[出典]
- NEWS "How CRISPR gene editing could help treat Alzheimer’s" Thompson T. Nature 2023-12-11/2024-01-04. https://doi.org/10.1038/d41586-023-03931-5
- 論文 "The APOE-R136S mutation protects against APOE4-driven Tau pathology, neurodegeneration and neuroinflammation" Nelson MR [..] Huang Y. Nat Neurosci 2023-11-13/December. https://doi.org/10.1038/s41593-023-01480-8 [著者所属] Gladstone Institutes, UCSF, Massachusetts General Hospital and Harvard Medical School, Harvard Medical School, Banner Alzheimer’s Institute, U Arizona, Grupo de Neurociencias de Antioquia de la Universidad de Antioquia (Colombia).
1. [NEWS] ADのCRISPR遺伝子編集療法が実現する日は来るのか?
2023年はCRISPR-Cas9を使用した遺伝子治療が世界で初めて承認された年になった。血液疾患である鎌状赤血球症とβサラセミアに対して、ヒト幹細胞内の欠陥遺伝子を正確に除去するCasgevyが英国と米国で相次いで承認されたのである (米国は当面鎌状赤血球症限定) [crisp_bio記事参照]。その中で、CRISPR遺伝子編集による治療法を、遺伝子変異が原因で発症するADに対して展開しようとする動きが出てきている。
現在、アルツハイマー病の進行を遅らせる治療法はいくつかあるが、中期から後期段階にある人や、重度な変異を持つ人には効果がないことが多い。カリフォルニア大学サンディエゴ校の神経科学者Subhojit Royは「CRISPR療法は、他の療法では実現されていない単回療法になる可能性がある」「しかし、脳内で遺伝子をカットアンドペーストすることは、現在の技術では難しい」と言う。
有望なツール
アルツハイマー型認知症は、現時点で世界中で5,500万人以上が罹患し、2050年までにほぼ3倍になると予測されている最も一般的な認知症である。英国エジンバラ大学で神経変性を研究するTara Spires-Jonesは、「脳の働きを完全に理解していない状況で、ADのような脳の病気を理解し、治療することは非常に困難だ」と言う。
これまでのADの研究の多くは、アミロイド仮説、つまり脳内にアミロイドβタンパク質が蓄積すると、最終的にプラークと呼ばれる塊を形成し、それがAD発症の原因となるという考え方、によって進められている。アミロイドβプラークが引き金となって、タウと呼ばれる別の脳内タンパク質が塊となり、神経細胞内に広がっていく。記憶障害などの症状が現れ始めるのは、通常この過程のかなり後である。通常、タウの量が多いほど症状は重くなる。
抗体医薬であるアデュカヌマブとレカネマブはアミロイドβを標的とし、臨床試験では一部の人の認知機能低下を遅らせることが示されている。両薬剤とも米国食品医薬品局(FDA)の承認を得ているが、その安全性と有効性には懸念が残る。
CRISPR遺伝子編集は、特定の遺伝子変異と関連しているADの場合に、新たな治療への扉を開く可能性がある。遅発性AD (Late-onset Alzheimer's disease: LOAD) に関連する遺伝子のひとつに、アポリポ蛋白質E (APOE ) 遺伝子がある。この遺伝子は脳内の脂質輸送タンパク質をコードしており、神経細胞によるタウ蛋白質の取り込みに影響を与えるようである。APOE 遺伝子ファミリーの中でAPOE4 遺伝子の変異体を帯びている人はADの発症リスクが最も高く、APOE3 とAPOE2 の変異体を持っている人はそれぞれ中リスクと低リスクである。また、APOE4 が1コピーあるとAD発症リスクは3倍になり、APOE4 が2コピーあると、AD発症リスクは12倍になる。
2019年に発表されたNature Medicine 誌の論文 [Arboleda-Velasquez JF et al. ] にて、ADに関連するプレセニリン1 (PSEN1 ) 遺伝子変異のキャリアであり、脳アミロイド濃度が異常に高いが、タウと神経変性は限定的であり、予想される臨床的発症年齢の30年後である70歳代まで軽度認知障害を発症しなかった70代の女性が稀なAPOE3 クライストチャーチ(R136S)変異を2コピー持っていたことが、報告された。
