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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

[出典]
NEWS RELEASE "Life span increases in mice when specific brain cells are activated" Washington U School of Medicine. EurekAlert! 2024-01-08. https://www.eurekalert.org/news-releases/1030630
論文 "DMH<Ppp1r17> neurons regulate aging and lifespan in mice through hypothalamic-adipose inter-tissue communication" Tokizane K (時實恭平), Brace CS, Imai S (今井眞一郎). Cell Metabolism 2024-01-08. https://doi.org/10.1016/j.cmet.2023.12.011 [所属] Washington U School of Medicine, St. Louis;グラフィカルアブストラクト 

 最近の研究から、視床下部は哺乳類において加齢のコントロールセンターとして機能し、組織間コミュニケーションを通じて加齢に伴う生理的衰えを打ち消していることが明らかになっている。WashUの研究チームは、視床下部背内側 (dorsomedial hypothalamus: DMH) において、Ppp1r17の発現を特徴とする重要な神経細胞集団 (DMHPpp1r17ニューロン) を同定し、マウスの老化と長寿を制御していることを明らかにした。

 DMHPpp1r17ニューロンは、交感神経刺激を通じて、皮膚の下や腹部に蓄積された白色脂肪組織 (white adipose tissue: WAT) の機能を調節している。WATは、身体活動のエネルギーとなる脂肪酸を血中に放出し、また、細胞外ニコチンアミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ (extracellular nicotinamide phosphoribosyltransferase: eNAMPT) を分泌し、そのeNAMPTが視床下部に戻り、脳が機能するためのエネルギー生産を促すに至る。こうして、脳とWATの間のフィードバックループが身体と脳にエネルギーを供給しているわけだが、加齢と共にその機能が低下する。

 DMHPpp1r17ニューロン内では、cGMP依存性プロテインキナーゼG(PKG;Prkg1)によって制御されるPpp1r17のリン酸化とそれに続く核から細胞質間への移動が、シナプス機能を制御する遺伝子発現に影響を及ぼし、フィードバック内を巡るシグナルが劣化し、シナプス伝達機能とWAT機能が障害され、脳と他の臓器に供給されるエネルギーが減少する。

 加齢に伴うPpp1r17の転座を抑制して核に留める効果があるDMH特異的Prkg1ノックダウン、あるいは、DMHPpp1r17ニューロンを化学遺伝学の手法で活性化することが、加齢に伴うWATの機能障害を有意に改善し、身体活動を増加させ、寿命を延ばした。

 一般的な実験用マウスの平均寿命は900~1,000日 (約2年半) である。この研究では、普通に老化した対照マウスはすべて1,000日齢までに死亡した。脳と脂肪組織のフィードバックループを維持するための介入を受けたマウスは、対照マウスよりも60~70日長生きした。これは寿命が約7%延びたことになる。人の場合、75年の寿命が7%延びると約5年延びることになる。介入を受けたマウスはまた、より活動的で、より若々しく、より厚く艶のある被毛を持っていた。

 これらの知見は、哺乳類の加齢と長寿の制御における視床下部とWAT間の組織間コミュニケーションの重要性を明確に示し、また、フィードバックループにおける重要なタンパク質eNAMPTを補充することが、抗老化の戦略候補であることを示唆する。脂肪組織から放出されるeNAMPTは、血中の細胞外小胞から回収可能なのである。
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