[出典]
NEWS AND VIEWS "Viruses use RNA decoys to thwart CRISPR defences" Kraus C, Sontheimer EJ. Nature 2023-10-18. https://doi.org/10.1038/d41586-023-03133-z
NEWS AND VIEWS "Viruses use RNA decoys to thwart CRISPR defences" Kraus C, Sontheimer EJ. Nature 2023-10-18. https://doi.org/10.1038/d41586-023-03133-z
論文 "Bacteriophages suppress CRISPR–Cas immunity using RNA-based anti-CRISPRs" Camara-Wilpert S, Mayo-Muñoz D, Russel J, Fagerlund RD, Madsen JS, Fineran PC, Sørensen SJ, Pinilla-Redondo R. Nature 2023-10-18. https://doi.org/10.1038/s41586-023-06612-5
バクテリアやアーケアのような微生物は進化の過程でファージに対する多彩な防衛システム (抗ファージシステム) を備えてきた [*1]。一方で、ファージも微生物の防衛システムを回避する戦略を備えてきたが、今回、Sarah Camara-Wilpertらコペンハーゲン大学とオタゴ大学の研究チームが、その新たな戦略を発見し、Nature誌から報告した。
抗ファージシステムの中で特に重要なのは、CRISPRアレイと隣接するcasタンパク質をコードする遺伝子に依存するCRISPR-Cas適応免疫 (adaptive immune) システムである。CRISPRアレイは、短い繰り返し (リピート) 配列の間に、以前に遭遇したファージのゲノムに由来するユニークな断片 (スペーサー) が配置されており、スペーサーからCasタンパク質を標的ファージへと誘導するガイドRNA (CRISPR RNA: crRNA) が産生される。
CRISPR-Casシステムは2つのクラスと6つのタイプさらに多くのサブタイプに分類されているが、ほぼ全てのシステムに対して複数のAcrタンパク質が発見されている。これまでに、少なくとも100種類のAcrファミリーが同定されているが、その構造やCRISPR-Casシステムを阻害する機構、および、阻害するCRISPR-Casシステムの選択性が、驚くほど多様である。また、ファージが、mini CRISPRアレイを介した宿主のCRISPR-Casシステムに干渉したり [*2]、複数の競合ファージが微生物に感染する際に、mini-CRISPRアレイを介して他のウイルスに干渉することが知られている [*3]。
ファージや環状DNAのようなプラスミドなどの他の可動性遺伝因子 (mobile genetic elements: MGEs) のゲノムにも、SRU (solitary repeat unit) と呼ばれるCRISPRアレイに似た配列が見られることがある。不思議なことに、ファージに見られるほとんどのCRISPRアレイとは異なり、これらのSRUは一般的にCasタンパク質をコードする遺伝子を伴っていない。Camara-Wilpertらは、これらのSRUの役割を探り、それらが抗CRISPR機能を持つという仮説を検証することにした。
SRUがCRISPRを介した干渉からファージを保護できるかどうかを調べるため、著者らは、選んだ宿主株のゲノムにコードされているcrRNAに類似したSRUを同定し、その宿主株にSRUを組み込んだ。SRUがcrRNA様RNAを発現していることを確認した後、宿主株内在のI-F型CRISPR-Casシステムによって通常は標的とされ、抑制されるファージを宿主株に感染させた。重要なことは、SRUを発現していない菌株と比較して、SRUを発現させた菌株は、ファージ感染やファージによる破壊に対してより感受性が高いということである。
この結果は、ファージやMGEのSRUが、CRISPRを介した防御の阻害剤として働くRNA抗CRISPR (研究チームはRacrsと命名)をコードできることを強く示している。Racrsの中でRacrIF1は、宿主バクテリアのCRISPR-Casを構成するタンパク質 Cas6fと特異的に結合し、Cas6fとRacrIF1 RNAとの結合を阻害し、racrIF1遺伝子の変異は、その抗CRISPR活性を消失させた。Racr1F1とCas6fの複合体をさらに生化学的に解析したところ、crRNA CRISPR干渉において通常機能するユニット全てではないものの、他のCasタンパク質も存在することが明らかになった。研究チームは、RacrIF1が効果的にcrRNAを模倣し「デコイ(囮)として機能しているとした。Cas6fとの結合によって、機能しない異常なCRISPR複合体が形成され、それによってCasタンパク質が隔離され、抗ファージ防御への参加が妨げられるのである [論文 Fig. 2引用右図参照]
