crisp_bio

論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

[出典] "Genome-wide CRISPR off-target prediction and optimization using RNA-DNA interaction fingerprints" Chen Q, Chuai G, Zhang H [..] Zuo E, Zhang Q, Liu Q. Nat Commun. 2023-11-18. https://doi.org/10.1038/s41467-023-42695-4 [著者所属] 同済大学, 之江实验室 (Zhejiang Lab) https://jp.linkedin.com/company/zhejianglab?trk=public_profile_experience-item_profile-section-card_image-click, 上海自主智能无人系统科学中心 (Shanghai Research Institute for Intelligent Autonomous Systems), 中国农业科学院农业基因组研究所-深圳 (Agricultural Genomics Institute at Shenzhen), Roche R&D Center (China) Ltd

[背景]

 CRISPR-Casヌクレアーゼから塩基エディター (BE)およびプライムエディター (PE)まで、CRISPRをベースとして強力なゲノム編集ツールが開発されてきたが、オフターゲット効果が依然として課題として残ったままである。

 オフターゲット効果を回避すべくこれまでに開発されたきたsgRNA設計用in silico ツールは、仮説駆動型 (CRISPRoff [*1], uCRISPR [*2], MIT [*3], CFD [*4]など)と学習駆動型 (deepCRISPR [*5], CRISPRnet [*6], DL-CRISPR [*7] など) に大別されるが、いずれも、CRISPRシステムの分子機構に関する理解が不十分であったため、ゲノムワイドでのオフターゲット効果の予測に限界があった。

 CRISPR-Cas9によるゲノム編集の分子機構として知られている主要なプロセスには2種類ある: (1) 標的配列にCas9-sgRNA複合体を結合させ、Cas9-sgRNA-DNAの安定した複合体を形成する;(2) 続いて、Cas9の2種類のヌクレアーゼ・ドメインがアロステリックなコンフォメーション変化を起こして、標的DNAを切断する。

 これら2つのプロセスは、タンパク質-タンパク質、核酸-タンパク質、ならびに、核酸-核酸の分子間相互作用を含む、Cas9-sgRNA-DNAの三者複合体内の一連の分子間および分子内相互作用によって駆動される。このような分子間相互作用を利用することで、CRISPR編集の過程を予測できるはずであるが、これまでの研究報告は限られていた。実験から分子間相互作用の一種であるCas9-sgRNA-DNA三者複合体の結合エネルギーが、より正確なCRISPRオフターゲット予測を可能にしたことが報告されてはいるが [*5, 6]、ゲノムワイドなCRISPRオフターゲット予測の改善のためには、このような分子間相互作用のさらなる解明が必要である。

[成果]

 中国の研究チームは今回、CRISPRシステムのRNA-DNA分子間相互作用の特徴を明らかにし、ゲノムワイドなCRISPRオフターゲット効果を正確に予測する課題を解決するために、CRISPRシステムのRNA-DNA分子間相互作用に基づくゲノムワイドなCRISPRオフターゲット予測、評価、最小化を実現する統合計算フレームワークであるCRISOT (CRISPR Off-Target) を開発した。

 本研究の主たる貢献は、生体分子の分子機構や分子間相互作用に広く利用されている分子動力学 (MD) シミュレーションを利用して、CRISPRシステムにおけるRNA-DNAハイブリッドの基本的な相互作用メカニズムを特徴付ける効率的で一般化可能なRNA-DNA分子間相互作用フィンガープリントを導出したことにある。

 2022年に、MDシミュレーションと分子間相互作用を組み入れることでCRISPR技術を強化するというアプローチを対象とする展望記事が相次いで発表された[*8, *9]。一方で、Cas9システムを対象するMDシミュレーションを行った研究が行ってこられたわけではないが [*10, *11, *12, *13]、CRISPRシステムのオフターゲット効果の予測への利用は、突き詰められてこなかった。さらに、タンパク質工学 [*14, *15, *16]や正規のsgRNAにさらに短いRNAを追加する [*17]など、これまでのオフターゲット効果を抑制するアプローチは複雑であり、また、さらなる実験も必要であった。さらに、MDシミュレーションをCRISPRシステムのモデリングに事前に組み込むことで、オフターゲットを予測するモデルを構築する際に問題であった「オフターゲット標識の情報不足」を軽減することを期待できる。

