[注] 分子糊:一般に2種類のタンパク質を結合させる低分子を意味するが、特に、標的タンパク質をE3ユビキチンリガーゼと結合させ分解へ誘導するE3モジュレーターとして注目されている。なお、PROTACは、ユビキチンリガーゼ結合分子と、標的タンパク質に親和性を有する分子をリンカーで結合したキメラ分子 (PROTAC (proteolysis targeting chimera)を意味する。
[出典] 
  • 論文 "A molecular glue degrader of the WIZ transcription factor for fetal hemoglobin induction" Ting PY [..] Bradner JE. Science 2024-07-04/05. https://doi.org/10.1126/science.adk6129 [所属] Novartis Biomedical Research (Cambridge, Basel, Emeryville, San Diego)
  • NEWS "A pill to treat sickle cell disease? Compound that activates fetal gene raises new hope - Drug strategy, shown to produce hemoglobin in lab animals, could rival costly, risky gene therapies" Service RF. Science 2024-07-04. https://doi.org/10.1126/science.z3iyub5
  • PERSPECTIVE "Developing a pill to treat sickle cell disease - A newly identified epigenetic modifier increases fetal hemoglobin in preclinical studies" Higgs D, Kassouf M. Science. 2024-07-04. https://doi.org/10.1126/science.adq3757 [所属] MRC Weatherall Institute of Molecular Medicine, and Chinese Academy of Medical Sciences Oxford Institute
 βヘモグロビンの遺伝性変異に起因する鎌状赤血球症 (SCD) に対する治療法として、成人では発現が抑制される胎児ヘモグロビン (HbF) を再活性化するアプローチは、SCD患者のQOLを著しく改善することが期待される。そこで、HbF発現を誘導する低分子の研究が長年にわたり続けられてきた。今回ノバルティスの研究チームが、赤芽球においてWIZ転写因子を分解することで、HbFを強力に誘導する分子糊 (molecular glue) 分子、dWIZ-1およびdWIZ-2、を発見した。dWIZ-1およびdWIZ-2は、WIZをセレブロン-ユビキチンリガーゼ複合体にリクルートし、分解へと誘導する。

 WIZは、研究チームが今回、タンパク質をユビキチン化するE3ユビキチンリガーゼ複合体の構成因子セレブロン (CRBN) をベースとする化学ライブラリーの表現型スクリーニングにより発見したHbFの転写を抑制する因子 [*1]である 。
[*1]  胎児型γグロビン遺伝子 (HBG1, HBG2 ) の発現を抑制する転写因子はこれまで、 BCL11A, KLF1, c-Myb, LRF, ZBTB7Aなど、多数挙げられている。WIZは、抑制的なG9a-G9alike protein (G9a-GLP) ヒストンメチルトランスフェラーゼ複合体(EHMT1-EHMT2複合体とも呼ばれる)の中心的な構成要素である。

 WIZの分解機構は、三元複合体の結晶構造解析 [*2]から、dWIZ-1によるCRBNへのWIZ(ZF7)のリクルートによって媒介されることが明らかになった。また、WIZの薬理学的分解が、ヒト化マウスおよびカニクイザルにおいて忍容性が高く、HbFを誘導することが確認された。
[*2] PDB 8TZX - DDB1:CRBN:dWIZ-1:WIZ(ZF7)

 低分子によるWIZ分解は、現行のSCD CRISPR治療薬と異なり、低所得国でも利用可能なSCD治療法になる可能性がある。

 PERSPECTIVE記事は本研究をハイライトしつつ、次のような指摘をしている。
 他のエピジェネティック修飾因子と同様に、WIZはエンハンサー、プロモーター、CTCF結合インシュレーターなど、ゲノム全体に広く結合しており、多くの遺伝子の発現に関与していることが予測される。また、様々な組織で広く発現していることから、WIZ分解の安全性の確認・保証が必須である。

 マウスのWIZの変異とG9a-GLP複合体への干渉は、広範な発生異常を引き起こし、妊娠中期から後期にかけて致死的となる [Daxinger et al., 2013]。ヒトでは、WIZとG9a-GLP複合体の変異は様々な遺伝病と関連している。G9aとGLPは神経疾患、癌の進行、免疫細胞の多様化、心臓において重要な役割を担っている [Eisenberg CA, Eisenberg LM, 2019]。従って、dWIZ-2がHbFの発現を"安全に"上昇させる新たな手段を提供し、他の多くの当初有望視されたエピジェネティック修飾剤の二の舞にならないことが望まれる。

[関連論文]
SCDの新たな治療薬候補:HbF発現を誘導するヒストンメチル化酵素 G9a阻害剤 RK-701
[出典] "A specific G9a inhibitor unveils BGLT3 lncRNA as a universal mediator of chemically induced fetal globin gene expression" Takase S [..] Yoshida M, Ito A. Nat Commun. 2023-01-12.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-35404-0 [所属] 東京薬科大学, 理研, 微生物化学研究所, 微生物化学研究所, 杏林製薬株式会社RK-701
 東大のDrug Discovery Initiative (DDI)の化合物ライブラリーのハイスループットスクリーニングのヒット化合物を基に合成した~1,000種類の誘導体の構造活性相関研究からRK-701に到達した;BCL111AとZBTB7Aが長鎖ノンコーディング遺伝子BGLT3の近傍に結合すると他の転写因子G9aもリクルートし、BGLT3 lncRNAの発現が強く抑制される機構も明らかにされた
[Fig. 8引用右図参照]。すなわち、RK-701はG9aを阻害すると, BGLT3 lncRNAの発現が上昇し、ひいては、HbFの発現が復活する