グラッドストーン研究所の神経病理学者Yadong Huangらは、このクライストチャーチ変異をCRISPR/Cas9を利用して、ヒトAPOE4 を帯びたマウスに組み込んだ上で、これらのマウスを交配し、遺伝子操作された変異体を1コピーまたは2コピー持つ子孫を作出した。2023年11月13日付のNature Nuroscience 誌に発表された研究報告 [Nelson MR et al.]で、研究チームは、APOE4 のクライストチャーチ変異体を1コピー持つマウスが、ADから部分的に保護され、2コピー帯びたマウスには、ADに予期される徴候は全く見られないことを報告した。Huangは、「クライストチャーチ変異を利用して、APOE4 に関連したADに対する治療法を実現する可能性が見える」と言う [本crisp_bio記事第2項参照]。
遺伝子編集によるAD治療のもう一つの標的候補は、前述のPS1タンパク質である。このタンパク質は、γセクレターゼと呼ばれるアミロイドβ生成に関与する酵素を作るのに重要である。PS1をコードする遺伝子であるPSEN1 に変異があると、脳内で生成されるアミロイドβ42と呼ばれる有毒なタイプのアミロイドβの量が増加し、早発性ADとの関連が指摘されている。
2022年にMolecular Therapy Nucleic Acids 誌に発表された概念実証研究 [Konstantinidis E et al.] では、CRISPR-Cas9によるヒト細胞内のPSEN1 遺伝子変異体のノックアウトが試みられた。研究チームは、培養細胞中の変異型PSEN1 遺伝子の半分のノックアウトに成功し、その結果、PS1とアミロイドβ42のいずれもが減少した。研究チームはその後、プライム編集 (PE) による遺伝子編集を試みている。「いつの日か、病気の原因となる遺伝子を極めて高い精度で改変できるようになると確信している」とで神経毒性メカニズムを研究している共著者のMartin は言う。
臨床への長い道のり
新しい治療法に常に言えることだが、安全性への懸念に対処しなければならない。Spires-Jonesは「ここまで紹介した戦略は初期の研究で有望視されているが、臨床への展開までにはまだ長い道のりがある」「遺伝子編集は必ずしも完璧ではない。健康な遺伝子への突然変異誘導や染色体全体の損傷など、オフターゲット編集のリスクがある」と言う。
Royもこれに同意して「細胞や動物モデルを使ってCRISPRシステムを実験することと、ADの遺伝子編集戦略を臨床に持ち込むことは、全く別物である」「脳内でのCRISPR遺伝子編集を利用したアプローチの臨床試験は未だ行われていない。まず、基盤を確立することが必要だ」と言う。Royらは、CRISPRシステムを使ってAPPと呼ばれるAD関連遺伝子を編集する動物実験に成功した後 [Nature Communication, 2019]、米国NIHから資金を得て、研究を前臨床段階に移行させた。これには、どの遺伝子編集システムがヒト脳内遺伝子編集に最適かを解明することも含まれる。Royは、「AD患者を診る神経科医が、おそらく他の抗体ベースの治療法と組み合わせて、CRISPR療法を1回だけ処方する日が来るだろう」と期待している。
トロント大学でアルツハイマー病のタンパク質機能を研究しているGerold Schmitt-Ulmsは「この分野における現在の技術革新のスピードから見ると、数年先には、画期的な治療が実現するだろう」「その時の最大の課題は、極めて高価な個別化治療法を広く一般に利用できるようにすることだ」と言う。
2. [論文] クライストチャーチ (R136S>) 変異は、APOE4 によるタウ病態、神経変性、神経炎症を予防する
APOE4 は、遅発性アルツハイマー病 (LOAD) の最も強い遺伝的リスク因子であり、臨床的発症年齢を早め、病態を悪化させる。最近、PSEN1<E280A> のキャリアでありながら早期発症ADが発症していない女性から稀なAPOE 変異体であるクライストチャーチ (APOE3<R136S>) が発見された。グラッドストーン研究所を主とする研究チームは、先行研究で樹立していたヒト化E4-KIマウスのAPOE4 遺伝子座にCRISPR-Cas9遺伝子編集技術により、クライストチャーチ変異を導入した。
- ホモ接合体またはヘテロ接合体のR136S変異を持つヒトAPOE4 を持つタウオパチーマウスとヒトiPSC由来のニューロンモデルを作製した。
- ホモ接合体R136S変異は、APOE4 によるタウ病態、神経変性、神経炎症を抑制することが明らかになった。
- ヘテロ接合体のR136S変異は、APOE4 駆動性の神経変性と神経炎症を部分的に防御したが、タウ病態は防御しなかった。
- 単核RNAシーケンシング (snRNA-seq) により、APOE4<R136S> 変異は、遺伝子用量依存的にADから保護される細胞集団を増加させ、疾患関連細胞集団を減少させることが明らかになった。
[参考]
crisp_bio 2024-01-03 CRISPR-Cas12aアプタセンサーによるアルツハイマー病 (AD) 診断
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