[出典] "CRISPR-CasRx-mediated disruption of Aqp1/Adrb2/Rock1/Rock2 genes reduces intraocular pressure and retinal ganglion cell damage in mice" Yao M, Zeng Z, Li S, Zou Z [..] Zhou X, Huang J. Nat Commun. 2024-07-30. https://doi.org/10.1038/s41467-024-50050-4 [所属] Fudan U, Shanghai Research Center of Ophthalmology and Optometry, Wenzhou Medical U, Queen Victoria Hospital (兼任)

 緑内障は、世界的に不可逆的失明原因の第2位であり、視神経障害と視野欠損を特徴とする。現在、緑内障患者数は8,000万人と推定され、その74%が原発開放隅角緑内障 (primary open angle glaucoma: POAG)である。緑内障患者数は年々増加傾向にあり、20405年には1億1,180万人になると予想されている。緑内障の最も重要な危険因子は眼圧 (intracular pressure: IOP)の上昇である。現在、緑内障に対する有効性が証明され、広く受け入れられている唯一の治療法は眼圧下降である。

 眼圧下降点眼薬の長期使用はほとんどの患者にとって有効であるが、患者が必ずしも処方を遵守しないこと、副作用が、深刻な課題となっており、その有効性には現実には限界がある。一方で、外科的治療 (低侵襲緑内障手術や流出路再建術など) は侵襲的であり、多くの合併症を伴う。したがって、より長い期間効果が継続し、より安全な治療を提供するアプローチが求められている。

 眼圧は、毛様体による房水の産生と、ぶどう膜強膜流出路や線維柱帯網などの経路を介した房水の流出のバランスとして生じる。現在、主な治療法はこの2つの経路に焦点を当てている。アクアポリン1 (Aqp1 ) は、主に毛様体に発現する水輸送性の膜貫通タンパク質ファミリーで、房水の分泌に関与している。先行研究では、CRISPR-Cas9を用いてAqp1 を破壊すると、緑内障モデルマウスにおいてコントロールと比較して眼圧が22%低下することが示された [*]。しかし、Aqp1 の単一遺伝子ノックアウト療法には限界があり、有効性を拡大するためには複数の標的を破壊する必要がある。

 β2アドレナリン受容体  (Adrb2 )遮断薬は、緑内障の治療薬として最も一般的に処方されている薬剤の一つである。また、siRNA化合物 (SYL040012)を用いたAdrb2発現の低下は、毛様体の房水産生を減少させることにより眼圧を低下させることが示されているが [Mol Ther, 2014]、このアプローチでは、効果を長期間維持することは不可能である。房水の産生抑制に対して、房水の流出を増加させることも、眼圧上昇の治療において非常に重要である。いくつかの研究では、細胞骨格制御に関連するRhoキナーゼシグナル伝達経路が房水流出と関連していることも示されている。ROCKファミリーキナーゼ(Rock1Rock2 ) は最も研究されているRhoAエフェクターのひとつである。Rhoキナーゼとそのエフェクター関連の阻害剤、またはsiRNAを使用すると、線維柱帯網細胞の形態に大きな影響を与え、房水流出係数を効果的に増加させ、その結果眼圧を低下させることができ、神経保護に有効である。以上の点から、ROCKファミリーのキナーゼを標的とする長期的効果を狙うアプローチが、魅力的である。

 中国の研究チームは今回、様体のAqp1 Adrb2、あるいは線維柱帯網のRock1 Rock2 を、CRISPR-CasRxの標的とするアプローチによる眼圧下降を介した持続性緑内障療法の可能性を示した。

 CasRxヌクレアーゼは、DNAを標的とするCas9ヌクレアーゼなどと異なり、RNAを標的とするCas13のファミリーであり、ゲノムを改変することの無いより安全な遺伝子サイレンシングのツールを提供する。また、標的に対する特異性が高く、オフターゲット編集が最小限で、標的mRNAを効率的にノックアウトする。さらに、そのサイズがコンパクトなことから、AAVベクターを介した生体内送達が容易である。

スクリーンショット 2024-08-01 7.52.18 研究チームは、最適なガイドRNA (crRNA)を選択した上で [Fig. 1引用右図参照]、CRISPR-CasRxシステムをshH10血清型のAAVウイルス・ベクターで送達することで、線維柱帯網と毛様体を効率的に形質導入できることを示した。さらに、scRNA-seqから、緑内障の2つの異なるモデルマウスにおいて、毛様体のAqp1とAdrb2、あるいは線維柱帯網のRock1とRock2の発現を減少させることが、眼圧を有意に低下させ、網膜RGC細胞を保護し、疾患の進行を遅らせることを明らかにした。また、これらの遺伝子の発現の持続的・長期間の抑制が安全であり、忍容性が高いことも示した。