crisp_bio

論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

[出典]
要旨

 UW Seattleの元根啓佑とDaphne Kontogiorgos-Heintzらが、市販のナノポアセンサーアレイを用いて、単一タンパク質を構成する長いアミノ酸鎖を読み取る方法を確立した。
  • AAA+ファミリーのアンフォルダーゼClpXを用いて、CsgGナノポア [PDBj 4UV3] を通してタンパク質を上げ下げすることにより、ClpXが2残基のステップで基質を移動させることを発見した。
  • この機構を利用して数百アミノ酸の長さの合成タンパク質鎖上の単一アミノ酸の特定を実現した。
  • 単一アミノ酸置換の組み合わせの配列決定や、リン酸化などの翻訳後修飾のマッピングに応用した。
  • 個々のタンパク質分子を何度も読み直す能力も実証し、高精度のタンパク質バーコード配列決定の可能性を示した。
  • さらに、残基の体積と電荷に基づいて事前に生のナノポアシグナルをシミュレートできる生物物理学的モデルを開発し、生のシグナルデータの解釈を強化した。
  • これらの方法が完全なエンド・ツー・エンド解析に利用可能なことを、折りたたまれたタンパク質の全長ドメインの解析で実証した。
 本研究は、1分子分解能で全長プロテオフォームを同定し、特徴付ける可能性を持つプラットフォームの概念を実証した。
 
詳細

 ヒトゲノムプロジェクトが完了した直後、タンパク質をコードする配列として同定された約2万個のDNA断片は、ヒトの身体に存在する細胞の構造と機能の多様性を説明するには極めて不十分であることが明らかになった。それ以来、これらの配列はタンパク質の多様性の出発点に過ぎないことが明らかになった。遺伝子の一部をつなぎ合わせることで、ゲノムに直接表れないタンパク質の変異体をコードすることができ、またタンパク質は生成直後に化学的に修飾され、その機能を再プログラムすることができる。

 このような変異体や修飾の検出と定量は、現在のところ、タンパク質分子の特定のモチーフに高親和性で結合する生体分子や、精製タンパク質を分解して得られる断片の特性評価に依存していた。その中で、ワシントン大学を主とする研究チームが今回、タンパク質鎖を一度に数アミノ酸残基ずつ、ナノポアの小さな孔に通すことによって、タンパク質配列情報を直接読み取るアプローチを実現した。

 1996年、長い生体高分子分子を電場によって一方向に引っ張ると、膜の生物学的チャネル(ナノポア)を流れるイオンによって生じる電流を測定できることが報告された [PNAS, 1996]。電流は、生体高分子上の化学基によってイオンの流れがどれだけ妨げられるかによって変化する。この発見は、測定されたイオン電流の変化を利用してDNA分子の塩基配列を決定する、ナノポアDNAシーケンスの開発につながった [Nat Biotechnol, 2012]

 ナノポアDNAシーケンスの開発は、DNA分子の「バックボーン」が均一な電荷を持っていることに助けられた。また、4つのDNAヌクレオチドが類似した化学構造を持ち、チャネルを通るDNAの動きを制御するために酵素を使用できることも助けになった。ナノポアシークエンスの原理をタンパク質に応用するのはより難しく、克服すべき課題がいくつかある。タンパク質の配列を決定できるようにタンパク質を展開する方法を見つけること、タンパク質鎖の不均一な電荷を克服してナノポアを通して一方向に輸送できるようにすること、イオン電流だけを使ってタンパク質の一般的で化学的に多様な20種類のアミノ酸側鎖を区別すること、などである。

 一方向性に輸送する課題を解決するために、研究チームたは2段階のプロセスを用いた。まず、目的のタンパク質に、負電荷を帯びた「テール」を取り付けて電場を介してナノポアを素早く通すようにしつつ、タンパク質がナノポアを完全に通過してしまわないように、かさばる「ストッパー」も取り付けた。次に著者らは、タンパク質分解の過程でタンパク質をアンフォールドする酵素の一種であるClpXを用いて、ナノポアの狭窄部に糸状になったタンパク質鎖の一部を順次提示する方法で、分子をポアを通して引き戻した。第二段階のナノポアに流れるイオン電流は、タンパク質の配列に依存した顕著な経時変化を示し、嵩高いアミノ酸残基のペアが特に明瞭な電流遮断をもたらした。