 CRISOTは4つの関連モジュール、すなわちRNA-DNA分子間相互作用フィンガープリント生成、ゲノムワイドなCRISPRオフターゲット予測、sgRNA特異性評価、Cas9システムのsgRNA最適化のためのそれぞれ、CRISOT-FPCRISOT-ScoreCRISOT-SpecCRISOT-Optiで、構成されており [Fig. 1引用左下図参照]、包括的な計算および2種類の関心の高い創薬標的であるPCSK9 BCL11A を対象とする実験的評価 [Fig 6 a 参照]により、CRISOTは既存のツールを凌ぐことが実証された [Fig 3 引用右下図参照]。
CRISOT. 1  CRISOT.3
 さらに、CRISOTは、ベースエディターとプライムエディターのオフターゲット効果を正確に予測する可能性を示し [Fig. 6 b参照]、導出されたRNA-DNA分子間相互作用フィンガープリントは、異なるCRISPRシステム間のRNA-DNA相互作用の根本的なメカニズムを捉えていることが示された。

 CRISOTは、ゲノムワイドなCRISPRオフターゲット予測、評価、およびCRISPRゲノム編集における標的特異性向上のためのsgRNA最適化のための効率的で一般化可能なシステムを提供する。

 [*] 引用crisp_bio記事または論文・レビュー
  1. CRISPRメモ_2018/10/31 [第2項] 核酸二重鎖エネルギーからCRISPR-Cas9のオフターゲット編集を評価. 
  2. "Unified energetics analysis unravels SpCas9 cleavage activity for optimal gRNA design" Zhang D, Hurst T, Duan D, Chen SJ. Proc. Natl Acad Sci USA. 2019-04-15. 
  3. "DNA targeting specificity of RNA-guided Cas9 nucleases" Hsu PD, Scott DA [..] Zhang F. Nat Biotechnol 2013-07-21. 
  4. crisp_bio 2017-04-21 sgRNAの最適設計:CRISPR/Cas9の活性を最大限にオフターゲット編集を最小限に 
  5. "DeepCRISPR: optimized CRISPR guide RNA design by deep learning" Chuai G, Ma H [..] Huang D, Wei J, Liu Q. Genome Biol 2018-06-26. 
  6. "CRISPR-Net: A Recurrent Convolutional Network Quantifies CRISPR Off-Target Activities with Mismatches and Indels" Lin J, Zhang Z, Zhang S, Chen J, Wong KC. Adv Sci 2020-05-20. 
  7. "DL-CRISPR: a deep learning method for off-target activity prediction in CRISPR/Cas9 with data augmentation" Zhang Y, Long Y, Yin R, Kwoh CK. IEEE Access 2020-04-22. 
  8. News & Views "Toward a molecular mechanism-based prediction of CRISPR-Cas9 targeting effects" Chen Q, Chuai G, Zhang C, Zhang Q, Liu Q. Sci Bull. 2022-06-30.  
  9. crisp_bio 2022-10-09  [論説] コンピュテーションがCRISPR生物学の発見とCRISPRに基づく技術開発を駆動し駆動する
  10. "Structural insights into DNA cleavage activation of CRISPR-Cas9 system" Huai C, Li G [..] Lu D, Huang Q. Nat Commun. 2017-11-09. 
  11. "CRISPR-Cas9 conformational activation as elucidated from enhanced molecular simulations" Palermo G, Miao Y, Walker RC, Jinek M, McCammon JA. Proc. Natl Acad Sci USA 2017-06-26. 
  12. crisp_bio 2019-08-07 NMRとMDにより、Cas9がdsDNAを切断する機構の理解がまた一歩深まった
  13. CRISPR関連文献メモ_2016/09/16(7件)[第1項] Cas9のアポ構造からdsDNA切断に至るコンフォメーション変化を分子動力学シミュレーションで追跡
  14. crisp_bio 2017-06-15 SpCas9-HF (1-4):ゲノム編集の精度をさらに向上させるハイファイ(high-fidelity)CRISPR/Cas9.     
  15. CRISPR関連文献メモ_2015/12/02 [第1項] "eSpCas9": Cas9/sgRBA/標的DNA三者複合体の構造に基づいて、オフターゲット編集を検出限界以下まで抑制するCas9変異体を作出    
  16. CRISPRメモ_2020/02/28 [第1項] Cas9の変異がDNAとヌクレアーゼ・ドメインのコンフォメーションに及ぼす影響を古典的全原子分子動力学シミュレーションにより分析    
  17. crisp_bio 2020-08-20 gRNAとオフターゲットサイトに完全に相補的な短いRNAとを併用するとオフターゲット編集が抑制される  
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