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科学分野の比較的新しい論文と記事を記録しておくサイト: 主に、CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム編集, エピゲノム編集, 遺伝子治療, 分子診断/代謝工学, 合成生物学/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野) の観点から選択し、時折、タンパク質工学、情報資源・生物資源、新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症、機械学習・AIや研究公正からも選択

[出典] "CRISPR 2.0: a new wave of gene editors heads for clinical trials" Ledford H. Nature 2023-12-07. https://doi.org/10.1038/d41586-023-03797-7

  科学記者のHeidi Ledfordが、CRISPR療法としてCRISPR/Cas9をベースとする療法Casgevyが、英国ついで米国で相次いで、CRISPRシステムを利用した療法として初めて承認されたことをきっかけとして、より効率的でより正確なゲノムエディターをベースとする療法への道が一気に広がったとして、研究者のコメントも交えながら、BE (塩基エディター)、PE (プライムエディター)、およびエピゲノム・エディターの動向を紹介した。

記事冒頭で引用されている専門家のコメント
  • 米国Prime MedicineのCEO Keith Gottesdiener: CRISPR-Cas9による治療法は洗練してはいるが、CRISPR療法の始まりに過ぎず、ゲノム編集第1世代と呼びたい。目覚ましい成果を挙げたが、限界がある。CRISPR-Cas9は、修復よりも破壊に長けている
  • オランダのルーヴェン・カトリック大学呼吸器疾患・胸部外科の肺疾患専門医であるMarianne Carlon:古典的なCRISPR-Cas9療法が認可され、次世代のゲノム編集技術の舞台が整った (“sets the stage”)。
塩基編集 (Base editing: BE)

 Cas9ヌクレアーゼと異なりDNA二本鎖切断を介さずに塩基の編集を実現するBEが初めて報告されて以来7年の間、望ましく無いDNA改変を抑制し、送達が容易になるように因子のサイズを縮小する手法が開発され、高コレステロールや白血病の治療法を含む初期の臨床試験ですでに使用されている。この技術は一塩基分解能の驚くべき正確さを実現したが一方で柔軟性が乏しい。

プライム編集 (Prime editing: PE)

 Cas9ヌクレアーゼとBEの弱点に対処するツールとして、2019年にPEが発表された。PEは、BEよりも柔軟性があり、単一塩基を変換させるだけでなく、標的とする部位における短いDNAを挿入・削除も実現し、ゲノムのほぼすべての部位をターゲットにして修正することができる。PEは一方で、Cas9やBEよりも構成が複雑でもある。Carlonは「PEは汎用性は高いが、取り扱いが少し難しい」と言う。

 2019年以降、PEを構成する酵素を改良して、PEをより効率的にし、また、PEが細胞内在のDNA修復メカニズムから受ける摂動を回避する工夫が加えられたきた。Prime Medicineは2024年には、遺伝性免疫不全疾患である慢性肉芽腫性疾患に対するPE療法の臨床試験を開始する許可を米国食品医薬品局に求める予定である。

 一方、オリジナルおよび改良型PEの限界を超えようとする研究も進んでいる。ゲノムの標的部位により大きなDNA断片を挿入する手法である。MITのOmar Abudayyeh  [*]は、「この手法によって遺伝子全体を置き換える道が開ける。特定の遺伝子における多重な病原性変異を個々に修正する代わりに、そいした遺伝子を丸ごと正常な遺伝子に置き換えることがいつか可能になるかもしれない」「ひいては、個別化対応することなく、ある種の遺伝性疾患の患者すべてを共通に手法で治療することが可能になる」「誰もが、これを実現するために、それぞれ可能性があると思う様々な方法を研究している」と言う。例えば、嚢胞性線維症 (CF)は、CFTR  遺伝子の変異を原因とするが、これまでに報告された変異は1,900種類を超えている。

エピゲノム編集

 CRISPRシステムは、遺伝子の塩基配列そのもの編集に加えて、DNAの化学修飾を含むエピゲノムを編集して、遺伝子の発現プロファイルを改変することにも利用できる。しかし、エピゲノムをターゲットにした技術は、塩基編集ほど急速には進んでいない。米国Tune TherapeuticsのCSO (最高科学責任者)であるDerek Jantzは、「その理由のひとつは、エピゲノム編集は細胞裂の過程で消去されるという思い込みにある。エピジェネティクスは実は、長期間維持されるものなのだ」と言う。
 
 Tune Therapeuticsの研究チームは2023年5月に、非ヒト霊長類において、コレステロールを制御する遺伝子PCSK9の配列そのものを変化させることなく停止させることができるというデータを発表した [crisp_bio 2023-05-24]。Jantzは、「DNAをメチル基で修飾することでし遺伝子の活性を制御したが、その効果は少なくとも11ヶ月は持続している」と言う。

 Jantzは、「エピゲノム編集の効果が長く続くのであれば、エピゲノム編集は、数週間あるいは数ヵ月ごとに再投与しなければならないRNAベースの医薬品よりも有利になる可能性がある。また、この治療法は遺伝子の配列自体は改変しないことから、規制当局がCRISPR-Cas9治療法に対して抱いている安全性への懸念が解消される」と、ジャンツは言う。

 米国スタンフォード大学の合成生物学者であるLei Stanley Qi [*2]は、「エピゲノムに対する理解が深まることで、他のCRISPR編集では不可能な疾患への取り組みが可能になる」と言う。例えば、Tune Therapeuticsはエピゲノム編集をB型肝炎ウイルス感染の治療に利用しようと考えている。抗ウイルス治療後も細胞内に潜むウイルスDNAをサイレンシングする手法である。
[*2] crisp_bio 2023-02-11 [レビュー] セントラルドグマを覆す:エピゲノムとゲノムの編集におけるRNAによるDNAの制御

 Qiは、「このような応用は、最初に承認されたCRISPR医薬品に使用されたCRISPR-Cas9編集とはかけ離れているが、この承認によって、CRISPRベースの編集が臨床応用可能な技術として確立していく道が開け、エピゲノム編集への関心も高まることを期待できる。この承認は大きな意味を持つ」と言う。
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