[出典] NEWS FEATURE "Hope, despair and CRISPR — the race to save one woman’s life" Ledford H. Nature 2024-06-12. https://doi.org/10.1038/d41586-024-01716-y

 インドのバンガロールにあるNarayana Nethralaya Eye HospitalのArkasubhra Ghoshと彼の遺伝子治療研究室の研究者たちは、20歳の女性Uditi Sarafの脳細胞のDNAを編集し、有毒なタンパク質の産生を停止させる一度きりの治療法をデザインしようと全身全霊をかけた。残念ながら、4ヶ月後、Uditiはみまかった。Ghoshは「私たちがやろうとしていたことは、ほとんどサイエンスフィクションでした」と述べ、「(Uditiの悲劇的な死にもかかわらず)、ここで学んだことが同じような道を歩む人々の助けになると確信している」「これは希望の物語なのです」と続けた。

 2023年の初のCRISPR療法Casgevy (exagamglogene autotemcel) の認可は、極めて稀な遺伝疾患患者とその家族の希望の灯火となった。しかし、研究者たちはまだ、CRISPR療法に向けた基礎固めをしているところであり、どのように治療法を設計し、製造するのがベストなのか、そしてどのように体内の正確な場所に治療法を送り込むのか、模索を続けている。一方で、CRISPRゲノム編集をベースとする治療の経費が天文学的数字になることが危惧されている。Ghoshはこうした障壁を取り払いたいと考えており、最終的にはインドがそれを実現する国になると確信している。

 Uditiはひときわ快活な少女であったが、Utitiの母SonamはUditiが9歳の時に、異常に気づいた。当時、てんかんと診断されたが、その後、Uditiの発作が酷くなり学校生活にも支障が出てきた。Uditiの父Rajeevは技術に精通しまた、裕福であったことから、2017年にインド国内でゲノム解析を依頼した。インドでのゲノム解析は、そのコストと、遺伝子情報データベースにおけるインド系の遺伝子情報が乏しいことから、普及していなかった。

 ゲノム解析から、ニューロセルピンをコードするSERPIN1 遺伝子の1塩基変異 (G-to-A)に由来する「ニューロセルピン封入体を持つ家族性脳症 (familial encephalopathy with neuroserpin inclusion bodies: FENIB) であることが判明した。Uditiの神経細胞は死につつあった。FENIBの症状は高齢者に見られる認知症の症状に似ているが、最も重篤なFENIBは、若年者を襲い、また、極めて稀である。世界で唯一FENIBに焦点をあてている研究室を主催するSapienza University of RomeのElena Mirandaによれば、Utiditiと同じ変異を帯びた症例は世界中でわずかに3例が知られているだけである。

 Uditiの症状は悪化の一途を辿る中で、Uditiの両親はさまざまな療法を試みるうちに、2018年に、 NYU Langone Health in New York Cityのてんかんの専門医Orrin Devinskyと相談する機会を得た。Devinskyが挙げいくつかの療法を挙げる中で、RajeevはCRISPRゲノム編集に飛びついた。G-to-Aの変異の修正は塩基エディターの一種であるABEによって精密に実行可能であるが、実際には、サイズの大きなABEをヒト脳へ送達することの難しさ、ニューロセルピン封入体に関与するすべての遺伝子変異の修正と封入体の分解は不可能に思われ、また、ABE療法の臨床試験も行われていなかった。しかし、両親は、塩基編集によって、FENIBの進行を遅らせることができるのではないか、と期待した。

 Devinskyはゲノム編集と神経科学の専門家からなる研究チームを構成し、資金を調達し、Sarafs家も資金を提供し、UditiのFENIB変異を、研究室で培養した細胞に導入することから、研究が始まった。そこにCOVID-19パンデミックが襲い、Uditiは、COVID-19で20日間入院加療を受けることになった。Sarafs家は、研究を早めるために、インドに戻り別途研究チームを立ち上げた。両親は、鎌状赤血球症のCRISPR療法に取り組んでいたニューデリーにあるCouncil of Scientific and Industrial Research’s Institute of Genomics and Integrative Biologyの遺伝学者Debojyoti Chakrabortyと研究所長のSouvik Maitiを訪問し、ChakrabortyがインドにおけるUditiの治療をリードすることになった。

 研究チームはまず、すべての実験と必要なコンポーネントを最初から最後までマッピングした。インドでは試薬のほとんどが輸入に頼っており、十分前倒しして手配しておく必要がある。今回、ニューロセルピンを認識する抗体は、ローマのMirandaから直接譲渡された。研究チームは、Uditiの血液サンプルから幹細胞を作製し、その細胞を神経細胞へと分化させた上で、塩基編集を施した。Ghoshは、塩基エディターをUditiの神経細胞に導入するためにアデノ随伴ウイルス候補を評価しAAV9を選択し、塩基エディターを二分割して、ディアルAAV9で導入するアプローチをとった。こうして、2023年6月にゴールが見えてきた。当時Chakrabortyは、6ヶ月以内にUditiに処方できるだろうと見ていた。

 2023年10月に、Uditiはこの世を去った。

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