2024-10-10 4回連載が予告されていたこの投稿は、2回目「期待管理」、3回目「反ワクチン波へのアプローチ」そして第4回「科学、政策そして価値観」と続いた。
[期待管理]
COVIDワクチンに関する初期のメッセージングは、例えば、「ワクチンによって100%感染を阻止できる」といったように、国民の期待をあまりにも大きくしたことで、パンデミックが続く中で、大きな失望を招くことになった。国民の信頼を獲得し、維持するためには、特に急速に発展している公衆衛生の危機の間は、過度に単純なメッセージングを避け、不確実性を伝える必要がある。
[反ワクチン派へのアプローチ]
否定的な行動を社会的に受け入れられないものとして強化するプロセスは有益である可能性があり、喫煙を減らすキャンペーンのような公衆衛生の取り組みで成功していることが証明されている。しかし、これは諸刃の剣である。ある行動を非正規化しようとする努力は、羞恥心やスティグマにつながり、何の役にも立たない。喫煙や飲酒に関する文献から、羞恥心やスティグマは効果がないばかりか、しばしば逆効果になることがわかっている。ある研究では、喫煙に関する否定的なステレオタイプにさらされることで、実際に喫煙への意欲が高まることが分かっている。
優しさ、共感、そして共通の価値観でつながることが、ワクチンと科学への信頼を回復する道である。即効性は無いが、少なくとも、関係を破壊する代わりに橋渡しする可能性が見えてくるだろう。
[科学、政策そして価値観]
科学の権威は、その客観性から生まれる。研究が然るべく設計されていれば、結果は実験を行った科学者に左右されない。民主党、共和党、キリスト教、無神論者、保守派、リベラル派が同じ実験を行い、同じ答えを得ることができる。
科学に基づいた政策は非常に重要であるが取り扱いが難しい。まず、科学自身は、科学的知識をどのように利用すべきかを教えてはくれない。政策は、データに加え、倫理、優先順位、資源、文化によってもたらされる、客観的データと主観的価値観の複雑な組み合わせである。2人の人間がデータに同意しても、そのデータに基づいてどのような決定を下すべきかについては意見が異なることがある [UC BerkeleのUnderstanding Science 101]。
価値観に関しては、謙虚さを持つことが必要だ。我々は皆、自分の価値観が正しいと思っているが、それを検証する科学的なテストはない。自分の意見を守るために倫理的な議論をすることはできるが、それは科学的事実とは別のものである。
今後は、何がデータなのか、そしてそのデータの上にどのような価値観を重ねているのかを明確にする必要がある。その境界線が曖昧になると、科学への信頼が損なわれていくことになる。COVIDパンデミックでは、価値観や政治的な曲解のない「データ/事実」を提供する情報源があまりに少なかった。
ワクチン義務化は正しい決断だったのか?間違った決定だったのか?救われた命、失われた雇用、医療能力、政府の権威、科学への信頼、その他多くの複雑な要素をどう評価するかによって、人によってその答えは異なるだろう。
科学に戻ると、科学的不確実性を伝えることが必要だ。人々は暗黙のうちに、新たなデータや変動するデータではなく、確立された「教科書的」事実を期待している。科学者は預言者にはなれないが、COVID-19パンデミックのように急速に進化する状況においては、不確実性を伝えるために最善を尽くすことはできる。
[出典] "Science, Policy, and Values - Be clear on where the data enda and opinions begin" Panthagani K. Your Local Epidemiologist. SUBSTACK 2024-10-09. https://yourlocalepidemiologist.substack.com/p/science-policy-and-values
2024-09-29 初稿
[出典] "Why is trust in vaccines declining?" Panthagani K (Your Local Epidemiologist: YLE), SUBSTACK 2024-09-24. https://yourlocalepidemiologist.substack.com/p/why-is-trust-in-vaccines-declining
[出典] "Why is trust in vaccines declining?" Panthagani K (Your Local Epidemiologist: YLE), SUBSTACK 2024-09-24. https://yourlocalepidemiologist.substack.com/p/why-is-trust-in-vaccines-declining
[注] 今回は、Kristen Panthagani医学博士 (Yale Emergency Scholar)の考察が紹介されている

