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科学分野の比較的新しい論文と記事を記録しておくサイト: 主に、CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム編集, エピゲノム編集, 遺伝子治療, 分子診断/代謝工学, 合成生物学/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野) の観点から選択し、時折、タンパク質工学、情報資源・生物資源、新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症、機械学習・AIや研究公正からも選択

2023-08-03 Science 誌刊行論文を紹介したNature Materials 誌のNews & Viewsの記事の書誌情報を追記:NEWS & VIEWS "Editing for the pulp market" Ball P. (サイエンスライター; Nature editor)  Nat Mater 2023-07-31: Sulisらは、CRISPRを使って木材のリグニン含有量を変化させ、パルプへの加工を容易にした)
2023-07-18 Science 誌から刊行された論文とPERSPECIVEに準拠した初稿

[出典] "Multiplex CRISPR editing of wood for sustainable fiber production" Sulis DB [..] Barrangou R, Wang JP. Science 2023-07-13.
https://doi.org/10.1126/science.add4514 [著者所属] TreeCo https://tree-co.com, North Carolina State U, U Illinois at Urbana-Champaign, Beihua U (吉林省), Northeast Forestry U (ハルビン);PERSPECTIVE "Genetic editing of wood for sustainability - Trees engineered to have less lignin could make paper production less polluting" Zuin Zeidler VG. Science 2023-07-13. https://doi.org/10.1126/science.adi8186

 フェニルプロパノイド (別名リグノイド) のユニットで形成されるポリマーであるリグニンは、木材中のリグノセルロース細胞の剛性を担っている。リグニンは化合物や酵素による分解に対しても頑強であり、パルプ製造では、リグニンをアルカリ性条件下で開裂・溶解するか、最初にスルホン化を介して可溶化し、繊維を分離する必要があった。こうした脱リグニンは試薬とエネルギーを大量に消費し、コストのかかる工程である。リグニンなどの木材抽出物を除去するパルプ処理法も開発されているが、工業的規模ではまだ経済的に実行可能とはいえない。TreeCoとノースカロライナ州立大学のSulisらに中国の大学も加わった研究チームは今回、CRISPRをベースとする多重ゲノム編集を介して、リグニン生合成遺伝子を改変し、ポプラの一種であるPopulus trichocarpaのリグニン含量を減少させることで、これまでの処理法によって紙・パルプ産業に課せられてきた制約を解消する可能性を示した。
 
 紙・パルプ産業から副産物として生成されるリグニンは毎年〜5千万トンに及び、また、2021年に排出した温室ガスは二酸化炭素1億9千万トンに相当し今後増え続けていくと見られている。さらに、2015年の統計であるが、〜8億2千万メトリックトンの最終化学製品の生産にほぼ17億トンの原材料と薬品が費やされ、また、最終化学製品と同量の化学廃棄物を伴っていた。これらの数字は、紙・パルプ産業の非効率性が大気、土壌、および動植物を含む環境への大量の化合物の放出をもたらしていることを意味している。

 産業上有用な木材のゲノムは複雑なことから、複雑なフェノタイプに寄与する遺伝子群の特定や、リグニン生合成といった分子機構と関連する遺伝子群の特定が困難であった。その中で、CRISPR技術は、複数の遺伝子を同時に標的可能にする多重化が容易であることから、植物をベースとする石油化学に変わるバイオリファイナリー (Biorefinery) のツールとして期待できる。

 研究チームは、先行研究で開発していたポプラにおけるモノリグノールの生合成のコンピュータ・モデルを利用した。ポプラのような顕花植物では、3つの主要なモノリグノールの酸化重合がリグニン形成の主要な方法である。このモデルの目的は、リグニン含量を減少させ、シリンギル対ググアイアシル比および炭水化物対リグニン比を増加させる遺伝子組み換えを同定することであった。今回、21種類のリグニン生合成遺伝子のあらゆる組み合わせ69,123種類の多重編集を検証し、それぞれ3~6個の遺伝子の改変を含み、木材繊維の形質を最も改善する可能性がある7つの戦略を選択した。

 各戦略に応じた多重CRISPRコンストラクトを構築し、アグロバクテリウム (Agrobacterium tumefaciens) を介してポプラに導入し、174種類の互いに独立した変異ポプラ材を作製した。6ヵ月の野生型ポプラ材は、リグニンを20.9%含み、炭水化物/リグニン比が3.0であったのに対し、CRISPR多重編集したポプラ材ではリグニン含量が最大49.1%減少し、炭水化物/リグニン比が最大228%増加した。

 しかし、リグニン含量が大幅に減少したCRISPR多重編集系統のいくつかでは、樹木の成長も低下していたことに留意する必要があり、このような変化が紙パルプ産業に与える影響を明らかにするための追加研究が必要である。また、紙・パルプ産業においては、実際の植林地での木材密度とCRISPR多重編集木の性能を評価する必要があり、1系統あたりのサンプル数を増やす必要がある。

 ヨーロッパや北米では、ポプラが紙パルプ用の重要な木材源となっているが、この目的に使われるのはポプラだけではない。将来的には、ポプラで有効であったこのアプローチを他の木材品種に適用することも興味深い。

 研究チームは、CRISPR多重編集木材がクラフトパルプ製造に与える技術的経済的影響をモデル化し、収量と生産効率が向上し、パルプ化に要する薬品が減少することを明らかにした。さらに、CRISPR多重編集木材を使用したパルプ生産は、プロセスの地球温暖化係数を最大20%削減すると推定した。このような変化は、より持続可能な繊維生産システムへの一歩となり、国連のSDG (持続可能な開発目標) に合致するものである。

[注] 出典のPERSPECTIVEでは、研究チームが生産したような人工樹木は欧州連合 (EU)では遺伝子組み換え生物とみなされ、指令2001/18/ECを遵守しなければならないとされていたことについて、懸念が表明されていたが、近年、EUでも、SDGの課題もあり、遺伝子編集動植物に対する規制を緩和しようとする方向性も見えてきたようだ:"EU seeks to relax gene-edited crop restrictions" Blenkinsop P. REUTERS 2023-07-05.
https://www.reuters.com/markets/commodities/eu-seeks-revised-gmo-rules-loosen-curbs-gene-edited-crops-2023-07-05/

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