[出典] Perspective "Genome editing with retroelements - RNA-guided DNA writing enzymes offer promise for programmable gene insertion" Tang S, Sternberg SH. Science 2023-10-26. https://doi.org/10.1126/science.adi3183 [著者所属] Columbia U
コロンビア大学の研究チームが、ガイドRNAに誘導されてゲノムDNAの標的部位に外来DNAの書き込みを実現するCRISPR/Cas9ヌクレアーゼやプライム・エディターと対照させながら、レトロエレメントによるプログラム可能な標的部位編集技術を展望する。この展望機には、4種類のモデル図からなる「レトロエレメントに基づくプログラム可能な遺伝子挿入への道」と題する図が用意されている [https://www.science.org/cms/10.1126/science.adi3183/asset/ff76754a-2bc3-4f03-8749-0122d6e3160b/assets/graphic/science.adi3183-f1.svg]
- プログラム可能なCas9またはnCas9:ガイドRNAによってCas9またはnCas9が標的ゲノム遺伝子座へ誘導されるモデル図、
- Cas9ヌクレアーゼによる編集:ガイドRNAに誘導されたCas9ヌクレアーゼによるDNA二本鎖切断 (DSB)からの細胞内在の修復過程 (エラープローンなNHEJまはた非効率なHDRの過程) を介してDNAテンプレートを挿入する。
- プライム・エディター (PE):Cas9ニッカーゼ、逆転写酵素 (RT)、およびプライマー結合部位、逆転写の対象となるテンプレートRNAおよびガイドRNAからなるpegRNAで構成され、ガイドRNAに誘導されたCas9ニッカーゼ (nCas9) がDNA鎖にニックを入れてDNA末端を生成し、そこからRTがテンプレートRNAを転写してDNA配列を書き込むエディターであり、Target-primed reverse transcirption (TPRT) の機構を利用していることになる。
- 次世代レトロエレメント・エディター:レトロエレメントが帯びているTarget-primed reverse transcirption (TPRT) の機能を利用することで、RNAをテンプレートとしたより大きなDNA配列の統合を実現する可能性があり、自然界からのレトロエレメントの探索が待たれる。
[詳細]
自然界には膨大な数のレトロエレメントが存在するが、ゲノム編集の可能性について研究されているものはごくわずかである。まだ知られていない特性を持つ特定のRTが、ゲノム編集作業に本質的に適しているかもしれない。バイオインフォマティクスの解析とプール型スクリーニングによってレトロエレメントの多様性を系統的にマイニングすることは、望ましい特性を持つRTを同定する上で非常に貴重である。この戦略は、コンパクトなPEの開発ですでに実を結んでいる [*11]。
レトロエレメントは進化の過程でヒトゲノムの形成に大きな役割を果たしており、そのおよそ半分がMGEに由来している。レトロエレメントに基づくDNA編集ツールの開発は、自然が生み出したゲノム工学の再利用なのである。
[引用論文/crisp_bio記事]
ゲノム編集法には一般に、目的のDNA配列を認識・標的する (target/ターゲット)ステップと、目的とする遺伝子改変を導入するステップという2つの重要なステップが含まれる。プログラム可能なDNAターゲティングのツールは、主にバクテリアのRNAガイドCRISPR-Casシステムの改良により、過去10年間で急速に進歩した。しかしながら、標的部位を効率的かつ正確に改変することは、特に遺伝子サイズのDNAペイロードを挿入するような大規模な改変は、依然として簡単ではない。
そこで、進化の過程で多様な標的戦略や統合戦略を獲得してきた可動遺伝因子 (mobile genetic elements: MGEs) を人工的なゲノム編集に再利用する研究が進んでいる。特に興味深いのはRNA
を介して移動するレトロエレメントである。その中で、2023年に入って、レトロエレメントの標的化と統合メカニズムの鍵となる分子機構が解明され、プログラム可能なDNA挿入のためにレトロエレメントを再設計する可能性が示された [*1, *2]。
を介して移動するレトロエレメントである。その中で、2023年に入って、レトロエレメントの標的化と統合メカニズムの鍵となる分子機構が解明され、プログラム可能なDNA挿入のためにレトロエレメントを再設計する可能性が示された [*1, *2]。
MGEはすべての生物に存在し、ゲノム内やゲノム間のDNAの移動を促進する酵素をコードしている。MGEはその移動機構をベースにDNAトランスポゾンとレトロエレメントに大別される。
- DNAトランスポゾンは通常、酵素トランスポザーゼをコードしており、その酵素が配列を元の位置から切り離し、標的遺伝子座に組み込む「カット・アンド・ペースト」の過程をたどってDNAを動員する。
- レトロエレメントは、宿主細胞のRNAポリメラーゼに依存してDNAセグメントのRNAコピーを生成し、それから、レトロエレメントにコードされているRTを介してcDNAを合成し、続いて、様々な機構によってゲノムに組み込まれ、元のDNAセグメントの新しいコピーが作られる「コピー・アンド・ペースト」の過程を辿ってDNAを動員する。
