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[注] EVs (extracellular vesicles)
[出典] NEWS FEATURE "FedEx for your cells: this biological delivery service could treat disease - Researchers want to know why cells produce tiny packages called vesicles — and whether these bundles could be used for therapy." Abbott A. Nature. 2023-09-19. https://doi.org/10.1038/d41586-023-02906-w

 細胞外小胞 (EVs) の物語は、ユトレヒト大学のGraça Raposoらが1996年に発表した論文 [1]に始まる。エクソソームが免疫細胞間の情報伝達を媒介することが明らかにされたのである。Graça Raposoは続いて Institut Gustave Roussyの研究チームの一員として、1998年には、抗腫瘍免疫細胞に由来するエクソソームが癌を抑制することを報告した [2]。これらを受けて多くの研究者がエクソソーム研究に参画し、すべての細胞がEVsを放出すること、さらに、エクソソームがタンパク質だけでなく核酸を伝達することが明らかにされた。例えば、スエーデンのヨーテボリ大学のJan Lötvall教授の研究チームが、mRNAやマイクロRNAを伝達することを報告した [3]。すなわち、エクソソームが受容細胞の遺伝子発現に影響を与えることが示唆され、EVs関連論文が多数発表されるようになり、過去5年間で3倍まで増加した。その間に、EVsの定義や実験法の標準化が徐々に進み、EVsの分子機序や健康/疾患における役割の理解も深まってきた。同時に、EVsをさまざまな疾患の診断や治療に応用する試みも広がり、特許申請や臨床試験の件数も増加し続けてきた。一方で、ダークサイドも広がった。安全性や有効性のエビデンスが存在しない"EV療法"を消費者に提供するクリニックや企業も世界的に増え続けているのであろう。

小型で強力

 EVsには数千にもおよぶタイプが存在し、生成過程と放出過程に応じて、五指に余るクラスに分類されている。その中で、サイズから見るとクラス間での重複があるが、エクソソームのサイズは30-150 nmと最小のクラスであり、細胞膜へと移動し、細胞膜に融合し、小胞として細胞外へ放出される。エクトソームのサイズは50-10,000 nmと広がっておりエクソソームと異なり、細胞膜からくびり切られる ('pinch off'される) [出典挿入図のSPECIAL DELIVERY 参照]。

 植物、菌類、バクテリを含むほとんどの生物の細胞が小胞を生成するが、その生物学的機能の多くは特定されていないが、健常細胞から放出されるEVsは、免疫反応の誘発から細胞の平衡維持まで、幅広い生理的プロセスの制御に関与することが知られている。一方、病的細胞から放出されるEVsは、病気の蔓延を助長する可能性がある。例えば、腫瘍細胞から放出されるEVは、癌を促進するタンパク質やRNA分子を体内の他の部位に運び、癌の転移を引き起こす可能性がある。アルツハイマー病などの神経変性疾患では、アミロイドβ、タウ、α-シヌクレインなどのミスフォールドタンパク質が関与しているが、 その結果、神経細胞から分泌されるEVsが、これらのタンパク質を脳内に拡散させ、病気を蔓延させるのではないかと考えられている。

治療への応用

 Lötvall教授の研究チームからの論文を見てすぐ、オックスフォード大学のMatthew Woodは、EVsを利用して治療薬を病的細胞へデリバリーする研究に取り組み、2011年には、マウスの免疫細胞の一種からEVを単離し、ニューロンを標的にするように設計し、病気に関与する酵素の遺伝子をオフにする小さなRNAを搭載させた小胞をマウスに注射することで、酵素のレベルを3分の2まで低下させることに成功した [4]。さらに、2021年には、有用なタンパク質をEVでデリバリーすることで、デュシェンヌ型筋ジストロフィー・モデルマウスの骨格筋力低下の一因である炎症を抑制することに成功した [5]。今では、Woodが共同設立したEvox Theraeuticsをはじめとする企業がさまざまな疾患の遺伝子治療システムの研究開発を進めている。また、中国の研究チームは、癌患者自身の腫瘍細胞からのEVsを利用して化学療法剤をデリバリーする手法 [6]の臨床試験 [7]を始めている。あるいは、老齢マウスに、若いマウスの脂肪由来の間葉系幹細胞から分泌されたEVを投与したところ、対照マウスよりも長生きし、虚弱体質が少なく、生化学的プロファイルも若々しくなったという報告も出てきた [7]

診断への応用

 EVsは治療だけでなく、EVは疾患のバイオマーカーとしてのポテンシャルを秘めている。さまざまなEVは、バイオマーカーとして機能するタンパク質、RNA、脂質などの分子の独自の特徴的な組み合わせを帯びているからである。多くの企業が、様々な疾患、特に早期発見が予後を改善する疾患に対するEVベースの診断検査を開発している。

ブラックマーケット

 EVsによる診断や治療への期待が高まる一方で、医療へしかし、いかがわしい市場がすでに広がっている。病気の治療やら美容まで、さまざまなEV治療を提供するクリニックが世界中に出現している。2023年の分析 [8]によると、約110の企業がこのような治療法を販売しており、そのうちのいくつかは複数の国でクリニックを運営している。

 A*STARのInstitute of Molecular and Cell BiologyのPIであるSai Kiang Lim博士 [9]は、「EVが本質的に悪いということではありません。エンドトキシンやバクテリアのような汚染物質が簡単に混入してしまうことが問題なのです」と言う。実際、2019年、ネブラスカ州でエクソソームによる治療後に敗血症を含む重篤な副作用が数人に見られたことから、FDAは危険性を警告する声明を発表した。FDAは、規制されていない製品を提供するクリニックは「これらの製品がさまざまな病気や状態を予防、治療、治癒する可能性について、根拠のない主張で患者を欺く」と述べている。多くのクリニックが、規制の必要はないと主張しているが、それは "単に真実ではない "とFDAは述べている。
 
  [引用文献]
  1. Raposo, G. et al. J. Exp. Med. 183, 1161–1172 (1996). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8642258/
  2. Zitvogel, L. et al. Nature Med. 4, 594–600 (1998). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9585234/
  3. Valadi, H. et al. Nature Cell Biol. 9, 654–659 (2007). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17486113/
  4. Alvarez-Erviti, L. et al. Nature Biotechnol. 29, 341–345 (2011). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21423189/
  5. Conceição, M. et al. Biomaterials 266, 120435 (2021). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33049461/
  6. Dong, X. et al. Front. Immunol. 13, 1002938 (2022). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36275698/
  7. Sanz-Ros, J. et al. Sci. Adv. 8, eabq2226 (2022). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36260670/
  8. Asadpour, A., Yahaya, B. H., Bicknell, K., Cottrell, G. S. & Widera, D. Stem Cell Res. Ther. 14, 111 (2023). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37138298/
  9. Lai, R. C. et al. Stem Cell Res. 4, 214–222 (2010) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20138817/
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