[出典] Editorial “Cis-editing for all” Nat Biotechnol. 2024-06-06. https://doi.org/10.1038/s41587-024-02299-9

 2020年にCRISPR遺伝子編集技術で開発された作物が初めて市場に導入された。Sanatech Seed社のGABA強化トマト「Sicilian Rouge」である [1]デルモンテはその後、より高濃度のリコピンを生成するピンクパイナップルPinkglowを栽培し、気の遠くなるような400ドルで販売している。Mustard greensは、CRISPRを用いて遺伝子編集されたカラシナに由来し、栄養価はそのままに、辛味の原因となる遺伝子ファミリーが除去されている[2]北極リンゴはゴールデンデリシャスを改良したものだが、褐変しにくい。これらの編集された果物や野菜は人目を引くニュースであるが、新製品は消費者向けのエッジの効いたメリットや栄養価のアップグレードにとどまらない可能性がある。すなわち、 CRISPR編集作物は、気候変動の影響に対抗し、暑さや病気に強く、収穫量を増やした地元産の作物を作る可能性を秘めている。

 CRISPRシステムを利用した植物のゲノム編集がますます広がっている。CRISPRによる外来遺伝子 (トランスジーン) が関与しないシス編集は、従来の品種改良によるものと見分けがつかないほどの変化を導入する。また、遺伝子組み換え作物 (GMO)とは異なり、トランスジェニックとはみなされず、一般的にGMOよりも規制が緩やかである。

 一般社会では、GM作物は、表立っては拒否されないまでも、疑いの目で見られてきた。ほとんどのGM作物は、最終的にモンサント社(現在はバイエル社傘下)などの大企業が開発したものであり、その利点である昆虫、ウイルス、除草剤に対する耐性は、消費者よりもむしろ農家にもたらされ、栄養不足を目指した遺伝子組み換えは稀であった。ゴールデンライス は、ビタミンAの前駆体であるβ-カロテンを胚乳に導入することで、ビタミンA欠乏による失明を防ぐことを目的として開発されたが、規制当局の妨害と環境保護団体の反対により、その潜在能力を発揮するに至っていない。また、公衆衛生上の利点があるにもかかわらず、小麦、トウモロコシ、大豆、キャッサバなどの生物学的栄養強化 (biofortified) トランスジェニック作物は、文化的帝国主義という非難にさらされ、また、栄養上の利点は、食品の安全性について一部の規制当局を説得するには十分ではなかった。

 CRISPRによってシス編集された作物は、遺伝子組換え作物のような障害に直面することはなく、世界的なインパクトを達成できる可能性がある。また、このツールは実験室内で比較的短時間で導入できるため、GM作物のように大規模な農薬産業が技術を独占することにもなりにくい。より優れた形質を求める動きは、トウモロコシや小麦のような主食用作物の商業栽培にとどまらず、地元の作物に焦点を当て、それらを栽培する農家に利益をもたらすこともできる。

 こうしたチャンスを見逃さない企業は少なくない。2021年、非営利団体Innovative Genomics Institute (IGI)は、イネ、キャッサバ、ソルガム、ブロッコリーなど、発展途上国にとって重要な植物にゲノム編集技術を応用する一連のプロジェクトを開始した。気候変動に対抗するIGIのアプローチには、CRISPRで遺伝子を編集して耐暑性・耐干性作物を開発することや、家畜のマイクロバイオームに恒久的な変化を生じさせることで排出量を削減すること、土壌マイクロバイオームを改変して炭素吸収源を回復させることなどが含まれる。IGIはインドとアフリカの現場で強力なパートナーシップを形成し、CRISPR技術と種子を使用するために農民と政府規制当局を訓練している。

 IGIはまた、種子による無性生殖技術であるアポミクシス 技術開発にも取り組んでいる。アポミクシスによって、遺伝子の組み換えを回避して親と同じ種子を提供することが可能になり、ハイブリッド系統に最も有効で、多くの地域でその高品質が評価されているが、農家は毎年種子を購入する必要があるため高価である。アポミクティック・ハイブリッド技術が拡大すれば、インドなどの農家は、高収量で気候変動に強いハイブリッド種子を毎年保存できるようになり、大手種子会社に頼る必要がなくなる。

 別の非営利団体Semilla Nuevaは、多くの中低所得国で安価で生産性の高い作物とされている生物学的栄養強化型コーンを生産するため、研究者と協力している。Semilla Nuevaはこれまで、より栄養価の高い品種を選択するために従来の育種を行なってきたが、栄養価を高める遺伝子がいくつか発見され、CRISPR技術を利用することで、これまでの品種改良の何分の一かの価格で編集・育種可能になってきた。編集されたトウモロコシは、従来のトウモロコシよりも亜鉛が39%、鉄が19%、リジンとトリプトファンが30%から80%多く含まれている。Semilla Nuevaは、グアテマラやエルサルバドルなどの国々の種子会社に補助金を出し、生物学的栄養強化種子を農家に低価格で販売している。そして、補助金を引き継ぐよう政府を説得しようとしている。

 それでも、CRISPRツールを導入する企業は制限に直面するだろう。企業はCRISPRプラットフォームの特許を保有しており、商業ライセンスがなければ、非営利団体や新興企業はこの技術を種子会社や農家に提供することができない。この課題もAI(の民主化)によって解決されるかもしれない。配列の類似性を共有しながらも、既存の知的財産権から外れるのに十分なほど配列が異なる新しいCRISPR酵素の設計を可能にする[3]自由に使用できるオープンアクセスのCRISPR酵素は、さらに優れたツールになるかもしれない。

 CRISPR遺伝子編集作物は、GM作物が挫折した分野に参入し、成功する準備が整っているように見える。規制当局の妨害や一般大衆の不支持から解放され、農業バイオテクノロジーの力を地球とヒトの健康を向上させるために活用することができるだろう。そのためには、大手種苗会社と非営利団体、政府と農家が協力する必要があるが、誰もが400ドルのパイナップルの味を楽しめるように、長期的で大局的な人道的目標を共有することが必要である。

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