[注]  GDF15 (Growth Differentiation Factor 15 / 成長分化因子15) はストレス応答性サイトカインの一種であり、ミトコンドリアの機能を反映し、癌、死亡リスク、認知症リスクと関連する。 
[出典] News "Extreme morning sickness? Scientists finally pinpoint a possible cause" Wong C. (Reporter) Nature 2023-12-13. https://doi.org/10.1038/d41586-023-03982-8

 英・米・スリランカ・クロアチアの国際共同研究チームが、成長期の胎児から分泌されるホルモンGDF15が、母体を衰弱させるつわり (妊娠悪阻;Hyperemesis Gravidarum (HG)) を引き起こす可能性があることを突き止めた。妊娠初期に増加するこのホルモンに敏感な女性は、妊娠悪阻と呼ばれるひどい吐き気と嘔吐を経験するリスクが高くなる可能性があるとした。

 研究チームは、妊娠前にGDF15の濃度が高かった女性は、妊娠中、GDF15に対する反応が少なかった (GDF15に対する感受性低い) ことを発見した。この研究結果は、妊娠前にGDF15を投与することで、妊娠悪阻のリスクが高い女性を妊娠悪阻から守れる可能性を示唆している。論文の責任著者であるWellcome-MRC Institute of Metabolic ScienceのProfessor Sir Stephen O'Rahilly は、「この研究はGDF15が妊娠悪阻のリスクに影響することを示唆しているが、他の要因も関係している可能性がある」としている。

 およそ70%の女性が妊娠中に吐き気や嘔吐を経験する。俗につわりと呼ばれるが、つわりは一日のどの時間帯にも起こりうる。その中で、約0.3~2%が妊娠悪阻を経験する。これは、飲食や日常生活に支障をきたすほどひどい症状であり、最悪の場合、脱水症状で死に至ることもある。O'Rahillyは「極めて危険だ」と言う。

GDF15の母体保護機構

 これまでに、前立腺、膀胱、腎臓などの臓器で低レベルに産生されるGDF15は、脳幹の特殊な受容体に結合することで 吐き気を誘発することが、明らかにされている [Front Immnul, 2020]。有害物質を摂取した後や妊娠初期には、GDF15のレベルが上昇し、気分が悪くなる。「通常、妊娠初期が一番ひどく、その後徐々に弱まる」とO'Rahillyは言う。

 先行研究に基づいて、O'Rahillyは、GDF15は人を中毒から守り、発育中の胎児を有毒物質から守るために進化したのではないかと提唱していた [Cell Metab, 2017]。「妊娠初期にたくさん食べて体重を増やす必要はない」「毒素から子孫を守るためには、食べるものに注意深くなることの方が重要だ」、とO'Rahillyは言う。

 2018年、UCLAや23andMe Research Teamなどの研究グループが、GDF15をコードするGDF15 遺伝子のいくつかの変異を、妊娠悪阻の発症リスクの増加と関連づけた [Nature Commun, 2018]。

 O'Rahillyらは今回、吐き気や嘔吐を経験した60人近い妊婦の血中GDF15濃度が、つわりがほとんどなかった60人前後よりも大幅に高いことを発見した。また、母親と胎児から採取した胎盤細胞によって産生されるGDF15の異なる変異体のレベルを比較し、胎児の細胞がホルモンのほとんどを産生していることを発見した。

遺伝的リスク

 研究チームは、以前から妊娠悪阻の発症リスクの高さに関連しているGDF15 の特定の遺伝子変異を持つ人は、体内のGDF15レベルが低いことに気付いていた。18,000人以上の遺伝子データを分析した結果、妊娠していない人のGDF15濃度が高いほど、妊娠した場合に妊娠悪阻を発症するリスクが低いことがわかった。「このことは、あらかじめGDF15濃度が高ければ、妊娠中のホルモンに対する反応が少ないことを示唆する」と、O'Rahillyは言う。

 この考えを検証するため、研究チームは妊娠していないマウスにGDF15の長期持続型かプラセボを注射する実験を行った。注射から3日後、研究チームはすべてのマウスにGDF15を投与したところ、プラセボを投与されたマウスは食べる量が減り、体重が減少したが、GDF15を投与されたマウスは普通に食べ、体重の減少も少なかった

 研究チームはまた、β-サラセミアGDF15の濃度が生涯上昇し続ける)の母親に、妊娠中につわりを経験したかどうかを尋ねた。その結果、つわり経験者はわずか5%であったが、民族と年齢を一致させたβ-サラセミア患者ではない一般集団では、60%以上がつわりを経験していた。

妊娠悪阻を止める

 「ヒトの臨床データとマウス実験のデータから、一般的にGDF15の濃度が低い人は、妊娠を希望している間、GDF15を徐々に大量に投与することで、GDF15に対する感受性を下げ、妊娠中に妊娠悪阻を経験する可能性を減らすことができる」と、O'Rahillyは言う。

 GDF15あるいはGDF15レセプターをブロックする抗体を投与して、吐き気や嘔吐を減らすこともできる。GDF15に対する少なくとも2つの抗体の臨床試験が進行中である。

 これらの可能性を広げていくには、さらなる研究が必要であるという指摘もある。「正常な妊娠におけるGDF15の役割については何もわかっていない」「ホルモンの活性を変えることが有害な副作用をもたらすかどうかは、研究によって明らかにされるべきだ」とImperial College Londonの産科医で研究者の Catherine Williamsonは言う。University of Pennsyslvania (UPenn)の生理学者Tito Bornerも同意見である。1950年代から1960年代にかけて、妊娠悪阻の治療にホルモンの一種であるサリドマイドが使われたが、赤ちゃんの手足の発育に影響を与えることが判明した。

 UPennの栄養学者Bart De Jongheは「胎児由来のGDF15が妊娠中の吐き気や嘔吐の主な原因とは、一大事である」「胎児環境は、たった一つの化学シグナルを利用して、母体に劇的な影響を与える」と言う。

[原著論文とNEWS AND VIEWS記事]
  • 論文 "GDF15 linked to maternal risk of nausea and vomiting during pregnancy" Fejzo M, Rocha N, Cimino I, Lockhart SM, Petry CJ [..] Smith GCS, Charnock-Jones DS, Coll AO, Meek CL, Mettananda S, Hayward C, Mancuso N, O’Rahilly S. Nature 2023-12-13. https://doi.org/10.1038/s41586-023-06921-9 [著者所属] Wellcome-MRC Institute of Metabolic Scienceをはじめとする英, 米 スリランカ, およびクロアチアからの研究グループ
  • NEWS AND VIEWS "Nausea and vomiting in pregnancy linked to hormone from fetus" Hughes AE, Freathy RM, Nature 2023-12-13. https://doi.org/10.1038/d41586-023-03940-4 [著者所属] U Exeter