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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

[出典]
  • 論文 "Continuous multiplexed phage genome editing using recombitrons" Fishman CB, Crawford KD, Bhattarai-Kline S, Poola D [..] Shipman SL. Nat Biotechnol. 2024-09-05. https://doi.org/10.1038/s41587-024-02370-5 [所属] Gladstone Institute of Data Science and Biotechnology, UCSF, UCLA-Caltech Medical Scientist Training Program, Indian Institute of Science Education and Research, Chan Zuckerberg Biohub
  • News & Views "Phage genome engineering with retrons" Osterman I, Sorek R. Nat Biotechnol. 2024-09-09. https://doi.org/10.1038/s41587-024-02392-z [所属] Weizmann Institute of Science
 Gladstone Institute of Data Science and Biotechnologyを主とする研究チームが今回、ファージがレトロンを含む細菌コロニーに感染すると、ファージはレトロンが産生したDNA配列を自身のゲノムに統合することを利用して、ファージゲノムに様々な編集を迅速かつ成功裏に導入するアプローチを実現した。研究チームはこのアプローチを「phage retron recombineering / ファージ・レトロン・リコンビニアリング」と呼び、このアプローチのために改変されたレトロンを含む分子構成要素を「recombitron / リコンビトロン」と称した。

[詳細]
 
 ファージ(細菌ウイルス)を利用して病原性細菌感染症を治療するファージ療法は、抗生物質が発見される以前から知られていたが、近年の抗生物質耐性細菌の蔓延に対する代替療法として改めて期待されている。

 天然のファージによる抗生物質耐性の細菌感染症患者の治療の成功例はあるが、低分子の抗生物質に対する耐性菌の蔓延に対抗していくには、天然のファージのゲノムを改変し、抗菌性の機能を強化する必要がある。

 現在ファージゲノムの改変法のほとんどが相同組換えに依存している。このプロセスには、ファージゲノムの特定の領域と相同性を持ちながら、所望の改変を含む「ドナー」DNAの導入が必要である。ファージがドナーDNA(通常はプラスミド上に導入される)を含む細菌に感染すると、相同組換えによってファージDNAの一部がドナーDNAと置換された改変型ファージが生成される。しかし、このような現象は稀であるため、大量の改変されていない野生型ファージを排除するカウンターセレクションのプロセスが必要になる。CRISPRベースのカウンターセレクションでは、Cas9を使って野生型ファージゲノムを切断するか、Cas13を使って野生型ファージのRNAを発現する細胞を殺傷する。これらのアプローチは、スケールアップが難しく、また、あるファージゲノムに多様な改変を加える必要がある場合に、カウンターセレクションをそれぞれの改変に合わせて個別に行う必要があり、極めて時間と労力のかかるプロセスになってしまう難点があった。

 野生型ファージにはない強化型ファージは、完全に合成することも可能である。生体外で改変ファージDNAを合成し、そのDNAを細菌細胞に形質転換するか、無細胞の転写・翻訳反応に加えることで、ファージゲノムに一度に複数の変異を導入することができる。ファージの「リブート」と呼ばれるこのプロセスは、しかし、特にゲノムが大きいファージにとっては、コストが高くまた非効率的である。

 今回の研究でFishmanらは、これらの方法を改良したファージゲノム工学のシステムを開発した。この方法では、ファージゲノム内の複数の部位に、迅速かつ効率的に、しかもカウンターセレクションの必要なく改変を加えることができる。この目的のために、研究チームは、相同組換え用のドナーDNAの代替供給源としてレトロンを用いた。レトロンは細菌のレトロエレメントであり、ファージ感染から細菌を守るために自然に存在する。これらのエレメントは、ノンコーディングRNAと逆転写酵素から構成されている。逆転写酵素はノンコーディングRNAの特定の領域を鋳型として、一本鎖DNAを合成する。ノンコーディングRNAの鋳型を所望の編集を含む配列に置き換えることで、レトロンはゲノム工学用のドナーDNA鋳型を作り出すのに利用できる。ファージゲノム改変のためにレトロンを最適化するために、Fishmanらは、改変レトロンの発現と、ファージDNAの複製フォークのラギング鎖へのドナーDNAの効率的なアニーリングを確実にする一本鎖アニーリングタンパク質とを組み合わせている。その結果、レトロンが生成したドナーDNAは、新たに複製されたゲノムに組み込まれる。

 ファージ・レトロン・リコンビニアリングと命名されたこのゲノム工学ツールは、点突然変異、最大300bpの欠失、最大30bpの挿入など、数種類の遺伝子操作を可能にする。リコンビトロンと呼ばれる改変型レトロンを発現する細菌に感染した野生型ファージは効率的に編集され、リコンビトロンを発現する細胞の新鮮な培養物に子孫ファージを感染させるプロセスを繰り返すと、各ラウンドで編集されたファージの割合が増加する。著者らは、組換え条件を最適化する改良宿主株を用いれば、編集率をさらに改善できることを示している。全体として、3ラウンドの培養後、編集率はλファージで95%以上、T7ファージで30%、T5ファージで5%であった。編集されたファージの割合が高いため、カウンターセレクションが不要となり、このアプローチの大きな利点となっている。

 ファージ・レトロン・リコンビニアリングの主な利点は、一度の実験で複数の改変を行えることである。この多重編集は、複数の細菌株を混合し、それぞれがファージゲノム内の異なる遺伝子座を標的とする異なるリコンビトロンを発現させ、これらの培養物を通してファージを増殖させることで、実現する。このような条件下では、新たな感染イベントがそれぞれ、いずれかのリコンビトロンから編集を受ける機会となる。新鮮な培養液で3ラウンド増殖させると、1つのファージに最大5つのエディットが蓄積されることを示している。

 研究チームは、ファージT7尾部繊維タンパク質の先端ドメインに複数の修飾を導入することにより、多重編集の有効性を実証した。このドメインは宿主細菌のリポ多糖を認識するのに関与しており、リポ多糖を構築する遺伝子が変異した細菌はファージ感染に耐性があることで有名である。著者らは8種類のリコンビトロンを使用し、それぞれ異なる変異を起こすように設計した。この混合物を用いて、コンビナトリアル変異を持つファージを数十個作製し、変異宿主に対するファージ感染特性を向上させる特定の組み合わせを同定した。

 ファージ・レトロン・リコンビニアリングに限界がないわけではない。一つの限界は、T2やT4のような修飾DNAを持つファージの編集効率が低いことである。この課題に対しては、細菌ゲノム中に自然に存在する何千ものレトロンをサンプリングすることで、DNAを改変したファージを編集する能力が向上したレトロンを発見する対処法が考えられる。大腸菌とは異なる宿主細菌で、より多くのファージを用いてリコンビトロンをテストすることで、この方法の可能性が見えてくるであろう。

 ファージ・レトロン・リコンビニアリングが加わったことで、レトロンは、制限酵素やCRISPR-Casも含む遺伝子工学技術のツールボックスの中で、その地位を確固たるものにしつつある。これらの技術はすべて、もともと細菌をファージから守るために進化した免疫システムに由来していることは注目に値する。最近、細菌の免疫システムとして、これまで知られていなかった多くの防御システムが発見が続いている [Nat Rev Microbiol. 2023 https://doi.org/10.1038/s41579-023-00934-x]。
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