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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

2024-02-15 中国政府が各大学に撤回論文全ての報告を求めた
[出典] NEWS 
"China conducts first nationwide review of retractions and research misconduct" Mallapaty S. Nature 2014-02-12.
https://doi.org/10.1038/d41586-024-00397-x

 中国の大学が、過去3年間に英文誌および中文誌から撤回された学術論文の包括的なリストを政府に提出する期限が来た。2023年11月20日付の教育省科学技術情報化局 (Ministry of Education’s Department of Science, Technology and Informatization)の通達によれば、各大学は論文が撤回された理由を明らかにし、不正行為に関わるケースを調査すべし、とされていた。

 中国政府は、出版社Wileyのロンドン子会社であるHindawiが中国人著者の論文を
大量に撤回したことを受けて、全国的な自己査読を開始した。これらの撤回と他の出版社からの撤回は、「わが国の学術的評価と学術環境に悪影響を及ぼしている」と通達は述べている。

 Nature 誌の分析によると、昨年Hindawiは9,600件以上の撤回を通達したが、その大部分 (約8,200件) の共著者が中国在住であった。2023年には、全出版社から14,000件近い撤回通知が出され、そのうち約4分の3が中国人の共著であった。また、これもNature 誌の分析によるが、中国人の共著者が発表した論文の撤回通告は、通告に明記された審査期間の開始日である2021年1月1日以降、1万7000件を超えている。

 政府が撤回報告書をどう扱うかは明らかにされていないが、
2021年、中国の国家衛生委員会 (National Health Commission)は、撤回論文の調査結果を発表し、処分の内容は、減給、賞与の取り消し、降格、研究助成金や報奨金の時限的な申請停止などであった。

 なお、この通達では、論文の筆頭著者が回答書を提出する責任があると明記されている。また、不正行為を行ったとされる研究者には、調査中に不服を申し立てる権利があるとされている。

2024-02-05 ガーディアン・メディア・グループのオブザーバー紙が、フェイク論文の問題を取り上げた: "The situation has become appalling’: fake scientific papers push research credibility to crisis point" Robin McKie. The Observer. 2024-02-03 16:00 GMT. https://www.theguardian.com/science/2024/feb/03/the-situation-has-become-appalling-fake-scientific-papers-push-research-credibility-to-crisis-point
[注] オブザーバー紙の記事は、Nature 誌の2023年12月12日付のニュース記事をきっかけとして、専門家とのインタビューをまとめたようだ:"More than 10,000 research papers were retracted in 2023 — a new record" Richard Van Noorden. Nature 2023-12-12.  https://doi.org/10.1038/d41586-023-03974-8;論文撤回件数が、2013年の1,000件強から、2022年に4,000件を超え、2023年に10,000件以上に急増した。

 オックスフォード大学のDorothy Bishop教授は「不正論文の出版は、科学に深刻な問題を引き起こしている。多くの分野で、信頼に足る確固たる基盤が崩れ、成果を積み上げていくことが難しくなり、その状況はますます悪化している」と言う。

 近年のフェイク論文の急増は、昇進を目指す若い医師や科学者が論文を発表することを義務付けられていた中国にルーツがある。ペーパーミル [本ブログ記事2024-01-25の項参照] と呼ばれる影の組織が、中国の学術誌に掲載するために捏造された論文を提供し始めたのである。このやり口は、インド、イラン、ロシア、旧ソビエト連邦諸国、東ヨーロッパに広がり、ペーパーミルが捏造した研究をより多くのジャーナルに提供するようになった。ジャーナル編集者が賄賂を受け取って論文を受理するケースもあれば、ペーパーミルが自分たちの代理人をゲスト編集者に仕立て上げ、捏造された論文を大量に掲載させるケースもある。

