[出典] News “Prime editing deal flurry to nail down patent rights” Arnold C. Nat Biotechnol 2024-04-17. https://doi.org/10.1038/s41587-024-02208-0

 プライム編集 [*]分野の開発と応用は活況を呈し、各社は知的財産権 (IP) 対決を避けるために戦略的な選択を迫られている。
[*] 本投稿では、"PE"という表記をDavid Liuらが発明したプライムエディターに限定して使用している。

 イリノイ大学のバイオテクノロジーを専門とする弁理士Jacob Sherkowは、「CRISPR-Cas9技術をめぐるブロード研究所とカリフォルニア大学の特許紛争は2012年まで遡り、いまだに完全な解決には至っていない。次世代ゲノム編集技術についても、塩基編集 やプライム編集をめぐる特許紛争が起こる可能性がある」と言う。

 Vertex Pharmaceuticals社は、CRISPR-Cas9をベースとする同社の鎌状赤血球治療薬CASGEVY™に使用されているEditas Medicine社のCRISPR技術の非独占ライセンス料として、1億ドルをEditas Medicine社に支払わなければならなかった [crisp_bio 2023-12-16]

 Tome Biosciences社のCEOであるRahul Kakkarは、企業が医薬品を販売するまでは、ライセンスの問題は問題にならないと指摘する。研究者たちは、何も売らない限り、手数料を支払うことなくこれらの技術を使用することが許され、実際そうしている。これが、Vertex社Editas Medicine社およびブロード研究所とのライセンス契約を202312月に鎌状赤血球遺伝子治療が承認されるまで完了させなかった理由であった。RNA編集技術企業であるProQR Therapeutics社の創業者兼CEODaniel de Boerは、「それゆえに、その手数料が高額なった」としている。

 Sherkowによれば、特許技術へのアクセスを確保するために、遺伝子編集やゲノム書き込み (writing)技術の世界における合併、買収、提携が大きく動いている。

 Tome社は20231212日、同社の遺伝子編集プラットフォーム開発のために2億ドルを超える資金を調達したが、Tome の最初の仕事は、Replace Therapeuticsを買収し、DNA配列の大小にかかわらず遺伝子編集を可能とするツールボックスを拡充することだった。

 インテグラーゼを介するTome社独自のゲノム技術 (後述するPASTE) は、数万キロ塩基長までの大きなDNAに適している。対照的に、Replace Therapeuticsのリガーゼを介するプラットフォームは、10-100塩基対の小さなDNA配列の挿入や削除に長けている。これら2つの技術により、DNA二本鎖切断 (DSB)を介さずに、個々の変異を修正することなく、また、サイズを気にすることなく、遺伝子全体を野生型に置き換えるツールボックスが整ったことになる。

 このTomeReplaceの合併の規模は、前払い6,500万ドル、合計18,500万ドルに達する可能性があり、急成長するプライム編集分野では最大級の買収となる。Sherkowは、「IPに関して企業の足場を固めるために、医薬品開発に深入りする前に、このような積極的な戦略をとるのは間違っていない」と言う。ゲノム編集技術による創薬を目指す企業にとっては、いつ、ライスセンスを取得するか、あるいは、合併するのか、など、決断を迫られている。

 CRISPR-Cas9などDNA二本鎖切断 (DSB)から細胞内在修復機構を利用するゲノム編集技術に対して、ブロード研究所のDavid Liuの研究室で発見された塩基編集 (BE)ツールは、Cas9ニッカーセをベースに一本鎖DNAの切断を介して、精密な遺伝子修正を実現した。

 Prime EditorLiuらが、BEに続いて2019年に発表したプライムエディター (PE) は、Cas9ニッカーゼに、ガイドRNA3’末端に、逆転写酵素と逆転写編集用テンプレートRNAおよびプライマー結合部位を付加したpegRNAを組み合わせることで、柔軟な編集を実現した [右図モデル図参照]BEPEも、多くのバイオテクノロジー企業によって治療薬へと展開されている。

 一方で、BEPE関連の既存の特許を侵害しない代替手段が追求されている。Tessera Therapeuticsは、同社のレトロトランスポゾンをベースとする細胞内在修復機能に依存しないGene Writing技術はPrime Medicine社の特許に抵触しないと主張している。

 Jonathan GootenbergOmar Abudayyehは、ブロード研究所のFeng Zhengの研究室で博士課程に在籍していた当時、数万キロ塩基の大きなDNA配列を挿入できる遺伝子編集システムの開発に取り組んでいた。二人は、一本鎖DNAを切断するCas9ニッカーゼと、プログラム可能なセリン・インテグラーゼおよび逆転写酵素を組み合わせることに取り組み、これをPASTE (programmable addition via site-specific targeting elements)と名付け、202211月にNature Biotechnology 誌に発表した。PASTE特許は、20232月にMITAbudayyeh and Gootenbergが共同で取得し、その後、彼ら自身のスタートアップ企業であるTome Therapeuticsにライセンスされた。

 PASTEは、CRISPR-Cas9などヌクレアーゼ活性をベースとするいわゆるCRISPR1.0とプライム編集の両方に内在する大きな限界のいくつかを克服している。すなわち、嚢胞性線維症のような多くの遺伝病には多様・多重な変異が関与しており、変異に個々に対応することになる従来の手法は、コストと所要時間の両面で、非現実的であったが、PASTEを使えば、そのような多重変異に対応可能である。

