[出典] SPOTLIGHT "Base-editing screens illuminate variant effects in human hematopoiesis" Vaitsiankova A, Thakar T, Ciccia A. Cell Rep Methods 2 003-07-24. https://doi.org/10.1016/j.crmeth.2023.100541 [著者所属] Columbia U Irving Medical Center.
塩基編集を利用することで、CRISPR-Cas9ヌクレアーゼによる機能喪失変異のハイルスープットスクリーンに加えて、機能獲得変異や、separation-of-function 変異 (多機能タンパク質の機能の振り分けに関与する変異) のスクリーンも可能になった。塩基編集スクリーンは、不死化細胞は癌細胞での成功例がが続いたが、初代細胞への展開は遅れていたところ、Martin-Rufinoらは最近のCell 論文 [*1] で、初代造血幹・前駆細胞 (hematopoietic stem and progenitor cells: HSPCs) およびその系譜にわたる塩基編集スクリーンの成功例を報告した。
単離のプロトコルが確立されており、全ての血液細胞を再構成する可能なHSPCsは、遺伝子治療と細胞療法の資源として期待されており、血液腫瘍やヘモグロビン異常症を含むいくつかの血液疾患を対象として、CRISPR-Cas9をベースとする療法がの臨床試験が進められている [*2]。
Martin-Rufinoらは、HSPCsのプール型CRISPRスクリーンを実行したが、塩基編集による変異スクリーンにscRNA-seqとジェのタイピングを組み合わせることで、造血細胞の分化の過程で、各塩基変異がもたらすフェノタイプをより深く理解し、塩基編集の産物を高精度で同定した。著者らは、塩基編集 (base-editing: BE) にscRNA-seqを組み合わせたこの手法を、CRISPR-Cas9ノックアウトまたはdCas9をベースとすCRISPRiにscRNA-seqを組み合わせたスクリーン手法であるPerturb-seq [*3] に倣って、Perturb (BE)-seqと称した。Perturb (BE)-seqを利用して、造血の分子機構とともに先進的な治療法への応用についても、洞察を深めた。
CAR-T細胞療法
急性骨髄性白血病 (AML) を対象とするCAR (キメラ抗原受容体) の主たる標的はAML細胞表面に発現するCD33抗原である。しかし、CD33は正常な造血細胞でも発現していることから、CD33をノックアウトしたHSPCsを患者に移植するアプローチが取られる。
Martin-Rufinoらは、Perturb (BE)-seqを利用して、HSPCsのCD33発現をノックアウトするにいたるスプライス変異をもたらすsgRNAを同定し、つづいて、CD33 KO HPSCsが免疫不全マウスに生着し、造血細胞の系譜を完全に再構成することを示した。現在、CRISPR-Cas9をベースとするCD33 KO HPSCsをベースとするAMLのCARーT療法の臨床試験 (NCT04849910) が進行中である。これに対して、BEをベースとするCD33 KO HPSCsは、DNA二本鎖切断 (DSB) を経由しないことから、ゲノムの不安定性やp53パスウエイの活性化を誘導することなく、HSPCsの造血過程を擾乱するリスクを回避可能とする。
BEを利用したCAR-T細胞療法については、他家CAR T細胞による再発性のT細胞急性リンパ性白血病 (T-ALL) の治療でも成果を見せている [*4]。
疾患関連ノンコーディング遺伝子変異の機能解析
胎児ヘモグロビン (HbF) の発現を亢進 (upregulation)することで、鎌状赤血球症やβ-サラセミアといったヘモグロビン異常症の症状が改善されることが示されている [*5]。また、不死化ヒト赤芽球細胞を用いた以前の研究で、HbF発現亢進の標的として利用可能であるHbFの発現を制御するノンコーディング・シスエレメントが同定されていた [*6]。Martin-Rufinoらは、Perturb(BE)-seq、FACSベースの機能的アプローチ、およびHSPCsのシングルセル・ジェノタイピングを組み合わせて、HbFの転写を直接増強するHbFプロモーターの変異を同定した。特に、転写抑制因子結合部位を破壊するか、転写因子 (TF) 結合部位を新たに誘導することで、HbF発現を亢進させる変異体を発見した。これらの発見は、TFそのものの発現を改変することなく、患者のHbFレベルを治療効果があるレベルにまで向上させるアプローチが可能なことを示した。
Martin-RufinoらはまたPerturb(BE)-seqを用いて、造血のマスター転写制御因子であるGATA1 の機能的ヌクレオチド変異を調査した。GATA1 の変異は、先天性貧血、血小板減少症、骨髄性悪性腫瘍と関連している。赤血球分化の条件下のHSPCsを対象とするPertub(BE)-seqによって、Martin-Rufinoらは、GATA1 変異が造血分化に及ぼす影響を、シングルセルのレベルで追跡可能なこと、ひいては、既知の病原性GATA1 変異や、疾患に関与すると考えられている保存アミノ酸残基の変異が再現されることを示した。さらに、scRNA-seq解析により、変異を引き起こすsgRNAを、赤血球分化への寄与度に基づいて層別化可能なことを示した。最後にPerturb(BE)-seqによって、GATA1 変異がもたらす下流の赤血球生成遺伝子制御の変動プロファイルを明らかにした。この成果は、赤血球分化の制御におけるGATA1 の中心的役割が再現したことに加えて、塩基編集スクリーンをベースとする遺伝子変異の意味を明らかにするロートマップを提供するに至った。
意義不明の変異 (VUS) の意義解明
