[注] バレメトスタット (Valemetostat / エザルミア)は、ヒストンメチル化酵素EZH1とEZH2の阻害剤であり、2022年に、再発・難治性の成人T細胞白血病リンパ腫治療薬として承認された。EZH1とEZH2はヒストンH3の27番目のリジン残基H3K27をトリメチル化 (H3K23me3) し、ポリコーム抑制複合体2 (PRC2) を形成することで、癌の発生・増殖を促進する。
[出典] "Mechanisms of action and resistance in histone methylation-targeted therapy" Yamagishi M, Kuze Y [..] Suzuki Y, Uchimaru K. Nature 2024-02-21/Mar. https://doi.org/10.1038/s41586-024-07103-x [所属] 東大, 医科研, 関東労災病院, 琉球大学, 佐世保市総合医療センター, 第一三共, 聖マリアンナ医科大,
[日本語解説] 難治性血液がんに対する新しいエピゲノム治療の有効性と作用機序を解明―次世代技術と臨床研究の融合により日本発創薬のメカニズムを解明!―. 東京大学大学院新領域創成科学研究科. 2024-02-22. https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/10804.html
ヒストンメチル化というエピゲノム機構による癌抑制遺伝子の発現が抑制されることが癌の発生・増殖の一因であり、ひいては、薬理学的介入の新たな標的となる。第一三共が創製したバレメトスタットは、EZH1/2を標的とする世界初のエピゲノム治療薬である。しかし、患者に投与されたバレメトスタットが効果を発揮する機構や、腫瘍細胞の応答については、不明な点が多かった。東大をはじめとする日本の研究チームは今回、成人T細胞白血病/リンパ腫患者を対象とした臨床試験のデータと、遺伝子発現・クロマチン構造解析・ヒストン修飾解析・メチル化DNA解析・ゲノム解析の統合解析とを融合して、バレメトスタットの作用機序と耐性発生機序を明らかにした。
バレメトスタットの投与は、複数の遺伝子変異を有する侵襲性リンパ腫において、腫瘍サイズを縮小し、持続的な臨床効果を示した。統合解析からは、バレメトスタットが可塑的なH3K27me3によって形成される高度に凝縮したクロマチン構造を消失させ、腫瘍抑制遺伝子を含む複数の遺伝子座を中和することが示された。
それにもかかわらず、長期治療の間に、投与前の状態に酷似した凝集クロマチンを再構築した耐性クローンが出現し、また、PRC2と化合物が接するサイトで後天的に変異が生じると、H3K27me3の発現が増加したクローンが増殖することが明らかになった。また、PRC2変異のない患者でも、TET2 変異またはDNMT3A 発現の上昇が、H3K27me3関連領域におけるde novo DNAメチル化を通じて、同様のクロマチン再凝縮が発生していた。

本研究により、エピジェネティック・ドライバーとクロマチン・ホメオスタシスを標的とすることで、さらに持続的なエピジェネティック癌療法の可能性が示唆された。
[本論文とCRISPR技術との関連]
EZH1/2はPRC2の形成を介して癌をドライブする。本研究において、PRC2遺伝子の5′UTRが代謝経路に関連する翻訳遺伝子の一種であるeIF3D3と結合すると予測された。一対のガイドRNAペアとCRISPR-ニッカーゼ (Cas9 D10A) によるダブルニッキング の手法 [*]を利用して樹立したEZH2の5′UTR欠失 (Δ5′UTR) 細胞において、EZH2がeIF3Dとの結合に必要な構造を失い、安定性も低下し、ひいてはPRC2の形成が低下し、H3K27me3レベルも低下した。また、Δ5′UTRのATL細胞は、増殖能の低下と低濃度のバレメトスタットに対する早期反応も示した。さらに、eIF3DをshRNAを利用してノックダウンすると、PRC2とH3K27me3が減少し、細胞増殖活性が有意に低下した。これらのデータと一致して、eIF3D高発現細胞として再増殖した進行性疾患細胞では、H3K27me3レベルが高い耐性細胞の特徴を示した。
[*] "Double nicking by RNA-guided CRISPR Cas9 for enhanced genome editing specificity" Ran FA, Hsu PD [..] Zhang F. Cell 2013-08-29.
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