2024-05-09 原著論文の筆頭著者によるNature Reviews Cancer 誌のTools of the Tradeの記事を引用
"A MEGA RNA-editing tool" Tieu V. Nat Rev Cancer 2024-05-07. https://doi.org/10.1038/s41568-024-00695-6

 CAR T細胞療法は、血液癌において臨床的に大きな成功を収めている画期的な治療法である。しかし、固形癌に対しては、CAR T細胞が機能不全に陥ることから、臨床的有効性を発揮するには至っていない。
これまでに、CAR T細胞の活性の増強に利用されてきたCRISPR-Cas9のようなゲノム編集技術は、生体内での応用には安全性と有効性において限界がある。ゲノムDNAを複数の部位で切断することは、しばしば細胞に悪影響を及ぼし、治療に関連した癌のリスクを増大させる可能性がある。

 これらの限界に対処するため、Victor Tieuらは、ヒトT細胞におけるCRISPR-Cas13dシステムのRNAガイドRNAターゲッティング能力を活用した合成生物学主導型プラットフォームであるMEGA(多重化エフェクターガイドアレイ)を開発した。MEGAでは、プログラム可能なガイドRNAアレイを用いてCas13dを特定のmRNA転写産物にターゲットすることで、ゲノムを改変することなく、同一細胞内で複数の内因性遺伝子の発現を同時に調整することができる (最大10個の遺伝子の同時制御を実証)。MEGAのこの "多重化 "能力は、T細胞の表現型と機能を再プログラムするために、複雑な複数の遺伝子の経路に影響を与えることを可能にする。

 MEGAの開発にあたっては、現在の臨床上の課題を念頭に置いた。すなわち、疲弊したCAR T細胞の抗腫瘍活性の再活性化を目指した。MEGAの多重化機能を利用して、ヒトT細胞でコンビナトリアル・スクリーンを行った。こうして、数千のダブル・ガイドRNAアレイの多重並列かつスケーラブルなテストを行った。この実験から、CBLBとFASのような新しい遺伝子ペアが同定され、こうしたペアを同時にノックダウンすると、疲弊したCAR T細胞の抗腫瘍活性が広範囲に回復された。

 次にMEGAを使って、T細胞の機能障害に関与していると思われる特定の代謝経路を破壊した。例えば、活性化されたCAR T細胞は、そのエフェクター機能を維持するために好気的解糖をアップレギュレートする。解糖系遺伝子を標的とすることで、より良好な臨床転帰と相関するCAR T細胞の表現型を獲得した。さらに、編集した細胞では、疲弊に関連する典型的な遺伝子シグネチャーが有意に抑制された。

 ここで注目すべき点は、MEGAで実現された表現型がCas9ゲノム編集では得られなかったことである。Cas9ゲノム編集では、T細胞の代謝が改変される代わりに、強いDNA損傷応答が引き起こされた。

 最後に、代謝への介入は生体内でも持続し、担癌マウスにおけるMEGA CAR T細胞の細胞傷害性と持続性の両方を増強することを実証した。

 MEGAが生物学的発見を加速し、より良い患者の転帰のための新しい癌細胞治療への扉を開くと期待しされる:「MEGAは、複雑な複数の遺伝子経路を調節することで、T細胞の表現型と機能を再プログラムする」

2024-05-01 Signal Transduction and Targeted Therapy 誌のResearch Highlight記事に準拠した初稿
[出典] Research Highlight "Cas13d-mediated gene knockdown in CAR T cells: towards off-the-shelf cancer treatment" Johnston M, Urban N, Dincer C. Sig Transduct Target Ther 2024-04-26.
https://doi.org/10.1038/s41392-024-01830-3 [所属] U Freiburg

 最近 (2024年2月)にCell誌から刊行された論文において、TieuらがRfxCas13dを利用して、多くの遺伝子をノックダウンすることで、キメラ抗原受容体 (CAR) T細胞の性能と寿命を大きく改善し、CAR-T細胞剤の市販化 ("off-the-shelf") に向けて一歩進めた。

 癌治療においては、外科手術、化学療法、放射線療法、および、標的薬物療法に、近年、「第5の柱」と呼ばれることもある免疫療法が加わった。免疫療法も、患者自身の免疫系を増強して腫瘍を縮小させる薬剤の投与や、免疫チェックポイント阻害剤の投与を指していたところに、患者自身の免疫系を改変する手法が加わった。

 CAR T細胞療法は精密医療であり個別化医療である。腫瘍細胞に特異的な表面抗原を標的とする膜貫通CARを発現させるように、患者のT細胞を分離、操作、培養する。CAR T細胞は、患者の血流に再注入され、癌細胞を認識し破壊する。このアプローチは、ある種の白血病、リンパ腫、多発性骨髄腫のような血液癌に対して奏功し、完全寛解に至る例も出て来た。しかし、抗体を産生するB細胞の大量死、神経毒性、感染症、T細胞の疲弊、サイトカイン放出症候群などの副作用のリスクを伴っている。また、約45万ドルという価格のため、一般には手が届きにくい療法である [*2]。

 CAR T細胞療法という極めて個別化されたアプローチを既製品に移行させるアプローチの一つが、患者の代わりに健康なドナーからT細胞を収集し、改変することである。もう一つは、TALEやCRISPRによる遺伝子改変技術により、CAT T細胞を誘導することである。確かに、CRISPR-Cas9の登場によって、遺伝子改変は容易に実現可能になったが、意図しない遺伝毒性や、ゲノムを恒久的に改変することになることによるリスクが課題になっている [*3]。

