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- COVID-19で入院したワクチン未接種者のデータから、血栓が、早期発症から数ヶ月後の認知障害に関与していることが示唆された
[注] “brain fog”は、認知障害や記憶障害などを「脳が濃い霧 (濃霧)に覆われた状態」に例えた表現と思われるが、本記事内では「脳霧」と表記する。 
[出典] NEWS "Clotting proteins linked to Long Covid's brain fog - Study of unvaccinated people hospitalized with COVID-19 bolsters theory that blood clots may contribute to cognitive problems months late" Offord C (科学ジャーナリスト) . Science 2023-08-31 11:00 AM.https://doi.org/10.1126/science.adk6149
 
 報道などでロングCOVID (新型コロナ後遺症) の症状として、極度に物事に集中できなくなったり、物事を思い出せなくなったりする脳が濃い霧に覆われたような状態を意味する脳霧がよく引用される。しかし、新型コロナ後遺症患者の中でも、脳霧が発症する人もいれば、脳霧が発症しない人もいる。その中で、Nature Medicine 誌から8月31日付でオンライン出版された論文 [*1]によって、脳霧が発症する分子機構の一端が明らかにされた。すなわち、血液凝固に関与する2種類のタンパク質、フィブリノーゲン (凝固第Ⅰ因子)とDダイマー (D-dimer)が、感染後12ヶ月までの認知障害と関連していることが、明らかにされた。この結果は、これまでの「サーズウイルス2感染の急性期に誘導された血栓が、脳霧のような症状を長引かせるという」とする説と整合している。
[*1] "Acute blood biomarker profiles predict cognitive deficits 6 and 12 months after COVID-19 hospitalization" Taquet M [..] Harrison PJ, PHOSP-COVID Study Collaborative Group. Nat Medicine. 2023-08-31. 

 新型コロナ後遺症全般のリスクを予測する手がかりになりそうな急性期の血液由来のバイオマーカーはさまざま提案されてきたが [*2]、脳霧のリスクを直接予測可能にするバイオマーカーはこれまで特定されてこなかった。
[*2] NEWS "Blood abnormalities found in people with Long Covid" Couzin-Frankel J. Science 2022-08-16 12:30 PM.  

 今回のNature Medicine 論文は、"Posthospitalization (入院後) COVID-19 (PHOSP-COVID)" 研究の成果である。2020年と2021年に英国でサーズウイルス2感染で入院した1,800人以上の成人の入院時の血液検査結果と、入院後6ヶ月と12ヶ月の時点での、アンケートへの回答と記憶や集中力などを見る認知機能検査を受けた結果を、総合して解析した結果に基づいている。

 論文では、入院時の血液検査において先の2種類のタンパク質のレベルの高さと、認識機能障害の度合いが相関していたことが、報告されている。また、米国の大規模な電子カルテデータベースの解析からも、新型コロナで入院中にフィブリノーゲンまたはDダイマーのレベルが高いと、6ヶ月後の時点で、認知症、軽度認知障害 (mild cognitive impairment: ICI) などの認知障害と診断されるリスクが高いことが結論づけられた

 新型コロナ入院患者の2種類のタンパク質のレベルが上昇し血液凝固が亢進していることは、2022年8月のNature Reviews Immunology の記事でも指摘されていた [*3]。また、フィブリノーゲンの高レベルと認知障害および認知症との関連は、新型コロナ以前か ら指摘されていた。一方で、Dダイマーと認知障害との関連については、新型コロナ以前には報告されたことはなかった。
[*3] "Understanding COVID-19-associated coagulopathy" Conway EM [..] Moon K, Morrissey JH. Nat  Rev Immunol. 2022-08-05

 それでは、2種類のタンパク質が脳霧を引き起こす機序は明らかにされたのか?
論文ではそれは明確にされていないが、次の仮説が考えられる。フィブリノーゲンが血栓を形成して脳循環を阻害している可能性、あるいは、神経系の受容体と直接相互作用している可能性がある。Dダイマーは肺での血栓形成を反映する可能性が高く、それが呼吸障害を引き起こす可能性がある。

 疫学的調査において注意すべき交絡因子の問題はないのか?
 少なくとも、急性期で入院中の重症度と認知障害のリスクとの間には相関関係はなかった。また、自己申告レベルではあるが、入院前の認知能力との相関関係も見られなかった。ワクチン接種の影響については、2020年と2021年の調査であったことから、ほとんどがワクチン未接種であったことから、不明である。

 2種類のタンパク質そしてまたは血栓を標的とする治療法が新型コロナ後遺症を抑制する効果があるかについては、現時点では、判定するに十分なデータがほとんどない。抗凝固薬の処方が提案されたことがあるが、その処方については厳密な臨床試験は行われておらず、また、患者によっては極めて危険な処方である。

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