[出典] "Sub-1.4 cm3 capsule for detecting labile inflammatory biomarkers in situ" Inda-Webb ME, Jimenez M [..] Traverso G, Yazicigil RT, Lu TK. Nature 2023-07-26. https://doi.org/10.1038/s41586-023-06369-x [著者所属] MIT, Brigham and Women's Hospital, Boston U, U Chicago, Analog Devices, Senti Biosciences.
[注] Report Oceanによると、スマートピルの世界市場は、2020年に約35億6000万米ドルと評価され、予測期間2021-2027年には14.5%以上の成長率が見込まれている [PRTIMES. 2022-03-21 19:00]
MIT/Senti BiosciencesのTimothy K. Lu准教授らが率いる研究チームが、腸疾患の診断と治療を革新する可能性のあるブルーベリー・サイズ (< 1.4 立方cm) のスマートピルをNature 誌から発表した。この研究成果は、2018年にScience 誌から発表された先行研究 [*]を大幅に前進させたものである。現在の錠剤は、Science 誌で報告されたプロトタイプの約6分の1の大きさで、市販されている安全な摂取可能なピルの基準に準拠している。また、一酸化窒素や硫化水素の副産物など、腸疾患に関連する炎症の重要なシグナルやメディエーターとなる主要な生体分子を検出するように設計されている。
腸の疾患を診断するための現在の技術は、内視鏡検査のように侵襲的であったり、便の検査のようにリアルタイムで病気の分子バイオマーカーを検出することができない。後者は、腸の疾患やその前兆を示すいくつかの重要なバイオマーカーが不安定で極めて短命であるため、現在の技術では検出できないうちに消えてしまうことから、精密な検査に対する障害になっている。
生きたブタでの実験に成功したこの新しいスマートピルは [論文Fig. 1参照]、バイオマーカとなる分子を感知すると光を発するように操作した生きたバクテリアと電子機器および小型バッテリーを組み合わせたものであ。ブルーベリーサイズのピルに組み込まれた電子機器がその光をワイヤレス信号に変換し、ピルが腸内を移動する間にリアルタイムでスマートフォンや他のコンピューターに送信することができる。
論文の責任著者の一人であるLu准教授は「人間の腸の内部構造は、いまだ科学のファイナル・フロンティアのひとつである。このスマートピルは、身体の機能について、環境との関係、および、病気や治療介入からの影響に関する豊富な情報を送り出すだろう」と言う。
スマートピルの可能性
大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患 (inflammatory bowel diseases: IBD) に苦しむ人は、世界中でおよそ700万人にのぼる。本研究に参加していなかったハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院のAlessio Fassano教授は「IBD患者を守っていく上で最も困難なことの1つは、疾患の薬理学的管理を左右することになるIBDにしばしば起こる病状の悪化 (clinical flares) を予測することである。この予測を可能にする明確なバイオマーカーが未だ同定されていないことから、患者はしばしば、入院を必要とするような重篤な症状に陥ってしまう」、「このスマートピルは、早期診断、病気悪化の予防、治療計画の最適化という点で、IBDの管理におけるゲームチェンジャーになるかもしれない」と言う。
研究チームは報告の中で、このスマートピルが、多くのIBDに関連するが、反応性が高く体内で極めて寿命が短い分子である一酸化窒素を検出できることを示した。さらに重要なことは、スマートピルが異なる濃度の一酸化窒素も検出できることである。「これによって、健常な状態から症状
の状態を層別化することが可能になる」と、論文筆頭著者のM. E. Inda-Webb博士は言う。また、患者の間でも一酸化窒素のレベルが大きく異なることから、一酸化窒素のレベルを判定可能になることは、精密な診断を可能にする。
研究チームによれば、このスマートピルは他の重要なバイオマーカーを検出するために微調整が可能だという。その結果、Inda-Webbは、これによって科学者たちが腸内マイクロバイオームという極めて複雑で安定でありながら体内外からのシグナルによって変動する環境、ブラックボックスとも言える環境、について、より深く理解できるようになる可能性にも期待を寄せている。「腸の化学的環境についてもっと知ることで、炎症が起こる前に、炎症を引き起こす要因を特定し、病気を予防することができるのです」と。
さらに、機能化した微生物とエレクトロニクスを組み合わせた技術は、腸以外を対象とするより広範な健康モニタリングに利用できる可能性がある。Inda-Webbとの共同筆頭著者であるMITのM. Jimenez研究員は、「生物学とエレクトロニクスの長所を生かしました」と言う。
ミクロの決死圏 (Fantastic Voyage)
Inda-Webbはこの研究を1966年の映画「ミクロの決死圏 」になぞらえた:「私たち科学者はそんなことはできませんが、今はバクテリアを送って似たようなことをさせることができます」、「合成生物学の急速な進歩により、生きた細胞の情報処理能力を利用して、このようなアクセス困難であった環境で病気を診断することが可能になりました」。
[*] Tomothy K. Luらの先行研究紹介crisp_bio記事と論文
2018-05-25 バイオセンサーとマイクロエレクトロニクスを内蔵したカプセルで消化管内出血の非侵襲的測定実現;"An ingestible bacterial-electronic system to monitor gastrointestinal health" Mimee M, Nadeau P [..] Chandrakasan AP, Lu TK. Science. 2018 May 25;360(6391):915-918;IMBED (ingestible micro-bio-electronic device).
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