crisp_bio

論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

[出典] "Use of CRISPRoff and synthetic Notch to modulate and relay endogenous gene expression programs in engineered cells" Shi S, Hamann CA, Lee JC, Burger JM. Front Bioeng Biotechnol. 2024-06-18. https://doi.org/10.3389/fbioe.2024.1346810 [所属]  Vanderbilt U

 多細胞生物の発生の軌跡を分子レベルで追跡し、ニッチ内の細胞間の相互作用の履歴を記録するために、様々な方法が確立されてきた。一般的にこれらの技術には、レポータータンパク質の発現をもたらす人工的な遺伝子回路(例えば、Brainbow) や、CRISPRベースの細胞事象記録システム (例えば、MEMOIR, CAMERA, mSCRIBE)が含まれる。これらの方法は、細胞とそのニッチ間の情報の流れを明らかにするためには強力であるが、選択された入力に対する細胞応答の容易で直接的な摂動を可能にするものではない。すなわち、発生の手がかりとなる局所的なシグナルの変化が、どのように形態形成の結果に差異を生じさせるか調べる手段にはならない。

 一方で、発育中のマウス胚における細胞の細胞間接触履歴を記録するために最近導入されたツールのひとつが、ネイティブなNotchシグナル伝達装置をベースとするsynNotchレセプター・プラットフォームである [*]。SynNotchは、内因性Notchのリガンド結合ドメインナノボディやモノクローナル抗体由来の一本鎖可変フラグメント (scFv) に由来する細胞外認識モチーフに置き換えることで、Notchをプログラム可能にした人工因子である。

 さらに、synNotchでは、Notch細胞内ドメインもテトラサイクリントランスアクチベーターのような人工的な転写因子で置き換えられている。従って、synNotchレセプターが固定されたリガンド (すなわち、隣接細胞上に提示されたもの、あるいは細胞外環境に固定されたもの) と結合すると、その結果生じる機械的な力によってNotchコアのプロテアーゼ膜内切断部位が露出し、細胞内転写因子の放出が促進される。この機序により、ユーザーは所望の標的遺伝子の発現を制御可能になる。

 こうして、synNotchを利用すると、synNotchリガンドを提示する「センダー」細胞が、synNotchレセプターを持つ「レシーバー」細胞における導入遺伝子の発現を活性化するような細胞間コミュニケーションプログラムを設計・実行することが可能になる。

 先行研究では、マウスにおいて、GFP感受性のsynNotchレセプターによるレポーター導入遺伝子の発現活性化を介して、細胞系譜特異的なGFPリガンド発現センダー細胞とsynNotchレシーバ細胞間の接触履歴が記録された [*]。このアプローチにより、胚発生の初期に特定の器官(例えば発生中の心臓の内皮) に由来し、その後発生後期に他の器官を占めるように移動する(例えば肝臓の血管系を確立するため)細胞間の事前の接触を精密に追跡することができた。

 著者らはこれに触発され、このシステムをヒト細胞に移植し、さらに改良を加えようとした。すなわち、蛍光タンパク質の発現を介して細胞間相互作用を追跡するだけでなく、内因性転写因子の発現レベルなど、細胞の状態を示すマーカーのネイティブレベルに基づいて、synNotchリガンドの発現をゲートするように拡張することを目指した。

 さらに、synNotchの柔軟な性質を利用して、iPS細胞においてsynNotch活性化の強度に基づいた細胞運命の特異化を目指した。

 最後に、CRISPRを用いた抑制システムを利用して、synNotchのセンダー細胞が発現するリガンドのレベルを制御し、本来の遺伝子発現レベルを生理的に調整できるこのようなツールが、synNotchのレシーバー幹細胞の運命決定を有意に変化させることを著者らは実証した。

 PAX6は、神経前駆細胞を含むいくつかの細胞タイプにおいて、分化のマーカーとして機能する転写因子である。急速に成長している脳オルガノイド発生の分野では、PAX6の誘導は、多能性から神経外胚葉組織への移行が成功したことを示すマーカーとして機能し、これらの細胞は、発達中のオルガノイドにおいて、さらにいくつかの特殊化した神経細胞サブタイプを生じさせる。ゲノム改変によるPAX6の量の変化は、眼の奇形や中枢神経系の欠損をもたらす。PAX6はHEK293T細胞でも発現しており、HEK293T細胞は腎前駆細胞や副腎だけでなく、神経細胞特異的遺伝子のマーカーを発現することが知られている。

 本研究では、HEK293T細胞のPAX6遺伝子座へのGFPL導入遺伝子のヌクレアーゼを介した標的付加を行うことで、synNotchリガンドGFP (GFPL) の発現をPAX6レベルで制御した。また、CRISPR-Cas9を用いて、AAVSIセーフハーバー遺伝子座への標的化組込みを行い、HEK293 synNotchレシーバー細胞を作製した。このシステムで蛍光タンパク質の発現をモニターすることにより、細胞間相互作用の履歴を追跡することができる。さらに、センダー細胞のPAX6を遺伝的に抑制するCRISPRoffツールキットを開発し、ヒトESC細胞の分化因子Ngn2の発現制御を行なった。この結果は、CRISPRに基づく技術とsynNotchレセプター・プラットフォームを組み合わせることで、細胞間相互作用を追跡し、synNotchプラットフォーム構成因子の操作可能な内因性制御に基づいて細胞の状態遷移を偏らせることができる可能性を示している。

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