crisp_bio

科学分野の比較的新しい論文と記事を記録しておくサイト: 主に、CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム編集, エピゲノム編集, 遺伝子治療, 分子診断/代謝工学, 合成生物学/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野) の観点から選択し、時折、タンパク質工学、情報資源・生物資源、新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症、機械学習・AIや研究公正からも選択

[出典] “EDIT KILL THE MESSENGER - New treatments aims to counteract mutant genes by fixing the faulty RNA they produce” Leslie M. Science 2024-10-24. https://doi.org/10.1126/science.z5vhbw1
[注] crispr_bioではこれまでに、Nature誌のニュース記事に準拠してRNA編集治療について以下の2つの記事を投稿してきたが、今回は、Science誌のニュース記事に準拠した:
 RNA編集にはDNA編集には無いいくつかの利点がある:ヒト細胞が自然に行うプロセスであること、ヒトの遺伝子を永久に変えてしまう危険性がないこと、CRISPR-Cas9遺伝子治療のように異物(バクテリアの酵素)をヒト細胞に導入しないことである。RNA編集療法の可能性は1990年代から言われてきたが、近年、製薬会社における臨床試験が進み始めた。

[参考資料] 「RNA編集技術を用いた難病治療法開発の世界的な現状」森本 悟 (慶應大・再生医療リサーチセンター) 首相官邸 健康・医療戦略推進本部 第10回 再生・細胞医療・遺伝子治療開発協議会. 2024年4月4日. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/saisei_saibou_idensi/dai10/siryou1-4.pdf

 Science 誌の記事は、Monica Coenraadsと、今ではレット症候群と診断されている娘のChelseaの2歳から28歳までの物語から始められている。レット症候群は1966年にオーストリアの小児精神科医Andress Rettにより発見され、現在では、主としてX染色体上に存在するMECP2遺伝子の突然変異によって引き起こされことが特定されているが、まだ治療法は存在しない。Monica Coenraadsが立ち上げたRett Syndrome Research Trust (RSRT) は最近、DNA編集療法への資金を提供するだけでなく、MECP2変異から転写されるRNAの編集による療法研究に850万ドルを投資した。
[注] RSRTのWebサイトには"Gearing up for the Clinic: Unlocking the Mysteries of RNA Editing"という2024年4月3日付のWebページが用意されている。

 レット症候群のRNA治療薬はまだ存在しないが、Wave Life Sciences(WLS)が2024年10月16日に、、A-to-I RNA編集オリゴヌクレオチドをベースとするRNA編集治療薬WVE-006により、肝臓や肺に害を及ぼす生命を脅かす遺伝病α 1 -アンチトリプシン欠乏症(α1-antitrypsin deficiency:AATD)の患者において、正常なタンパク質の産生が促進されたと発表した。WLSの他にも、例えば、Ascidian Therapeutics、RznomicsおよびHuidaGeneが、眼疾患または癌を対象とするRNA治療薬のテストを始め、多くの企業が、大手製薬会社と提携しながら、開発に取り組んでいる。一方で、アカデミアは、RNA編集のメカニズムを深く掘り下げようとしている。

 RNAを改変する新しいアプローチを開発しているハーバード大学医学部の生物工学者Jonathan Gootenbergの研究室では研究者たちは、効率と精度の向上、必要な分子の送達方法の改善、副作用の抑制など、多方面からこの技術の改良に取り組んでいるが、Gootenbergは「RNA編集はCRISPRに取って代わるものではない」と言う。また、デューク大学医学部の生物工学者Aravind Asokanは「標的とする疾患を正しく選択することもまた重要である」、「すべては慎重に用途を選択することに帰結する」と言う。

 現在、CRISPRを利用した治療法を含め、少なくとも12種類のDNAを編集する遺伝病治療法が承認されている。これらの治療法は、鎌状赤血球貧血、筋ジストロフィーの一種、その他いくつかの病気を対象としている。さらに、CRISPRを用いた治療法だけでも40以上の臨床試験が行われている。しかし、本記事の冒頭で触れたように「DNA編集の代わりにRNA編集にはいくつかの大きな利点がある」と、シカゴ大学海洋生物学研究所の分子生物学者でありRNA編集企業Korro Bioを立ち上げたJoshua Rosenthalやカリフォルニア大学サンディエゴ校の生物工学者Prashant Maliなども言う。

