-06-26. https://www.eshre.eu/ESHRE2023/Media/2023-Press-releases/Kubikova

1. CRISPR-Cas9編集実験から、着床前胚ではDSBの修復機構が十分に機能していないことが示唆された。
[出典] O-075 "Deficiency of DNA double-strand break repair in human preimplantation embryos revealed by CRISPR-Cas9" Kubikova N, Esbert M, Coudereau C, Savash M, Fagan J, Scott R, Wells D. Human Reproduction, Volume 38, Issue Supplement_1, 29 June 2023, dead093.089. https://doi.org/10.1093/humrep/dead093.089 [著者所属] U Oxford, IVI Barcelona, Foundation for Embryonic Competence (USA), IVI RMA New Jersey, Juno Genetics (UK)
 
 CRISPR-Cas9を利用した着床前胚のゲノム編集は、安全性の観点と、生殖細胞系列ゲノムを操作する倫理の観点から、物議を醸している。一方で、医療技術の観点からは魅力的なアプローチである。ヒト個体の全ての細胞にCRISPR-Cas9システムを送達できるのは発生段階に限られるからである。いずれにしても、胚ゲノム編集の安全性と編集効率の情報がまだまだ不足していることから、著者は、ヒト胚におけるCRISPR-Cas9に対する細胞応答を評価した。
  • ドナーからの卵子と精子の顕微授精から84個の胚を作成し、そのうち33個の胚をCRISPR-Cas9ゲノム編集の対象とし、51個の胚をコントロールとした。ゲノム編集の標的は、染色体、2番、3番、および12番上のノンコーディング領域を選択した。
  • ゲノム編集にあたっては、相同組み換え修復 (HDR) の際のテンプレートとなるDNA断片も細胞へ導入した。
  • 胚は60時間培養後分割し、全ゲノム増幅に続く次世代シーケンシングにより、CRISPR-Cas9が誘導したDSBからの修復が不成功に終わったし指標となるセグメント異数性を検出した。さらに、CRISPR-Cas9で標的とした部位を増幅・シーケンシングし、DSB修復に関わった経路を推定した。
  • 標的サイトが改変されていた胚は25個のうち24個と、編集効率は96%に達した。
  • CRISPR-Cas9に誘導されたDSBは53件であった。そのうち、HDR過程による修復が実現したのはわずかに9% (5件)であり、51% (27件)が標的部位にindelsなどの変異を誘発するNHEJによる修復であった。残る40% (21件)は、修復されなままであり、標的部位をブレークポイントとするsegmental aneuploidに至った。
 今回の研究結果は、CRISPR-Cas9による着床前胚のゲノム編集は重大なリスクを伴うことを明らかにすると共に、着床前胚ではDSBが十分機能しないことが、体外受精 (IVF) から出産までの成功率が4分の1程度であることの一因であることを示唆した。

[関連crisp_bio記事]
[20220312更新] CRISPR-Cas9によるヒト胚ゲノム編集には、安全性検証のための基礎研究がまだまだ必要.;"Frequent loss-of-heterozygosity in CRISPR-Cas9-edited early human embryos" Alanis-Lobato G [..] Niakan KK. Proc Natl Acad Sci U S A. 2021 Jun 1;118(22):e2004832117. https://doi.org/10.1073/pnas.2004832117

2. Kubikovaらの発表に対する科学者の反応
 [出典] "Expert reaction to conference presentation suggesting that early human embryos are often unable to repair damage to their DNA following genome editing" Science Media Center. 2023-06-26. https://www.sciencemediacentre.org/expert-reaction-to-conference-presentation-suggesting-that-early-human-embryos-are-often-unable-to-repair-damage-to-their-dna-following-genome-editing/
  • Dr Darius Widera, Associate Professor in Stem Cell Biology and Regenerative Medicine, University of Reading: これまでに天然および人工の多様なCRISPR-Cas9システムが開発されてきているので、どのシステムを利用したかを知りたい。
  • Dr Helen O’Neill, Lecturer in Reproductive and Molecular Genetics, UCL:DSBを介さないBEやPEによる初期胚ゲノム編集に期待する。
  • Sarah Norcross, Director of PET:安全性と効率といった科学的な観点とともに、生殖細胞系列ゲノム編集については生命倫理の観点が重要である、パプフィックな議論が必要である。
  • Prof Tony Perry, Head, Laboratory of Mammalian Molecular Embryology, University of Bath:Cas9のバージョンなどのデータを見ないと、コメントするのは難しいが、DSBを回避可能とするBEとPEに関心が向いている。
  • Dr Asif Nakhuda, Head of the Gene Targeting Facility, Babraham Institute:マウス胚を対象とする数多くの報告もあり、ほとんどのゲノム工学研究者は、CRISPR-Cas9はヒト胚ゲノムの編集には適していないと見ている。しかし、CRISPR-Cas9の改変体にはヒト胚ゲノムの編集への適用可能性があり、本研究は、技術を洗練させることの、望ましく無い結果を排除する厳密な試験が重要なことを、示した。
  • Dr Pete Mills, Director, PHG Foundation: 初期胚におけるDNAの修復過程をさらに研究することが必要であり、治療と目的とするそのゲノム編集は時期尚早であることが明らかになった。しかし、初期胚の生物学を理解するためにはゲノム編集は有力なアプローチであり、DSBを回避可能としたBEやPEによるアプローチが広がっていくだろう。また、ヒト胚ゲノム編集が技術的に利用可能になる時が来る時に備えて、生殖細胞系列のゲノム編集に関する生命倫理と規制を一般社会との議論の中で整備していく必要がある。