しかし、一般には、COVID-19のパンデミックの間に、COVID-19ワクチンに対する信頼は薄れ、COVID-19ワクチン以外の小児期の定期予防接種のようなワクチンに対しても、不信感が波及した。
ワクチン不信の蔓延に、誤報(misinformation)と偽情報(disinformation)が大きな役割を果たしたことは間違いないが、問題はそれだけではなかった。公衆衛生当局や研究者と一般市民の間のミスコミュニケーション(miscommunication)が問題だったのである。
例えば、一般市民は次のような疑問を抱いた:
- COVID-19ワクチンは、小児用ワクチンと同じようにSARS-CoV-2に感染しない免疫を与えてくれるものだと思っていたのに、なぜ、ワクチンを接種してもCOVID-19になってしまうのか?
- COVID-19ワクチンは全て重篤化や死亡から私たちを100%守ってくれるのではなかったのか。ワクチンを接種しても、COVID-19で亡くなるのか?
- もしワクチンが感染を防ぐのであれば、なぜワクチンを接種した人はいまだにマスクをする必要があるのか?
- COVID-19に感染しても風邪とかわらないのなら、麻疹や他の病気にかかっても問題ないのだから、他のワクチンも接種する必要ないのでは?私たちは過剰反応しているのでは?
これらはすべて、当然の疑問であるが、提供された回答が、絶えず変化し [*]、不十分であり、混乱を招いたことから、「COVID-19ワクチンは実際には効果がなく、当局やワクチン製造会社は失敗したワクチンを推し進めた。ひいては他のワクチンも同じだったに違いない」という認識が広がってしまった。
[*] crisp_bio注: 結果的に感染力が強く重篤化のリスクも高かった未知のウイルスに対して、専門家も試行錯誤しながら、予防と治療に当たらざるを得なかった。日本のある大学病院のベテランの看護士がテレビの取材にて吐露した「これまでに経験したことのない感染症だ。急速に悪化し亡くなられてしまう」というコメントが今でも印象に残っている。また、米国では、ニューヨーク市の病院前に遺体安置用冷凍車が並んでいる映像 [LEE, 2020]、テキサス州からの「(知事がマスク着用義務化などの措置に反対する中で)、遺体安置用の冷凍車が複数手配された」というニュースも忘れられない [CNN Japan, 2021]。
[*] crisp_bio注: 結果的に感染力が強く重篤化のリスクも高かった未知のウイルスに対して、専門家も試行錯誤しながら、予防と治療に当たらざるを得なかった。日本のある大学病院のベテランの看護士がテレビの取材にて吐露した「これまでに経験したことのない感染症だ。急速に悪化し亡くなられてしまう」というコメントが今でも印象に残っている。また、米国では、ニューヨーク市の病院前に遺体安置用冷凍車が並んでいる映像 [LEE, 2020]、テキサス州からの「(知事がマスク着用義務化などの措置に反対する中で)、遺体安置用の冷凍車が複数手配された」というニュースも忘れられない [CNN Japan, 2021]。
正当な質問に対して適切な回答が得られなかったり、時に矛盾した回答が戻ってきたり、共感が得られなかったりすると、信頼が低下するのは無理からぬことだ。そして、信頼が低下し始めると、人々は耳にした「噂」を信じるようになりがちである。
誤報や偽情報は無くならないし、専門家はそうした風評に対処し続けなければならない。しかし、風評の発生自体を止めることは不可能である。公衆衛生と医療の分野では、専門家はコントロールできること、つまりコミュニケーションをより良くすること、に関心を持ち注力すべきである。
その第一歩は、何が間違っていたのかを明らかにすることである。この連載では、COVID-19ワクチンとそれにまつわるミスコミュニケーションの問題を振り返る。昨日のデータはすでに時代遅れになってしまう致命的なパンデミックの中で、両極化していった国民の誰にでも情報を然るべく伝えるのは容易なことではなかった。
専門家は次に備えて今こそ、パンデミックの間に自分たちのメッセージが一般社会にどのように受け取られたかを理解しておく必要がある。

おりしも、英国Wellcome Collectionの展示”Being Human"から、日本における子宮頸癌 (HPV)ワクチンの「問題」を可視化したパネルがX(旧ツイッター)[右図参照]で紹介されていた。日本では2013年から14年にかけて、HPVワクチンの副作用に対する懸念が広がり、当局も接種の積極的な推奨を止め、HPVワクチンの信頼が失墜し、接種率が当初の70%以上から1%以下にまで落ち込んだ。
日本で子宮頸癌とワクチン接種についての認識と理解が広がり、徐々に接種率が向上しはじめたのは2020年に入ってからであり、当局も、2022年4月になってようやく、HPVワクチン接種の積極的な勧奨を再開した。約8年ぶりにのことであった。
ここで、各国のHPVワクチン接種プログラム対象女子の接種率の推移と 世界の子宮頸癌罹患率の推移を、HNHK > 首都圏ナビ > 首都圏ネットワーク2024-09-20から下図に引用する:

ここで、各国のHPVワクチン接種プログラム対象女子の接種率の推移と 世界の子宮頸癌罹患率の推移を、HNHK > 首都圏ナビ > 首都圏ネットワーク2024-09-20から下図に引用する:


反HPVワクチンの高波に溺れてワクチン接種率が極端に低下しなければ(左上図)、日本におけるHPV罹患率は、各国の中で2000年にはいる前の位置を維持し、今でもオーストラリアや米国を下回っていったことだろう。ところが、日本では、HPVワクチン接種が数年間ほとんど止まってしまった中で、防ぐことができたはずの子宮頸癌罹患ひいては子宮頸癌死が続いてしまったのである。なお、日本の子宮頸癌罹患率は2019年時点で、調査された176カ国の中では87位、G7中ではワースト1位, G20の中ではワースト5位であった [JOICFP]。
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