 アバディーン大学のAlison Avenell教授は「編集者はその役割をきちんと果たしておらず、査読者は仕事をしていない。深く憂慮すべきことです」と言う。

 ペーパーミルの"製品"は、一見普通の論文のように見えるが、架空の表や図の中に遺伝子名や病名が無造作に入れられたテンプレートに基づいていることが多い。憂えるべきは、これらの論文が創薬分野で利用される大規模データベース [*]に組み込まれる可能性があることである。[*] ひいては、生成AIに組み込まれてしまうリスクもある。 

 もっと奇怪なことも起きている。ジャーナルが標榜している専門分野とは無関係の研究が含まれ、査読が行われていないことが明白な論文もあるのだ。例えば、『Computational and Mathematical Methods in Medicine』誌に掲載されたマルクス主義イデオロギーに関する論文である。また、乳癌ではなく「bosum peril (胸の危難)」、パーキンソン病 (Parkinson’s disease)ではなく「Parkinson’s ailmentパーキンソンの病気」など、奇怪な言葉が使われていることも特徴的だ。

 フェイク論文に対しては、Retraction Watch などの監視団体が、捏造が発覚し対応を迫られたジャーナルによる撤回を追跡調査・報告している。本ブログ記事冒頭に引用したNature のNews記事によると2023年には論文撤回例が10,000件を超えたが、その8,000以上が、出版社Wileyの子会社であるHindawiが所有するジャーナルで発表されていた。Wiley社の広報担当者はオブザーバー紙に「Hindawiブランドを廃止し、200誌以上のジャーナルをWiley社のポートフォリオに完全に統合する予定です」と述べた。広報担当者はまた、「Wiley社は現在、自社の学術誌ポートフォリオに存在する数百の不正行為者、およびゲスト編集者の役割を担っていた不正行為者を特定した」「私たちは彼らをシステムから排除し、学術記録を一掃し、整合性プロセスを強化し、業界横断的な解決策に貢献するために、積極的なアプローチを取り続けるつもりです」と、付け加えた。

 しかし、
Wiley社は、自社だけではこの危機に対処できないと主張し、このメッセージは、ペーパーミルに包囲されている他の出版社も共有している。しかし、研究者たちは依然として慎重である。問題は、多くの国で、研究者は発表した論文の数によって評価されているところにある。ブリストル大学のMarcus Munafo教授は、「出版するためだけに出版するよう迫られ煽られる研究者が増えていることで、論文出版で"金儲けする"ジャーナルが増えているとしたら、恐ろしいことだ (you have a perfect storm)」と言う。

 稚拙な、あるいは捏造された研究発表の弊害は、COVID-19パンデミックの間における抗寄生虫薬イベルメクチンによって実証されている。初期の実験室研究では、イベルメクチンはCOVID-19の治療に使えるとされ、奇跡の薬としてもてはやされた。しかし、これらの研究は明らかに不正であることが後に判明し、医療規制当局はイベルメクチンがCOVID-19治療薬とすることを拒否した。

「問題だったのは、イベルメクチンが『この秘薬 (wonder drug)があるからワクチン接種は必要ない』と反ワクチン派に利用されたことです」とマンチェスター大学のJack Wilkinson主任講師は言う。Wilkinsonは「パンデミックの間、いくつかの偉大な研究成果が発表された一方で、大量のゴミのような研究もありました。私たちには、粗悪なデータを特定する方法が必要なのです」とし、研究に信頼性を明示するプロトコールの開発に取り組んでいる。

 エジンバラ大学のMalcolm MacLeod教授も、ペーパーミルや不正研究論文の蔓延がもたらす危険性を強調した。「癌や脳卒中を対象とした特定の薬物に関する論文をすべてチェックしようと思った場合、捏造されたものを避けるのが非常に難しくなってきた。科学的知識はでっち上げによって汚染されており、私たちは危機に直面している」。

 この指摘はBishop教授も支持している:「フェイク論文の詐欺行為の大波を背景にキャリアを築きつつある人々は、いずれ科学研究機関を経営することになり、最終的には主流ジャーナルの査読者や編集者として利用されることになるかもしれない。腐敗がシステムに忍び込んでいるのだ」。

