[注] "tg"はtruncated gRNAに由来する表記
[出典] 
論文 "tgCRISPRi: efficient gene knock-down using truncated gRNAs and catalytically active Cas9" Auradkar A [..] Bier E. Nat Commun. 2023-09-11. https://doi.org/10.1038/s41467-023-40836-3  [著者所属] UCSD, Tata Institute for Genetics and Society
著者による解説 "A scarless guide to modulating gene expression" Bier E, Auradkar A. Biotechnology & Bioengineering. 2023-09-11. https://bioengineeringcommunity.nature.com/posts/a-scarless-guide-to-modulating-gene-expression
 
 Cas9ヌクレアーゼの触媒活性ドメイン (RuvCとHNH) への変異導入により失活させたdead Cas9 (dCas9) に各種のエフェクター・ドメインを融合することで、DNA切断を介さずに遺伝子発現やエピゲノム・エディターが開発されてきた。例えば、dCas9にKRABといった転写抑制ドメインを融合し、gRNAを介して転写開始部位 (transcriptional start sites: TSS)に誘導することで、標的遺伝子の転写を抑制するツールCRISPRiが実現された。
 
 一方で、tgRNA ( ≤16-nt) を利用することで、その標的部位へCas9を誘導可能であるが、DNA切断に至らない [*1]ことが発見され、Cas9ヌクレアーゼとtgRNAの組み合わせで、哺乳類細胞において、DNA切断を介さずに、標的遺伝子の転写を調節可能なことが報告された。[*1] gRNAの末端の4-ntが、Cas9ヌクレアーゼが標的部位を切断する最終段階に必須であるため。
 
 こうしたこれまでの知見をもとに、UCSDを主とする研究チームは今回、Cas9ヌクレアーゼに完全長 (20 nt) のgRNAを組み合わせる遺伝子編集と、tgRNAを組み合わせる遺伝子発現制御を利用するというシンプルで汎用的なアプローチを再評価した。特に、昆虫を対象とする遺伝子ドライブシステムの性能向上や機能拡張の観点から、tgRNAの使用によるスカーレスな遺伝子活性調節を実現するアプローチを評価した。
  • Cas9ヌクレアーゼに14-16 ntの長さのtgRNAを組み合わせたCRISPRiシステム (以下、tgCRISPRi) を設計した。スクリーンショット 2023-09-18 16.59.42
  • tgCRISPRiによって、複数のショウジョウバエ遺伝子座に対して効率的な遺伝子発現抑制が実現された [Fig.  1引用右図参照]。
  • TSSのすぐ上流のTATAボックスまたはTSS自体の配列を標的としたtgCRISPRiによって、完全長gRNAとCas9ヌクレアーゼによる遺伝子ノックアウトと同様な機能喪失表現型が生じ、dCas9に完全長gRNAを組み合わせたCRISPRiとほぼ同程度の標的遺伝子の発現抑制が実実現された。
  • tgRNAはCas9-VPRと組み合わせることで遺伝子活性化 (すなわち、CRISPRa ) としても利用可能である。
  • また、tgRNAは、遠位のシスエレメント (またはエンハンサー) を標的とすることで、必須遺伝子 (例えば、Scr  やknirps  )の組織特異的発現を調節する遺伝子発現の抑制または活性化のいずれにも利用可能なことも実証された。
 これまでに、tgRNA 7CRISPRシステムをベースとする遺伝子ドライブ [*2]システムが多数発表されてきたが、Cas9ヌクレアーゼを利用可能なtgCRISPRiは、Cas9を同時に使用する制約がある場合に特に有利である。すなわち、Cas9-完全長gRNAによって遺伝子ドライブエレメントのコピーを促進し、同時にtgCRISPRiによって特定の遺伝子発現を調節するアプローチが可能になる [Fig. 7引用右図参照]。
[*2] 遺伝子ドライブでは、Cas9とそれ自身をコピーするためのgRNAを子孫へ伝達させるとともに、特定の特性を帯びた「カーゴ」も伝達させて、目的とする特性を帯びた子孫を生成する。例えば、マラリア原虫の感染を阻止する単鎖抗体を血を吸う雌の蚊の中腸で発現させることが可能になる。あるいは、補助的なgRNAを遺伝子ドライブに組み込んで、関連する標的遺伝子の望ましくない対立遺伝子バリアントを切断し、好ましいバリアントに置き換えることもできる。 例えば、殺虫剤に対する耐性を付与する電位依存性ナトリウムイオンチャネルの変異体や、マラリア原虫の感染を助ける宿主蚊因子 (腸管タンパク質FREP1など) の特定の変異体を、このような補助的gRNAを用いて自然個体群から徐々に除去することができる。一方で、このような戦略で懸念されるのは、複数のgRNAを用いることで、複数のゲノム切断現象(すなわち、遺伝子ドライブ挿入部位と二次標的)が起こり、染色体再配列やゲノム損傷を引き起こし、望ましくない結果をもたらす可能性があることである。
 
 tgRNAを利用することで、完全長gRNAと組み合わせたCas9ヌクレアーゼが、ゲノムへの損傷を引き起こすことなく、tgRNAと組み合わせたCas9ヌクレアーゼによる二次標的遺伝子の転写を抑制 (tgCRISPRi) または活性化 (tgCRISPRa)する遺伝子発現調節を維持することが可能になる。多様な遺伝子編集アプリケーションにおいて、複数の並列遺伝子編集および遺伝子調節機能を可能にし、CRISPRアプリケーションの適用範囲拡大に貢献するであろう。

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