 研究チームは、ナノポアを通過する嵩高い残基のペアを観察した結果、ClpXがタンパク質鎖を一度に2残基ずつ引っ張るという基本的な発見をした。これまで知られていなかったこの酵素の特性は、タンパク質配列決定実験におけるイオン電流データのアミノ酸配列解読に大いに役立つ。しかし、酵素の作用は完璧ではない。すなわち、ClpXは、特定の残基の伸張に遭遇すると、タンパク質へのグリップを失う。研究チームはこの特徴を巧妙に利用した。すなわち、このようなスリップする配列をタンパク質鎖に沿って巧みに配置することで、研究チームは目的の配列を何度も巻き戻して読み直し、配列決定の忠実度を著しく高めた

 異なるアミノ酸側鎖がイオン電流に及ぼす影響を系統的に研究するため、著者らは1残基だけ異なる複数の配列を含むカスタムタンパク質を合成した。これらのタンパク質を測定した結果、電流遮断の振幅は、荷電残基を除けば、アミノ酸残基の体積とほぼ相関した形で、異なる挙動を示した

 研究チームは、これらの実験データを電流遮断の単純な物理モデルで補完し、aminocallerと名付けた人工ニューラルネットワークを開発した。これにより、イオン電流データから特定の残基を正しく同定することに成功した。著者らは、環境ストレスにさらされたときにタンパク質鎖が自発的に獲得する損傷量を定量化することで、この配列決定法の可能性を示した。また、長いタンパク質鎖の酵素による修飾をマッピングし、1回の実験で100以上のタンパク質の変異を同定することで、このアプローチの感度を示した。

 ナノポアシステムは、20の一般的なアミノ酸残基の検出と同定、タンパク質配列の再読込、および酵素によって誘発されるタンパク質修飾のパターンを明らかにするために、以前に使用されてきた。このようなシステムはClpXでも機能することが示されている。したがって、本研究の最も革新的な特徴は、あらゆるタンパク質に付加できる「アダプター」配列(テールやストッパーなど)を開発し、1つのナノポアシステムでタンパク質のロード、読み取り、巻き戻しを可能にしたことである。

 このような配列をタンパク質に付加することは、特にこれまで配列決定されていないタンパク質を分析する場合には現実的でないし、研究チームのアプローチをハイスループットで商業的に実行可能な技術に変換することは難しいかもしれない。しかし、折り畳まれた自然界に存在するタンパク質にこの方法を適用できるという原理実証は、十分な努力によって実用的な課題を克服できることを示唆している。

 本研究は、個々のタンパク質とあらゆる修飾、損傷、変異体を同定できる装置の開発への道を開いたが、de novoタンパク質配列決定はそれほど簡単ではないようだ。1つの難点は、今回のセットアップでは、多くの残基が同時にイオン流をブロックすることで測定電流に影響を与えることであるが、電流をブロックする残基の数は、ナノポアの狭窄を短くするか、タンパク質を高い張力下に置くことで減らすことができる。

 もう一つの注目すべき課題は、イオン電流測定から任意のタンパク質配列を同定する方法を見つけることである。単純な理論モデルであれば、既知の配列における残基の単一置換のシグネチャーを予測できるかもしれない。しかし、複雑な未知の配列を理論的に解析するには、残基とナノポアの内壁との間の複雑な相互作用のため、タンパク質分子の原子レベルでのコンピューター・シミュレーションが必要になる可能性がある。市販のナノポアの構造を公開するか、独自構造でないナノポアに開発努力をシフトすることで、de novoナノポアタンパク質配列決定のためのプラットフォームの出現を早めることができる。

[ナノポアを利用したタンパク質解析関連crispr_bio記事] 
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット