[出典] 
[crisp_bio注] 本ブログ記事は、スタンフォード大学の主任科学記者Krista Congerが執筆した、免疫システムの基本についても平易な述べられているニュース記事に準拠しています。

加齢に伴う免疫システムのシフト

 標的となる稀な細胞集団は、造血幹細胞 (hematopoietic stem cells: HSC)と呼ばれる細胞のサブセットである。HSCから、リンパ球として総称されるB細胞やT細胞を含む他のすべての種類の血液細胞や免疫細胞が生産される。加齢とともに、HSCはリンパ球よりも骨髄球と呼ばれる他の免疫細胞を生産する方へと傾いていく。この免疫システムのシフトは、新しいウイルスや細菌の脅威に完全に反応する能力を妨げ、ワクチン接種に対する反応を弱めていく。

 共同責任著者の一人であるIrving L. Weissman教授ワイズマンは言う。「COVID-19の大流行が始まったとき、高齢者が若年者よりも多く死亡していることがすぐに明らかになりました。この傾向はワクチン接種が可能になった後も続きました。もし我々がマウスで行ったように、老化したヒトの免疫系を活性化させることができれば、次に世界的な病原体が発生したときに、より多くの命を救うことができるかもしれません」。

 Weissmanは1980年代後半、マウスとヒトの造血幹細胞を初めて分離し、それ以来、Weissmanらは、HSCおよびHSCから分化してくる多様な免疫細胞の特性と複雑な関係を丹念に追跡してきた。

 HSCから分化し高度に専門化されたBリンパ球とTリンパ球はそれぞれ、侵入してきた外敵, ウイルスや病原菌, の特徴、ある特定の立体構造 (おそらく、ここがとがっているとか、ここがコブ状になっているとか) を認識する。一方、Tリンパ球の様々なサブタイプは、感染した細胞を直接破壊するか、あるいは、警報を発して、敵を仕留めるために他の免疫細胞を呼び寄せる。

 Bリンパ球とTリンパ球の特異性により、免疫系は記憶を持つことができる。一度特定の侵入者にさらされると、同じ病原体が再び現れた場合、身体は迅速かつ決定的に反応する。これがワクチン接種の基本的な考え方であり、危険な細菌やウイルスの無害な模造品に対して最初の反応を引き起こす。これに対して、侵入者を認識したリンパ球は、感染を排除する細胞を生み出すだけでなく、場合によっては一生使える長寿命のメモリーB細胞やメモリーT細胞を生み出す。こうして、脅威が現実のものとなったとき、システムは準備万端となるのである。

 私たちの免疫システムのもうひとつの重要な部分は自然免疫と呼ばれるもので、外敵の識別能力は遥かに低い。自然免疫は、血液中では、ミエロイド細胞と呼ばれる一群の細胞によって運営されている。警備員のようにこれらの細胞は体内をくまなく探し回り、見慣れない細胞やゴミのかけらを食い尽くす。また、炎症反応を引き起こし、他の細胞や化学物質を感染部位に呼び寄せる。炎症は侵入者から身体を守るのに役立つが、一方で、不適切に、あるいは過剰に引き起こされると大きな問題となる。

進化の過程で、有利から不利へとシフト

 RossとWeismannは、これまでの研究から、加齢に伴い、リンパ球と骨髄球をバランスよく作る造血幹細胞の数が減少する一方で、骨髄球に偏った造血幹細胞の数が増加すること、ひいては、骨髄系細胞の産生が有利になること、を知っていた。人類史の初期、人々が生まれ故郷を離れることがほとんどなく、短命であった時代には、この漸進的なシフトはおそらく何の影響も及ぼさなかった (むしろ好都合であったかもしれない)。しかし現在では、明らかに不利になっている。

 スタンフォード大学医学部と米国NIHの国立アレルギー感染症研究所の研究チームは、骨髄系に傾く造血幹細胞を減少させ、よりバランスのとれた造血幹細胞がそれに取って代わるようにすれば、バランスを若い免疫系に戻すことができるのではないかと考えた。その予感は的中した。生後18ヶ月から24ヶ月のマウス(マウスの世界では老齢)に、骨髄系に傾いた造血幹細胞を破壊する抗体を投与したところ、数週間経過してからも、未投与のマウスに比べて、バランスのとれた造血幹細胞が多く、また、新しいナイーブなBリンパ球やTリンパ球が多く見られたのである。

 Weissmanは言う「これらの新しいナイーブな (naïve)リンパ球は、世界がグローバル化するにつれて、ヒトが遭遇することが多くなっているような新しい感染症に対して、より優れた免疫力を発揮します」「この免疫系の更新がなければ、これらの新しい感染因子は既存の記憶リンパ球のプールには認識されないでしょう」

 この治療法は、高齢の免疫系が新たな病原体に対処する際に起こりうる炎症のような負の結果も減少させた。Rossは言う「適応免疫に関与する細胞へのシフトが見られただけでなく、治療した動物では炎症性タンパク質のレベルが低下していることも観察されました」「たった1回の治療で、これほど長く効果が持続することに驚きました。治療動物と未治療動物の間の差は、2ヵ月後でも劇的なままでした」。

 免疫系を若返らせる治療を施したマウスに8週間後に、それまで遭遇したことのないウイルスに対するワクチン接種したところ、その免疫系は未治療のマウスよりも活発に反応し、そのウイルスによる感染に抵抗する能力が著しく向上した。(対照的に、コントロールとして使用された若いマウスは、すべての課題を見事にクリアした)。

「細胞上の機能マーカー、炎症性タンパク質の有病率、ワクチン接種に対する反応、致死的感染に対する抵抗力など、老化した免疫系のあらゆる特徴が、たった1種類の細胞を標的にしたこのたった1コースの治療によって影響を受けたのです」とRossは語った。

 最終的に研究チームは、マウスとヒトの骨髄系造血幹細胞が十分に類似していることを示した。そのため、同様の技術を用いて、老化したヒトの免疫系を活性化し、新規感染症にかかりにくくしたり、ワクチン接種に対する反応を改善したりすることが、いつの日か可能になるかもしれない。

「この研究は、この戦略をヒトに応用するための第一歩を踏み出すものだと考えています」とRossは語った。

 この研究はまた、幹細胞生物学や、造血幹細胞が生涯を通じてその寿命と機能を維持するために、生物学的ニッチ、すなわち特定の細胞集団に依存していることについても、興味深い示唆を与えている。

「免疫学の研究者の多くは、年をとると組織特異的な幹細胞が失われると考えてきました」、「しかし、それは全くの間違いです。問題は、ある種の造血幹細胞が他の種類の造血幹細胞より好まれるようになった時に生じるのです。私たちはマウスを使って、これを逆転させることができることを示しました。この発見は、老化のあらゆる段階における幹細胞についての考え方を変えるものです」と、Weissmanは語った。