MGEは自然界でユビキタスな存在であり、宿主ゲノムに安全かつ効率的にDNAを組み込む統合機能を獲得していることから、生まれながらのゲノム編集のツール候補である。しかし、MGE は一般的に、統合先がランダムあるいは固定されていることから、そのままでは、統合を自在にプログラムするような応用は難しい。この点が、利用者がガイドRNAによって統合先をプログラムできるCRISPR/Cas9ベースのゲノム編集とは対照的である。一方で、CRISPR-Casヌクレアーゼをベースとするゲノム編集にも課題がある。DSBのプロセスを経ることから、オフターゲット編集活性に加えて、大きな染色体欠失や転座などが誘導され遺伝毒性を伴う可能性があり、また、遺伝子レベルの大規模なDNAセグメントの挿入は難しい。このように、MGEとCRISPR-CasシステムとMGEは、標的部位特異性と遺伝毒性に関して、それぞれ一長一短であるが、相補的な関係にもあり、両者のいいとこ取りで理想的なゲノム編集ツールが生まれることを期待できる。
実際、CRISPRを介したDNAターゲティングとトランスポザーゼを介したDNA挿入を組み合わせたアプローチが過去5年間に登場している [*3-5]。これらの方法は、トランスポザーゼ酵素をgRNAで指定された標的部位に導入し、そこでプラスミド上に供給されるテンプレート (ドナーDNA) の統合を触媒する。CRISPR関連トランスポザーゼ (CASTs) を利用した標的DNA挿入では、15 kbまでのDNAセグメントの統合が実証されている [*5]。
レトロエレメントを利用する利点は、RNAテンプレート上に挿入すべきDNAセグメントをコードすることができることから、DNAテンプレートを利用するアプローチよりも、より安全で柔軟な操作が可能と考えられる点である。また、ゲノム編集のためのDNAは、アデノ随伴ウイルス (AAV) やその他のベクターによって標的組織に送達されることが多いが、RNAは脂質ナノ粒子 (LNP) によって送達可能なことも有利な点である。LNPはAAVよりも免疫原性が低く、また、RNAは一過性であり受容細胞で比較的短時間で分解されるため、標的外編集のリスクが少ない。このように、レトロエレメントに基づくゲノム編集ツールは、外来DNAドナーを必要とするツールに比べ、安全性において有利である。
レトロエレメントは実は20年以上前からゲノム工学のツールキットの一部となっており、ターゲットロン [*6]やレトロン [*7]が実現されてきたが、任意のゲノム標的部位に任意の新しいDNA配列を直接書き込むまでには至らなかった。そこに、プライム・エディター (PE) がブレークスルーをもたらした [*8]。PEはDSBの発生を避け、あらゆるタイプの点突然変異、小さな挿入、小さな欠失を導入することができる。しかし、PEにも弱点はあり、多くの用途において編集効率は低いままであり、対応可能なテンプレートのサイズが〜40塩基対以下に限られていた。最近の進歩により、複数のpegRNAを用いたり、PEと部位特異的リコンビナーゼを組み合わせたりすることで [*9]、このサイズの制限に対処しているが、その代償としてコンストラクトも反応過程も複雑になった。
注目すべきことに、PEが利用するDNAの書き込み機構はTPRT (target-primed reverse transcription)と呼ばれ、自然界に広く存在するレトロエレメントの一群が遺伝子全体を動員するのに利用する機構と同じである [*10]。非LTR (non-long terminal repeat)レトロトランスポゾンとして知られるこれらのエレメントを利用することで、遺伝子挿入技術が大幅に進歩する可能性があるが、それを実現するには、非LTRレトロトランスポゾンがどのようにしてそれぞれのRNA基質やゲノム標的を選択するのか、また、どのようにして標的部位にカーゴを書き込むのかなど、非LTRレトロトランスポゾンの本来の移動メカニズムを詳細に理解する必要がある。幸いなことに、非LTRレトロトランスポゾンの移動は、広汎に存在することから比較的よく研究されており、例えば、long interspersed nuclear element 1 (LINE-1)レトロトランスポゾンはヒトゲノムの20%近くを占めている。興味深いことに、ヒトLINE-1がほとんど標的を定めずに動員されるのに対し、節足動物に多く存在するR2非LTRレトロトランスポゾンは、28SリボソームRNA遺伝子座を標的部位とする嗜好性を示す。しかし、R2タンパク質がR2 RNAとどのように会合してこの部位でTPRTを開始するのか、またR2が合成RNA鋳型を用いてTPRTを行うことができるのかは、今年初めまで不明であった。
最近の2つの研究 [*1,*2]では、R2 RNAと標的の28S DNAに結合したBombyx mori (カイコ)由来のR2 RTの立体構造が、クライオ電顕法により再構成された。その結果、RT-RNADNA複合体における特異的な分子間相互作用が明らかになり、レトロトランスポゾンがR2タンパク質による配列依存的な認識を通じてRNAテンプレートと標的DNAを選択していることが示され、最小限の認識配列と "カーゴ "RNA付加体を含む合成R2 RNAが設計された。R2 RTはこの人工基質を認識し、生化学反応において28S以外の標的配列にもカーゴを組み込むようにCas9によって方向転換が可能なことが示された [*1]。
こうして、レトロエレメントを標的遺伝子挿入ツールとして活用するための強力な基盤が築かれたが、その機構にはまだ謎が残っている。例えば、R2 RTによって生成されたcDNAのゲノム統合には、2本目のcDNA鎖の合成が必要であるが、このプロセスのメカニズム的な詳細は不明である。R2レトロトランスポジションの最終段階における分子的必要条件を解明することを目的とする追加研究が、R2を操作して細胞内に導入遺伝子を挿入するために極めて重要である。さらに、TPRTの精度をプロファイリングするための系統的アプローチを実行する必要がある。
