- Cell 誌を含むCell Press出版ジャーナルにおける構造生物学特集号の解説
[出典] EDITORIAL "Moving structural biology forward together" The Cell Editorial Team. Cell 2024-02-01. https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.01.006

 構造生物学の分野は過去数十年の間に革命を遂げた。技術の進歩は可能性の限界を押し広げた。それに伴い、今日の構造生物学者は、過去に不可能であった生理学的関連構造を、より高分解能で解き明かすことができるようになった。このような分子や高分子複合体の構造から、重要な機構的、機能的、生物学的な洞察が生まれる基礎的な知識が得られてきた。

 Cell  誌創刊50周年記念の一環として、本号では構造生物学にスポットを当て、過去の進歩や飛躍的進歩を称え、今後の研究の方向性を総説、解説、展望、そして科学者たちの一人称の視点で紹介する。

 Cell が発売された当時は、X線結晶構造解析が分子の構造を解明するために使われる主要な技術であった。技術が発展するにつれ、科学者たちは大きな複合体を含むより多くの構造を、より高い解像度で解明できるようになった。10年前、クライオ電顕単粒子解析法 (クライオ電顕 / cryo-EM) の進歩が、この分野に革命をもたらした。結晶化を必要とせず、原子レベルに近い分解能で構造を決定できるようになったのである。クライオ電顕の進歩は、かつては核磁気共鳴分光法 (NMR) の独壇場であったタンパク質の動態の解析にも貢献している。さらに最近では、クライオ電子トモグラフィ (cryo-electron tomography: cryo-ET)、深層学習をベースとする構造予測プログラム AlphaFold、そして新たな統合的アプローチによって、分子をその本来の環境においてサブナノメートルの分解能で研究し、細胞や組織全体におけるオルガネラの3次元構造を可視化し、タンパク質の構造を予測することが可能となっている。本号の総説で、Benjamin Engelらは、時空を超えた生物学研究を促進する最近の技術開発の概要を述べている。課題は残るものの、個々の技術を活用し、あるいは複合的に利用することで、重要な生物学的問題に取り組むことができる可能性は非常に大きいと思われる。

 構造は、生物学を理解するための特別な方法を提供する。構造を可視化することで、他の方法では得られない分子的・機能的な洞察を得ることができる。1975年にCell 誌に発表されたDNAを組織化するヌクレオソームを示す最初の構造論文から、T細胞レセプターの構造とその機能、そしてCRISPR-Casシステムの構造に至るまで、構造生物学は、生物学における分子とその機能の理解を形作る基礎知識を提供している。さらに、新たな統合的技術を活用することで、これまでのドグマに挑戦したり、科学的概念を大きく転換させるようなレベルの洞察を得ることができる。リボソームの研究を例にとろう。リボソームサブユニットのX線結晶構造とその他のデータは、リボソームが典型的なタンパク質触媒ではなく、むしろRNA触媒であるという考えを支持する証拠を提供した。さらに最近では、in situ 構造解析によって、細胞内のリボソームの伸長状態の分布が、in vitro 解析から得られたモデルに基づいて予測されたものとは異なることが明らかになり、タンパク質合成の新たな次元が明らかになった。

 これからの10年を展望すると、構造解析は個々の分子を分子レベルで詳細に説明するだけでなく、機能的なモジュールをその場で明らかにし、最終的には細胞がどのように機能するかを理解するのに役立つものと期待される。本号では、Martin Beckらが構造生物学の今後の方向性について展望を語り、さらにデジタル・ツインの概念を追究している。デジタル・ツインとは一般に「現実の世界から収集した、さまざまなデータを、まるで双子であるかのように、コンピュータ上で再現する技術」を意味する [ITトレンド用語 (NTTコミュニケーション) ]。構造生物学におけるデジタル・ツインは、バーチャル・リアリティを使って細胞を4次元的に可視化することで、空間的情報と時間的情報を融合させ、時間を超えて細胞を理解するというものである。Cell 誌今号では、Mark MurckoとJames Fraserが、解説記事の中で、構造生物学は強力であるがゆえに、見過ごすことのできない限界もあること思い起こさせ、 "ground truth / リアルまたは正しいことが知られている情報"を定義する際の基本的な課題を強調し、構造生物学の新たなベンチマークを提案している。

 構造情報は、基礎研究を推進するだけでなく、医薬品、抗体、ワクチンの開発や新規タンパク質設計にも利用されている。ヒト免疫不全ウイルス (HIV) やサーズウイルス2などのウイルスのライフサイクルや宿主感染に関する構造的洞察は、治療法の開発を促進し、薬剤耐性に関する理解を進めてきた。本号では、Edward Blake Millerらが、予測された構造の精度を定量化することで、予測された構造をどのように薬剤設計の課題に自信を持って適用できるかについてコメントしている。さらに、Tanja Kortemmeは、分子や細胞の機能を理解し、新しい機能を持つタンパク質を再設計し、産業や医療における実用化を促進するためのタンパク質のデノボ設計におけるAlphaFoldとその派生型システム、および、より一般的なモデリングをレビューしている。私たちは、タンパク質設計と医薬品開発が人工知能ベースの手法とモデルによって変革されつつあるという興奮を共有しています。

 あらゆる科学的発見の背景には、科学者とその物語がある。Cell 誌の編集チームは、Molecular CellStructureTrends in Biochemical SciencesといったCell Pressの同僚たちと、この機会を利用して、そのような人々にスポットを当てている。現在発売中の2月1日号では、Molecular Cell 誌が、生物学研究におけるAlphaFoldの使用方法について、この分野の専門家による見解を、Structure 誌が、インドにおけるクライオ電顕研究の現状について、インドのグループリーダーによる見解を、そしてTrends in Biochemical Sciences 誌が、構造生物学全般における結果の定義と共有方法についての研究者へのインタビューを掲載している。Trends in Biochemical Sciences 誌は1998年に、Jia-Huai Wangが、「オックスフォードのDorothy Hodgkinのグループと北京のインスリングループによるインスリンの構造決定と、Hodgkinが中国の構造生物学者にどのような影響を与えたか」を語ったreflection記事を刊行した。Cell 誌の最新号では、Mingjie Zhang、Beili Wu、およびZihe Raoの対談にて、中国における構造生物学研究の隆盛と、歴史的な国際的コミュニケーションとコラボレーションのスピリットがそれをもたらした物語を知ることができる。時代が変わっても変わらないのは、科学研究の進歩と成功に不可欠な、世界中の科学者グループ間の協力関係の継続に対する評価と支持である。Cell誌編集チームは、こうしたパーソナルな挿話が読者の心と共鳴し、読者がそれぞれが物語を語り意見を共有するきっかけとなることを願っている。

 構造生物学は、細胞生物学、ウイルス学、神経科学、免疫学など、生物学や生物医学の多くの分野に貢献する分野であると同時に、化学、物理学、コンピュータサイエンスなど、複数の学問分野によって推進されている。世界的な研究コミュニティは、共同研究、技術や学問分野の統合、革新的進歩において実り多い成果を上げてきた。Cell 誌は、この分野の進化を目の当たりにし、その過程を通してサポートできたことを幸運に思っている。Cell 誌は、協働と協力によって構造生物学の進歩が、分子、細胞小器官、細胞、組織について思いもよらない新鮮な見解を照らし出していることに興奮している。この機会に、これまで共に研究してきた科学者たちに感謝の意を表し、さらに多くの方々と出会い、協力して、この分野を共に前進させていきたいと願っている。