このようなcrRNAの模倣は、Acrタンパク質と同様に、CRISPR-Cas適応免疫現象に広く見られる現象なのだろうか、それともタイプI システム特有の現象なのだろうか?この問題に取り組むため、in silico 検索を行い、ファージや他のMGEに存在する数多くのSRUを同定した。候補となったRacrsのほとんどは、感染する宿主が保有するcrRNAと明確な類似性を示し、ほぼすべてのタイプのCRISPR-Casシステムでその例が見つかった。これらの結果は、RacrsがCRISPRに対抗する一般的な、そしてこれまで過小評価されてきた防御様式であることを強く示している。また、Acrタンパク質をコードする遺伝子と同様に、RacrをコードするSRUは、しばしば他の抗防御遺伝子とクラスター形成している。
他の2つの研究 [*4, *5]でも、Casタンパク質の発現を調節し、Acrの阻害を検出できるCas制御RNAを含むcrRNA様低分子RNAが報告されており、いくつかのcrRNA様低分子RNAは、Acrsをコードする他の遺伝子とクラスター化したファージ独特のエレメントとして注目されている [*6]。バクテリアとファージの両方が、CRISPR干渉そのもの以外の用途のために、そして時にはCRISPRと直接対立する用途のために、crRNAを共用して模倣しているという、より広範な図式が浮かび上がってくる。
Racrsの発見は、CRISPR-Cas9の恒常的活性をタンパク質ベースのAcrに替わってRNAを阻害剤として制御する応用技術の扉を開き、また、CRISPR干渉の分子機構やファージと宿主の相互作用とその共進化に関する理解を深めることに貢献していくであろう。
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- [2019-11-13] [展望] バクテリアは集団として、バクテリオファージに抗する多彩な防衛システムを共有している;"The pan-immune system of bacteria: antiviral defence as a community resource". Bernheim A, Sorek R. Nat Rev Microbiol. 2019-11-06.
- CRISPRメモ_2019/06/06 [第5項] CRISPR-Casの獲得免疫応答以外の機能と可動遺伝因子の貢献 ... 多くのバクテリアとアケーアのウイルスが、CRISPRミニ・アレイを帯びており、ホストのCRISPR-Casシステムを阻害する。...;"CRISPR-Cas in mobile genetic elements: counter-defense and beyond" Faure G [..] Koonin EV. Nat Rev Microbiol 2019-06-05.
- CRISPRメモ_2019/11/16 [第3項] 一部のウイルスが帯びているmini-CRISPRアレイは、ウイルス間の競合に寄与する;"Virus-borne mini-CRISPR arrays are involved in interviral conflicts". Medvedeva S [..] Krupovic M. Nat Commun. 2019-11-15.
- 2023-09-11 crRNAの存在量と抗CRISPRタンパク質をモニターするcrRNA様のRNAが存在する;"Widespread RNA-based cas regulation monitors crRNA abundance and anti-CRISPR proteins" Liu C, Wang R, Li J, Cheng F, Shu X [..] Xiang H, Li M. Cell Host Microbe 2023-08-24.
- [20230610更新] CRISPR-Cas系に広く存在するCRISPRリピート様RNA制御エレメント;"Widespread CRISPR-derived RNA regulatory elements in CRISPR-Cas systems" Shmakov SA [..] Peters JE, Koonin EV. Nucleic Acids Res. 2023-06-07.
- CRISPRメモ_2019/04/21-2 [第5項] CRISPR-Cas9に対して核酸をベースとする小型の阻害剤を合理的に設計 ; "Rationally Designed Small Nucleic Acid-Based Inhibitors of CRISPR-Cas9" Barkau CL, O'Reilly D, Rohilla KJ, Damha MJ, Gagnon KT. Nucleic Acid Ther. 2019-04-16.