自然界には膨大な数のレトロエレメントが存在するが、ゲノム編集の可能性について研究されているものはごくわずかである。まだ知られていない特性を持つ特定のRTが、ゲノム編集作業に本質的に適しているかもしれない。バイオインフォマティクスの解析とプール型スクリーニングによってレトロエレメントの多様性を系統的にマイニングすることは、望ましい特性を持つRTを同定する上で非常に貴重である。この戦略は、コンパクトなPEの開発ですでに実を結んでいる [*11]。
レトロエレメントは進化の過程でヒトゲノムの形成に大きな役割を果たしており、そのおよそ半分がMGEに由来している。レトロエレメントに基づくDNA編集ツールの開発は、自然が生み出したゲノム工学の再利用なのである。
[引用論文/crisp_bio記事]
- "Structure of the R2 non-LTR retrotransposon initiating target-primed reverse transcription" Wilkinson ME, Frangieh CJ, Macrae RK, Zhang F. Science 2023-04-06.
- "Structural RNA components supervise the sequential DNA cleavage in R2 retrotransposon" Deng P [..] Liu JG. Cell 2023-06-09.
- "RNA-guided DNA insertion with CRISPR-associated transposases" Strecker J [..] Zhang F. Science 2019-06-06 ; CAST: Cas12kとトランスポザーゼの協働によりドナーDNAを効率よくノックイン.
- "Transposon-encoded CRISPR-Cas systems direct RNA-guided DNA integration" Klompe SE [..] Sternberg SH. Nature 2019-06-12 ;短縮型I-F CRISPR-Casを帯びたトランスポゾンにより、DSBを介さず大腸菌ゲノム標的サイトにDNAをノックイン.
- "Novel recombinases for large DNA insertions" Lampe GD, Sternberg SH. Nat Biotechnol 2022-11-24. ;CRISPR指向性インテグラーゼを利用して、DSBを誘発することなく、巨大配列のノックイン"ドラッグ・アンド・ドロップ"を実現
- "Group II introns designed to insert into therapeutically relevant DNA target sites in human cells" Guo H [..] Lambowitz AM. Science 2000-07-21.
- "Functional Genetic Variants Revealed by Massively Parallel Precise Genome Editing" Sharon E [..] Fraser HB. Cell 2018-09-20 / CRISPRメモ_2018/09/24 [第1項] CRISPEY:超並列精密ゲノム編集による機能ゲノミクス;"Bacterial retrons enable precise gene editing in human cells" Zhao N. Chen SS-A, Lee J, Fraser HB. CRISPR J 2022-02-22 / レトロンをCRISPR-Cas9に組み合わせることで,ヒト細胞における精密遺伝子編集を実現.
- "Search-and-replace genome editing without double-strand breaks or donor DNA" Anzalone AV [..] Liu DR. Nature 2019-10-21;David R. Liuグループからプライムなゲノム編集法 - BEsに続くPEs.
- "Prime editing for precise and highly versatile genome manipulation" Chen PJ, Liu DR. Nat Rev Genet 2022-11-07;精度が高く汎用性も高いゲノム操作を実現するプライムエディティング (PE)
- "Reverse transcription of R2Bm RNA is primed by a nick at the chromosomal target site: a mechanism for non-LTR retrotransposition" Luan DD, Korman MH, Jakubczak JL, Eickbush TH. Cell 1993-02-26.
- "Phage-assisted evolution and protein engineering yield compact, efficient prime editors" Doman JL [..] Liu DR. Cell 2023-08-31;プライムエディター (PE)、PEmaxを超えて第6世代 へ.
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