[出典]
- NEWS "This is the largest map of the human brain ever made" Conroy G (サイエンスライター). Nature 2023-10-12. https://doi.org/10.1038/d41586-023-03192-2
Webサイト NeMO Archive (The Neuroscience Multi-omic Archive) https://nemoarchive.org; NeMO Data Portal (スクリーンキャプチャ引用右図参照) https://portal.nemoarchive.org
米欧に分散したセンターからなる米国NIHのBrain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies (BRAIN) Initiative - Cell Census Network (BICCN)が、2023年10月13日付けで、これまでの研究成果を、Science 誌、Science Advances 誌、Science Translational Medicine 誌に21本の論文にて報告した [crisp_bio記事 2023-10-16]。
オーストラリアのFlorey神経科学・精神衛生研究所の神経科学者Anthony Hannanは「この巨大な細胞アトラスは、既知の最も複雑な臓器の詳細なスナップショットを提供する」と言う。「研究者たちはこれまでにも、磁気共鳴画像法などの技術を用いてヒトの脳をマッピングしてきたが、ヒトの脳全体を単一細胞レベルで描き出し、その複雑な分子間相互作用を示したアトラスはこれが初めてである」とHannanは付け加える。
細胞"園" (Cellular "menagerie")
現在オランダのユトレヒト大学医療センターの神経科学者であるKimberly Silettiの研究チームは、3人の死亡した男性ドナーからの組織と先行研究で使用された一人の女性ドナーからの運動皮質の解剖標本サンプルを用いて、ヒトの脳全体をカバーする106ヶ所から300万個以上の単一細胞のRNA配列を決定し、アトラスの礎を築いた [*1]。この研究で、3,000種類以上の細胞型を含む脳細胞集団は461種類に分類された。Siletti自身が「これほど多くの種類の細胞があることに驚きました」と言う。
脳神経系においてシグナルを送受信するニューロン集団は、脳の各部位で大きく異なっており、機能や進化発生過程が異なることが示唆された。また、ニューロンとその他の細胞の混合集団も各部位によって異なり、特定の部位にしか存在しない細胞もあった。スウェーデンカロリンスカ研究所の分子システム生物学者である共著者のSten Linnarssonは、脳幹に、特に多くの種類のニューロンが存在していることを知り、「脳幹が信じられないほど複雑であるか、大きな驚きでした」と言う。
他の研究では、異なる細胞における遺伝子の制御と発現のメカニズムについて掘り下げられた。米国ソーク生物学研究所の分子生物学者 Joseph Eckerの研究チームは、同じ3人のドナーの組織サンプルを用いて、エピゲノムの観点から [*2]、50万以上の個々の細胞で遺伝子のオン・オフを切り替える化学マーカーを分析した。その結果、オン・オフのスイッチとして機能する分子によって、200近い脳細胞のタイプを特定するに至った。同じタイプの細胞内の同じ遺伝子であっても、脳全体では異なる特性を持つ可能性があり、さらに、脳の前部ではあるスイッチでオンになり、脳の後部では別のスイッチでオンになる遺伝子も存在した。共著者のソーク研究所の計算生物学者 Wei Tianは「脳の領域の間で大きく変動する」と言う。「脳細胞の遺伝子発現を活性化したりブロックしたりするスイッチをピンポイントで特定することは、脳疾患の診断やオーダーメイドの治療法の開発に役立つ可能性がある」「これは、我々が今回構築したツールボックスから生まれるもう一つのツールなのです」とEckerは言う。
疾患リスク
遺伝子のスイッチが病気のリスクに関与する機構を理解することは、カリフォルニア大学サンディエゴ校の分子生物学者であるBing Renの研究チームの関心事でもあった [*3]。研究チームは、3人のドナーからの100万個以上の脳細胞について、遺伝情報にどのようにアクセスし利用しているかを分析した。その結果、ある種の脳細胞と双極性障害、うつ病、および統合失調症などの精神神経疾患との相関関係が明らかになった。
研究チームは、細胞型のデータをベースに、遺伝子のスイッチが遺伝子制御にどのように影響し、神経疾患のリスクを高めるかを予測した。例えば、死細胞や損傷細胞を除去するミクログリアにおいて、いくつかの遺伝子スイッチの存在がアルツハイマー病のリスクと強く関連していることが推定された。「このようなことが可能になったのは、何百種類もの細胞の遺伝子スイッチを明らかにしたからこそ」と、Renは言う。
Renはまた、「BICCNチームの次のステップは、脳のあらゆる部位から、より多くの細胞の塩基配列を決定することだ」と言い、BICCNは、より多くの組織サンプルを用いて、ヒトの脳には人類集団や年齢層によるどのような違いがあるのかを明らかにしていく予定である。Renは、「これは始まりに過ぎません」と言う。
[引用文献]
- Siletti K [..] Linnarsson S: "Transcriptomic diversity of cell types across the adult human brain" Science 2023-10-13.
- Tian W, Zhou J [..] Ecker JR: "Single-cell DNA methylation and 3D genome architecture in the human brain" Science Science 2023-10-13.
- Li YE [..] Ren B: "A comparative atlas of single-cell chromatin accessibility in the human brain" Li, Y. E. et al. Science 2023-10-13.
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