[関連crisp_bio記事]
- [20201112更新] 可動遺伝因子 (MGEs)は、バクテリアの多彩な防御システムに抗する遺伝子クラスターを帯びている ;"Discovery of multiple anti-CRISPRs uncovers anti-defense gene clustering in mobile genetic elements" Pinilla-Redondo R, Shehreen S, Marino ND, Fagerlund RD, Brown CM, Sørensen SJ, Fineran PC, Bondy-Denomy J. Nat Commun. 2020-11-06.
- 2020-03-22 [レビュー]抗-CRISPRタンパク質 (Acrタンパク質) 2題 [第1項] 抗-CRISPRタンパク質 (Acrタンパク質)の応用: CRISPR-Casに対する天然のブレーキ;"Anti-CRISPR protein applications: natural brakes for CRISPR-Cas technologies" Marino ND, Csörgő B [..] Bondy-Denomy J. Nat Methods 2020-03-16.
[出典] "Bacteriophages suppress CRISPR–Cas immunity using RNA-based anti-CRISPRs" Camara-Wilpert S, Mayo-Muñoz D, Russel J, Fagerlund RD, Madsen JS, Fineran PC, Sørensen SJ, Pinilla-Redondo R. Nature 2023-10-18. https://doi.org/10.1038/s41586-023-06612-5 [著者所属] U Copenhagen, U Otago (New Zealand)
バクテリアの多くが、バクテリオファージやプラスミドなどの可動性遺伝因子に対抗するためにCRISPR-Cas適応免疫システムを利用している。一方、これらの侵入因子は、抗CRISPRタンパク質 (anti-CRISPRタンパク質: Acrs) を進化させて、宿主の免疫システムに対抗してきた。デンマークとヌージーランドの研究チームが今回、ファージがAcrとは異なるタイプの宿主CRISPR-Cas阻害戦略、「低分子のノンコーディングRNA 抗CRISPR (RNA anti-CRISPRs: Racrs) をベースにした阻害戦略」を備えていることを明らかにした。
- Racrは、CRISPRアレイに見られるリピート配列を模倣したもので、単独のリピート・ユニットとしてウイルスゲノムにコードされている [*1]。
- プロファージにコードされたRacrは、Cas6fおよびCas7fと特異的に相互作用することにより、I-F型CRISPR-Casシステムを強く阻害し、その結果、異常なCasサブコンプレックスが形成する [Fig. 2引用右図参照]。
- 多様なウイルスやプラスミドによってコードされるほぼ全てのCRISPR-CasタイプのRacr候補を同定した。その多くはRacr以外の抗CRISPR遺伝子のコンテクスト [*2]の中, acr 遺伝子に隣接して、同定された。
- CRISPR-Casシステムの2つのクラスにまたがる9つの候補について機能試験を行ったところ、強い免疫抑制機能が確認された。
本研究の成果は、宿主内のCRISPRリピートの分子的模倣が一般的な抗-CRISPR戦略であることを明らかにし、Rarcsに、CRISPR-Casによるゲノム編集をはじめとするバイオテクノロジーへの応用 [*3]を期待できることを示した。
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- CRISPRメモ_2019/06/06 [第5項] CRISPR-Casの獲得免疫応答以外の機能と可動遺伝因子の貢献 ... 多くのバクテリアとアケーアのウイルスが、CRISPRミニ・アレイを帯びており、ホストのCRISPR-Casシステムを阻害する。...;"CRISPR-Cas in mobile genetic elements: counter-defense and beyond" Faure G [..] Koonin EV. Nat Rev Microbiol 2019-06-05.
- [20201112更新] 可動遺伝因子 (MGEs)は、バクテリアの多彩な防御システムに抗する遺伝子クラスターを帯びている ;"Discovery of multiple anti-CRISPRs uncovers anti-defense gene clustering in mobile genetic elements" Pinilla-Redondo R, Shehreen S, Marino ND, Fagerlund RD, Brown CM, Sørensen SJ, Fineran PC, Bondy-Denomy J. Nat Commun. 2020-11-06.
- 2020-03-22 [レビュー]抗-CRISPRタンパク質 (Acrタンパク質) 2題 [第1項] 抗-CRISPRタンパク質 (Acrタンパク質)の応用: CRISPR-Casに対する天然のブレーキ;"Anti-CRISPR protein applications: natural brakes for CRISPR-Cas technologies" Marino ND, Csörgő B [..] Bondy-Denomy J. Nat Methods 2020-03-16.
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