 GootenbergAbudayyehの両氏は、PASTEPEとは概念的にも技術的にも異なるものとし、プログラム可能な遺伝子挿入法/method for programmable gene insertion“と呼んでいる。PASTEシステムは逆転写酵素だけでなくインテグラーゼも使う。一方で、Liuこの主張にはあまり納得していない [NEWS記事の著者への電子メールにて]

 Tesseraのレトロトランスポゾンに基づく遺伝子編集システムについても、Liuは同様の懸念を抱いているTessera社からは査読付き出版物がないため、その方法の正確な詳細を判断することは不可能であるが、同社は、「DNA二本鎖切断を伴わずに標的遺伝子を改変させる移動性遺伝要素を使用する非ウイルス技術によって、ゲノムに治療用メッセージ (therapeutic messages)を書き込む」としている。ガイドRNAを使い、遺伝子書き込みタンパク質を目的のDNA配列に誘導する。ニッカーゼが一本鎖の切断を行い、逆転写酵素が与えられた鋳型から目的の配列を挿入する。TesseraFlagship Pioneerin社によって設立され、2022年に幅広い投資家シンジケートから3億ドルを受け取った。Tesseraの広報担当者は本記事へのコメントを拒否した。

 発明は有用性、新規性、非自明性 (進歩性) 3つの要件を満たせば特許になる。プライム編集分野で、Tome社とPrime Medicine社はすでに特許を取得しており、3つの基準をすべて満たす可能性がある。Sharkowは、「他のゲノム編集技術も、おそらく最初の2つは難なく証明できるだろう。難問となりそうなのは最後の要件だ」と言う。出願人は既存の発明に対する改良が、平均的なユーザーにとって些細なものでも自明なものでもないことを証明しなければならないからである。TomeTesseraの研究が、潜在的な法廷闘争において、プライム編集の次に非自明とみなされるかどうかは、「6,400万ドルに相当する判断」とSherkowは言う。

 Liu2019年の特許で承認されたPEのクレームは、逆転写酵素または他のポリメラーゼと融合したCas9のようなプログラム可能なDNA結合タンパク質とpegRNAを含む「a method for site-specific modification of a double-stranded target DNA sequence (二本鎖標的DNA配列の部位特異的修飾方法)」をカバーしている。Liuはこの分野で最初にゴールラインに到達したため、PEの適用範囲を大きくカバーしており、それに続く新規性、有用性、非自明性の要件を満たすPEの改良または追加は、ほぼ間違いなく、より狭く、より具体的なクレームとなる。つまり、Prime Medicine社のプラットフォームの利用者はPrime Medicine社のライセンスが必要になるが、Tome社やTessera社のプラットフォームのユーザーは、Prime Medicine社とTome社またはTessera社の両方からのライセンスが必要になる可能性があることを意味する。

 こうして、戦略的な観点から「プライム編集関連ではパートナーシップに向かうことになる」とde Boerは言う。ProQR社は20236月にイーライリリー社と非独占的ライセンス契約を、20241月にはRett Syndrome Research Trustとパートナーシップを結んだ。両社ともProQRAxiomerプラットフォーム [*]を利用する。このような先行契約は、製薬会社はより低コストで技術へのアクセスが保証され、開発者はより早い支払いを得ることができるため、両者にメリットがあるとde Boerは言う。

[*] 合成RNAオリゴヌクレオチドを使用し、ヒト細胞のアデノシンデアミナーゼRNA特異的(ADAR)コピーを利用してAGに変換するように設計されている

 他の遺伝子編集分野でも、提携や取引が盛んである。Arbor Biotechnologiesは、さまざまな遺伝子編集作業を行うために使用できる、異なるサイズと異なるPAMを含むヌクレアーゼ群を特定した。Arbor社のDevyn Smith CEOは「複数の異なるPAMを組み合わせることで、オフターゲット効果を減らすことができる」と言う。Arbor社が発見した次世代遺伝子編集用のヌクレアーゼの中には、Cas9との相同性が12%しかないものもあるという。このユニークさゆえ、Smithは自身の特許の有効性に自信を持っている。20241月、Arbor社は4D Molecular Therapeuticsと提携し、筋萎縮性側索硬化症の遺伝子編集療法を共同開発し、共同で商業化した。

 特許侵害を避けるため、企業は微生物界からRNAを誘導するヌクレアーゼやニッカーゼを探索する。Research Triangle ParkLife Edit Therapeutics社は、AgBiome社から分離独立し、現在はElevateBio社が完全所有しているが、まさにそれを実践している。Life Edit社の共同設立者であるClare MurrayTedd Elichは、BEPEの両方に関するLiuの独創的な研究を認めながらも、自分たちの発見がリューの特許に抵触しないと確信していると述べている:「我々のヌクレアーゼは、基礎特許とは進化的に異なるものです。他のヌクレアーゼと同様に互いに直交しており、例えばガイド配列を共有していません」。この独自性は特許法の側面からだけでなく、幅広い遺伝子編集を行う能力においても強力だとMurrayは言う。20232月と5月、Life Edit社はそれぞれModerna社、Novo Nordisk社と契約を結んだ。

 各社のこうした動きの中で、Sherkowは「新たな特許対決が間近に迫っているかどうかはまだわからない」と言う。