VUSは、GWASが提示する膨大な疾患関連変異から原因変異を同定する際の課題であり、臨床サンプルのハイスループットシーケンス結果を解釈する際の課題である。飽和ゲノム編集としても知られるCISPR-Cas9を介したHDRベースのスクリーンのアプローチは、内在性ゲノムのコンテクストにおける正確なVUSの意義同定を可能にしているが、編集効率や標的となるゲノム部位の数には限界がある [*7,8]。Martin-Rufinoらは、赤血球分化中のHSPCsにおけるPerturb(BE)-seqによって得られた機能的変異のデータが、患者において検出されたVUSの原因的役割を評価するために利用できることを示した。具体的には、Perturb(BE)-seqを利用することで、赤血球低形成と赤血球形成不全を示す患者において検出されたGATA1 のこれまで同定されていなかった病原性変異を同定することに成功した。
結論
Perturb(BE)-seqは、BEにscRNA-seqとシングルセル・ジェノタイピングを組み合わせることで、これまでのBEスクリーニングを強化したツールである。Perturb(BE)-seqによって、初代HSPCsが分化していく過程に、変異がおよぼす影響を評価可能なことが示されたが、このアプローチは、同様の戦略を複数の組織から採取した細胞型だけでなく、患者由来の初代細胞にも拡張することで、変異が、異なる細胞型や遺伝的背景に特有の複雑な影響を明らかにするとともに、治療効果をもたらす変異の発見を可能にする。
Perturb(BE)-seqは、ゲノム編集とシングルセル・シーケンス技術の最近の進歩を受けて、急速な進化にしていくであろう。例えば、ニアPAMレス塩基エディター、C-to-Gおよびアデニントランスバージョン塩基エディター [*9]、プライムエディターなど、より柔軟な編集結果を提供するゲノム編集技術は、調査できる変異の幅を大きく広げるであろう。
Perturb(BE)-seqにより、スクリーン結果の細胞におけるsgRNAの存在に基づいて、編集結果を解釈する従来の戦略の限界を超えて、変異とフェノタイプの因果関係についてより信頼性の高い結果が得られるであろう。
[引用crisp_bio記事と文献]
- [20230615更新] 超並列塩基編集 (BEs) により、変異がヒトHSPCとその分化に及ぼす影響を俯瞰;"Massively parallel base editing to map variant effects in human hematopoiesis" Martin-Rufino JD, Castano N, Pang M, Grody E [..] Sankaran VG. Cell 2023-04-27.
- 2023-06-21 [レビュー] ゲノム工学と造血幹細胞学の出会いが次世代遺伝子治療への扉を開ける. https://crisp-bio.blog.jp/archives/32592773.html;"Genetic engineering meets hematopoietic stem cell biology for next-generation gene therapy" Ferrari S [..] Naldini L. Cell Stem Cell. 2023-05-04.
- 2020-04-06 Perturb-seqバージョンアップ:スケーラブルかつマルチに ; "Combinatorial single-cell CRISPR screens by direct guide RNA capture and targeted sequencing" Replogle JM [..] Weissman JS, Adamson B. Nat Biotechnol 2020-03-30.
- [20230622更新] 塩基エディター (BE) で作出した他家CAR T細胞による再発性のT細胞急性リンパ性白血病 (T-ALL) の治療.;"Base-Edited CAR7 T Cells for Relapsed T-Cell Acute Lymphoblastic Leukemia" Chiesa R, Georgiadis C, Syed F, et al. for Base-Edited CAR T Group. N Engl J Med 2023-06-14.
- "In the Blood: Connecting variant to function in human hematopoiesis" Nandakumar SK, Liao X, Sankaran VG. Trends Genet. 2020-06-10.
- 2021-05-09 ABEを介して胎児型ヘモグロビン (HbF)の発現を調節するシスエレメントを1塩基対分解能でマッピング;"Single-nucleotide-level mapping of DNA regulatory elements that control fetal hemoglobin expression" Cheng L, Li Y [..] Weiss MJ, Cheng Y. Nat Genet. 2021-05-06.
- 2021-08-12 [レビュー] ゲノム変異を疾患に紐づける: 膨大な変異の機能を同定可能とする手法と戦略.;"Linking genome variants to disease: scalable approaches to test the functional impact of human mutations" Findlay GM. Hum Mol Genet. 2021-08-02.
- "Towards a CRISPeR understanding of homologous recombination with high-throughput functional genomics" Hayward SB, Ciccia A. Curr Opin Genet Dev. 2021-09-25.
- [20230704更新] ヒト細胞とマウス胚における正確かつ効率的なA•T-to-C•G塩基変換を実現するアデニン・トランスバージョン・エディターを開発. ;"Adenine transversion editors enable precise, efficient A*T-to-C*G base edit- ing in mammalian cells and embryos" Chen L, Hong M, Luan C [..] Liu DR, Li D. Nat Biotechnol. 2023-06-15.
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