 Tieuらは、RNAを標的とするRfxCas13dを用いることで、DNAを標的とするCas9と異なり、ゲノムDNAに影響を与えることなく、初代ヒトT細胞においてトランスクリプトームレベルで複数の標的遺伝子を動的に制御してノックダウンするMultiplexed Effector Guide Arrays (MEGA) 法を開発した。 

 Cas13dは、SpCas9の〜3分の2と小型であり、また、RNAを標的とするCas13ファミリーの中でも、RNAを無差別にトランス切断する活性を示さないか殆ど示さない特徴を備えている。

 Tieuらは、このCas13dを利用して、LAG3、PD-1、およびTIM-3の3つの阻害性受容体をノックダウンすることで、抗原非特異的活性 (トニックシグナリング) のよく知られたモデルであるHA-28ζ CAR T細胞のT細胞疲弊を回復させたCas13d CAR T [Fig. 1引用右図 a 参照]

 具体的には、初代ヒトT細胞にまずRfxCas13dとHA-28ζ CARを導入し、次に複数のガイドRNA (crRNA) をアレイのフォーマットで導入することで、それぞれの標的遺伝子のシングル、ダブル、トリプルノックダウンに成功した。また、オフターゲット効果が最小限であった。興味深いことに、いくつかの遺伝子のノックダウン効率は、アレイ内のガイド配列の位置に影響された。したがって、新しいアレイを設計する際には、システムの最適効率を達成するために、さまざまな位置の順列をテストする必要があることも明らかになった。

 さらに、遺伝子のノックダウンを時間的に制御するために、定常状態ではプロテアソーム分解を引き起こし、抗生物質のトリメトプリムで安定化できる不安定化ドメインを、RfxCas13dに融合した。

 こうしたアプローチによって、CD46の可逆的な薬物依存性発現が実現した [挿入図 b 参照]

 続いて、MEGAを利用して、プリン作動性シグナル伝達と解糖に関与する遺伝子を探り、同定された遺伝子をノックダウンすることにより、機能不全に陥ったCAR T細胞の抗腫瘍活性が増強され、細胞の適応度 (fitness) が向上した。さらに、近位のT細胞活性化シグナル伝達要素を標的とすることにより、治療の安全性と有効性が改善され、CAR T細胞の受容体非依存的制御が可能になった。

 CAR T細胞治療の大きな問題点であるT細胞の疲弊をターゲットに、3つの疲弊マーカーのアップレギュレーションを同時にノックダウンし、それによって寿命と腫瘍標的性の改善に成功したことで、MEGAの可能性が示された。

 前述のように、CRISPR/Cas9システムとは対照的に、RNAを認識・切断するCas13dを採用したMEGAは、ゲノムレベルではなくトランスクリプトームに作用する。転写レベルでも機能する制御エレメント、すなわち誘導性プロモーターをテストするのは興味深い。 転写レベルでの制御は、タンパク質レベルでの制御よりも速い傾向があり、細胞にとって、エネルギー効率と資源効率がより高い。

 これまでの医療や次世代医療とCRISPR-Cas13dを組み合わせることで、多重な遺伝子を同時にノックダウンすることで、病因や疾患の進行、特定の疾患の分子シグネチャーに関与する主要遺伝子をプロファイリングしたり、CAR T細胞治療の場合は致命的な副作用を治療したりすることができる。

 潜在的な創薬標的、薬剤感受性や耐性を調べることで、特定の治療に対する患者の反応を予測したり、最適化したりすることもできる [挿入図 c 参照]。すなわち、免疫系の過剰反応に関与するタンパク質を一時的に転写レベルで制御し、非病原性の刺激に対する不均衡な反応を抑えることができる。

 RNAを標的とするCas13dのコンパクトな実装と薬剤誘導可能な制御は、治療の安全性、手頃な価格、利用しやすさをさらに向上させる大きな可能性を秘めている。ヒトT細胞でその汎用性を実証したMEGAは、他の細胞や生物にも応用できる可能性がある。この研究は、疾患モデルの生理学的洞察をさらに深め、個別化され、迅速に調整可能な治療法を提供する道を開く可能性がある。

[参考crisp_bio記事と論文]
  1. [20240225更新] DNAに替えてRNAを編集するMEGA-CRISPRツールで、疲弊したCAR T細胞を蘇えらせる;"A versatile CRISPR-Cas13d platform for multiplexed transcriptomic regulation and metabolic engineering in primary human T cells" Tieu V [..] Mackall CL, Qi LS. Cell 2024-02-21. 
  2. Review "CAR T-cell-based gene therapy for cancers: new perspectives, challenges, and clinical developments" Jogalekar MP, Gangadaran P, Ahn BC. Front Immunol, 2022-07-22.3
  3. [レビュー] CRISPR-Casツールの安全性の評価と進歩:DNA編集からRNA編集まで;REVIEW "Assessing and advancing the safety of CRISPR-Cas tools: from DNA to RNA editing" Tao J, Bauer DE, Chiarle R. Nat Commun. 2023-01-13. 
  4. "CRISPR/Cas-powered nanobiosensors for diagnostics" Phan QA, Truong LB, Medina-Cruz D, Dincer C, Mostafav E. Biosens Bioelectron. 2022-02-1. 
  5. "An RNA-targeting CRISPR-Cas13d system alleviates disease-related phenotypes in Huntington’s disease models" Morelli KH, Wu Q [..] Duan W, Yeo GW. Nat Neurosci. 2022-12-12.