2024-01-25 Nature 誌のNews記事に準拠した初稿
[出典] NEWS "Science’s fake-paper problem: high-profile effort will tackle paper mills - EXCLUSIVE: Poor-quality studies are polluting the literature — a group will study the businesses that produce them to stem the flow of bogus research" Sanderson K (Reporter). Nature 2024-01-19. https://doi.org/10.1038/d41586-024-00159-9

  フェイク論文や劣悪な論文を生産し、著者の権利を販売する「工場」"paper mills (ペーパーミル) "は、科学的公正性 (scientific integrity) に対する最も厄介な存在である。2024年1月19日に、名の通った資金提供者、学術出版社、研究機関のグループUnited2Actが、これに対する共同声明を発表した。

 推定では、何十万ものペーパーミルによる出版物が科学文献を汚染している。ペーパーミルはしばしば、経歴を水増ししようとする研究者に偽論文の著者を売りつける。ある分析によれば、2022年に出版された科学論文の約2%がペーパーミルの作品に似ているという。このような論文を発見するのは難しく、技術的な努力も増えているが、それを製造する工場を閉鎖するのはさらに難しい。研究者たちはまた、生成的人工知能(AI)ツールの台頭が、現在の検出方法をかわすことができる偽の論文を素早く生成する方法を提供することで、問題を悪化させることも懸念している。必ずしもその全てがペーパーミル由来ではないが、2023年に撤回された研究論文は10,000本を超え、新記録となった。

 United2Actの声明は、英国の非営利団体、出版倫理委員会 (Committee on Publication Ethics: COPE) と英国に本部を置く国際科学技術医学出版協会 (International Association of Scientific, Technical and Medical Publishers: STM) が昨年5月に開催したサミットの成果である。研究者、研究公正性のアナリスト、larivate、Elsevier、Wiley、Springer Natureなどの出版社、欧州研究評議会などの資金提供者が会議に参加し、行動することが必要な5つの分野を設定し、それぞれを実行する作業部会も設定した:
  1. ペーパーミル問題に対する教育と認識の向上 (education and awareness)
  2. ペーパーミルに由来する出版の迅速な発見・修正 (improve post-publication corrections)
  3. ペーパーミルに関する詳細な調査の実施 (research paper mills)
  4. 著者/編集者/査読者の身元を確認するツールの開発を支援 (enable the development of trust markers)
  5. 論文出版の組織的操作に関わる関係者間の対話を継続する (continue to facilitate dialogue between stakeholders about the systematic manipulation of the publication process)
 COPEの評議員に選出されUnited2Actの運営部会 (steering group)の共同議長であるDeborah Kahn「United2Actの声明は、私たちが次に何をすべきかの基礎に過ぎません」「作業部会と運営部会によって、ペーパーミルに対抗する行動が続くことを期待しています」と言う。パーパーミルは、中国、ロシア、イランだけでなく、南アジア諸国でも操業していることが知られている。Kahnは6月には、ギリシャのアテネで開催される「研究の公正性に関する世界会議 / World Conference on Research Integrity」の出席者に、各作業部会からの進捗状況をとりまとめて、報告することになっている。

 データサイエンティストのAdam Dayがロンドンで設立したClear Skiesは、ペーパーミルの所在地とその指導者を特定しているが、その情報を配布するのは難しいことから、United2Actの行動に注目している。他にもペーパーミル問題に取り組んでいるところがあるが、サミットに参加したベルリン自由大学のAnna Abalkinaは「United2Actグループはそれらの取り組みと重複したり、複製したりしたくない」とは言う。これには、AIが生成した論文 [*]を発見する技術開発に取り組んでいるSTM Integrity Hubが含まれ、AIはUnited2Actの作業部会はAI関連技術を避けることとされている。

 ペーパーミル問題に一石を投じるには、多面的取り組みが必要だと研究者は言う、「ペーパーミルは変幻する妖怪である。ペーパーミルは、ペーパーミルに対抗する行動を予測し、自らの行動を変えるでしょう」「 (しかし、これまでの空虚な嘆きに変えて) 行動を開始したことに意義がある」。

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