2024-02-27 2023年の報道 [*1]によると、新型コロナウイルス感染対策として、日本などと異なり、経済の落ち込みを回避することもあり厳しい規制を施さずに集団免疫の獲得を目指して、産業界など一部では賞賛されていたスエーデンでは、パンデミック後に脳霧を経験したのは14%、中でも、18歳から24歳の若年層の32%が脳霧を経験し、健康的な生活習慣や社会的活動を維持するのに困難を感じていた。この調査は、2023年1月12日から17日までSyno International社のWebで行われ、18~80歳の1006人が参加した。なお、2020年の時点で、GDPの落ち込みは米国並みで、死亡率は、北欧四カ国で突出する結果に終わった [*2]。
[*1] "Många unga lider av hjärndimma efter pandemin" VIA TT. 2023-02-15.  [本ブログ記事は、Chromeブラウザー上のオンライン翻訳に準拠] 
[*2] 集団免疫めざしたはずが命の選別に - 死亡率突出のスエーデン. 東京新聞 TOKYO Web. 2020-06-21. 

2024-02-25 Nature Neuroscience 誌刊行論文とResearch Briefingに準拠した初稿
[出典] 
  • 論文 "Blood–brain barrier disruption and sustained systemic inflammation in individuals with long COVID-associated cognitive impairment" Greene C [..] Doherty CP, Campbell M. Nat Neurosci. 2024-02-22. https://doi.org/10.1038/s41593-024-01576-9 [所属] Trinity College Dublin, St James’s Hospital, St James’s U Hospital, FutureNeuro (U Medicine and Health Sciences)
  • Research Briefing "Leaky blood–brain barrier in long-COVID-associated brain fog" Nat Neurosci. 2024-02-22. https://doi.org/10.1038/s41593-024-01577-8
問題設定

 COVID-19のパンデミックが世界を席巻した2020年、COVID-19の非入院患者には、高率の無嗅覚(嗅覚の一部または全部の喪失)を除けば、神経学的徴候はほとんど見られなかった。アイルランドの研究チームは、これはSARS-CoV-2が嗅球周辺のより初歩的な血管系に侵入した結果ではないかと考えた。しかし、このことを臨床的に調査したところ、急性COVIDから回復しない患者が多数いることが判明した。多くのロングCOVID症状 (後遺症) が報告されているが、認知機能の低下や疲労を伴うCOVID後遺症患者のさまざまな症状として認識されているブレイン・フォグ (脳霧) が典型的である。

 ロングCOVID症状の性質については多くの仮説があるが、神経機能障害の一貫した再現性のあるバイオマーカーは見つかっていない。その中で研究チームは、それまで臨床研究において豊富な専門知識を獲得していたきた板脳振盪後症候群 (PCS: post concussion syndrome) において観察される症状と、ロングCOVIDの症状との間に、奇妙な類似点があることに気づいた。そこで、研究チームは急性COVID-19から回復した患者についての研究を拡大し、ロングCOVID患者における脳霧の根本的な神経学的原因についても検討することにした。

問題解決

 人間の脳にある1,000億個の神経細胞のほぼ全てがそれぞれの毛細血管によって灌流されていると推定されている。従って、ストレスを受けた神経細胞は、ほとんど常に血管反応を引き起こす。これらの脳血管細胞は末梢の内皮細胞とは異なるユニークな特性を持っている。すなわち、互いに接触する細胞の間をシールするタイトジャンクション (tight juncation: JT) と、脳への出入りする分子を厳密に制御する特異的レセプターを備えている。

 この血液脳関門 (blood–brain barrier: BBB)の崩壊と毛細血管からの漏出は、てんかんや多発性硬化症など、さまざまな神経疾患に共通して見られる。研究チームは、急性SARS-CoV2感染だけでなく、ウイルス感染後長期にわたるCOVIDの神経症状がBBBの完全性に影響を及ぼすかどうかを調べることを目的とした。

 研究は、急性COVID-19患者とロングCOVID患者の2つのコホートに分けて行われた [論文から引用した挿入図内の左上の図を参照]。急性COVID-19患者のコホートでは、急性COVID-19と診断された患者から採取した血清サンプルにおける、BBB破壊の既知のバイオマーカーの有無を検査した。Brain Fog

 その結果、急性SARS-CoV-2感染者で脳霧を経験していると申告した患者において、これらのバイオマーカーの1つであるS100Bの濃度が上昇していることが判明した
[挿入図内の右側の図を参照]。また、ダイナミック造影磁気共鳴画像法 (dynamic contrast-enhanced MRI: DCE-MRI) により、BBBを通過する透過率が非常に低い造影剤を全身循環に注入した後、患者の脳を長時間撮影し、20分間のDCE-MRI後に検出された造影剤シグナルに注目した。このシグナルは、BBBの破壊と脳血管内皮を介した造影剤の漏出に関連している。この脳霧と認知機能低下を呈したロングCOVID患者にはBBBの透過性が亢進していたが、脳霧を呈さないロングCOVID患者にはそうした現象は見られなかった [挿入図内の左下図参照]

今後の展開

 本研究の成果は、サーズウイルス2の感染症であるロングCOVIDにとどまらず他のウイルスウイルス感染症の診断と治療にも新たな視点を与える。なぜなら、ウイルス感染による神経症状は珍しいものではなく、ウイルス感染後の疲労や脳霧は患者をかなり衰弱させるからである。一方で、神経疾患を治療するためにBBBの完全性を臨床的に調節するための数多くのアプローチが開発中であることから、BBBの破綻がウイルス感染症の病態に共通するメカニズムであるという概念は極めて興味深い。

 本研究のコホートは小規模であった。しかし、70%以上の症例で、脳霧と認知機能低下を経験した患者にはBBBの破綻という表現型を観察したことから今後、さらにコホートを拡大して、BBB破綻の経時変化を追究する予定である。

 現時点で3種類の追跡調査を行なっている。
  1. 脳霧を伴うロングCOVIDの患者において、症状の消失がBBB障害の消失を伴うかどうかを経時的に評価している。
  2. 観察されたBBB障害を特異的に標的とし治療するために、新規BBB制御因子をスクリーニングしている。これは、BBBそのものを通過させる治療薬を開発する必要はなく、むしろBBBの構造を安定化させるだけでよいので、非常にエキサイティングなことである。
  3. 臨床研究を拡大し、機能性神経疾患 (現在観察可能な根拠がない疾患)と並行して、他のウイルス感染後の疾患におけるBBBの完全性を調べている。
 BBBを制御することで、将来、神経疾患の治療方法が変わるというのが研究チームのビジョンである。

研究の舞台裏

  2020年にCOVID-19のパンデミックが始まったとき、研究チームは、SARS-CoV-2感染者に見られた無嗅覚症の根本的なメカニズムをよりよく理解しようと決断した。無嗅覚症がこのウイルスの唯一の一貫した神経学的症状であるように思われたからである。

 しかし、ほどなく、長引く脳霧、場合によっては認知機能の低下が、患者にとってより差し迫った問題であることが明らかになった。また、アイルランドではSARS-CoV-2の陽性診断はすべてPCR法で確認する施策をとっていたことから、ウイルス感染とBBBの障害との関連性を明確にする機会が備わっていた。

 参加者のほぼ全員が、ワクチンが入手可能になる前に採用された医療従事者 (医師、看護師、事務職員) であった。これらの人々の何人かは、ロングCOVIDとともに今も生きている。COVID-19パンデミックに大きな犠牲が払われ、パンデミックが収束した後も、現実の世界に影響を及ぼしている。

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