 さらに、現在開発中のRNA治療薬の多くは、免疫系を刺激しないようにする細胞メカニズムを利用している。ユタ大学の生化学者Brenda Bass は、「ヒトのmRNAは一本鎖で始まるが、すべてのRNAは折り畳まれることから、二重鎖になると、二本鎖RNAを持つことの多いウイルスに応答する細胞アラームが作動し、炎症が引き起こされる」と言う。Bassらは1980年代にこの「細胞アラーム」を回避するヒト細胞内因性の機構であり、主としてタンパク質をコードしない領域で発生するRNAの「A(アデニン)-to-I(イノシン)」変換、を発見していた。この「A-to-I」変換は、RNAに作用するアデノシンデアミナーゼである酵素ADARによって行われる。

 A-to-I変換を実現するADARによるRNA編集は、遺伝子治療のツールとして有望である。まず、多くの遺伝性疾患が、mRNA分子の特定の位置で、グアノシンをアデノシンに変化させる遺伝子変異に起因している。次に、mRNAがタンパク質へと翻訳される際に、mRNA中のイノシンがグアノシンとして読み取ることから、ADARを介して、病因変異のアデノシンをイノシンを経て正常なグアノシンへと修正できるからである。標的のアデノシンのイノシンへの変換には、ADARをmRNA上の標的部位にガイドするRNA、標的とするmRNAの一部の配列を補完する配列を持つ短い鎖(オリゴヌクレオチド)、を、合成・利用する。

 ADARを、異常なタンパク質の機能修正だけでなく、タンパク質の機能のオン・オフ、タンパク質間相互作用(PPI)の改変、細胞内での配置改変、タンパク質分解速度の調節、などに利用する試みも行われている。ProQR Therapeutics社は、胆汁鬱滞性疾患(Cholestasis)の治療にこのアプローチを用いることを目指している。同社が開発したRNA塩基エディター"Aixomer"を利用して、胆汁酸を肝臓で最も多い細胞である肝細胞に取り込む受容体に存在するアデノシンをイノシンに変換することで、受容体の機能を阻害し、肝細胞に過剰に胆汁酸が蓄積されるのを抑制するアプローチである。同社は、2024年末か2025年早々に、臨床試験の開始を予定している。

 Rosenthalは10月のWLSの発表以前から。どのRNA編集治療薬が最初に米国FDAから認可を受けるかについて「予想するとすれば、A-to-I」でしょうと、楽観的であったが、一方で、ADARの効率を高め、副作用につながる可能性のあるオフターゲット作用を抑制する方法の研究が継続中である。

 その中で、例えば、ガイドRNAを化学的に修飾することで、編集効率を改善できることが明らかになり、WLSのオリゴヌクレオチドは、ウラシルの塩基を修飾したもので、他の修飾でも効果が期待できる。UCSDの生物工学者Prashant Maliらの2022年の研究では、ガイドRNAの末端を結合させてループ状にすることで、ヒトの培養細胞やヒトの代謝性疾患を模倣した変異マウスでの編集効率が向上することが示された。環状RNAは天然のRNA破壊酵素の影響を受け無いことから、細胞内で長持ちすると考えられている。
 
 また、オフターゲット作用については、カリフォルニア大学デービス校の化学者Peter Bealが率いるチームは、ガイドRNAの特定の位置に特定のヌクレオチドを配置することで、標的のアデノシンの近傍のアデノシン(innocent adenocine)を遮蔽できることを示した [ACS Chem Biol, 2013]。ロック核酸(locked nucleic acid)と呼ばれる耐久性のある分子が、"innocent adenocine"を保護する。

 ADARSは原理的には、遺伝病を引き起こす約20,000のグアノシンからアデノシンへの突然変異を修正することができる。この数にはレット症候群の約3分の1の原因となっている変異も含まれている。しかし、ハーバード・メディカル・スクールの生物工学者、Omar Abudayyehは、このアプローチの限界を指摘する。一つには、それぞれの突然変異に対してガイドRNAを設計し、テストしなければならないことである。もう一つには、ADARは10万を超える他の病気の原因となる遺伝子の変異にはほとんど役立たない。これらの変異には、酵素が修正できない一塩基の変化や、DNAセグメント全体の増減のような大きな欠陥が含まれることがある。

 そこで、Abudayyehと共同研究者のGootenbergを含む研究者は、ヒト細胞内因性のスプライシングを利用しようとしている。この過程で、細胞はmRNA前駆体分子を編集し、イントロンを除去し、エクソンをつなぎ合わせてタンパク質への翻訳へと進む。ほとんどの場合、細胞は同じmRNA前駆体からエクソンをつなぎ合わせてmRNAを作る(シス-スプライシング)。しかし時折、mRNA前駆体の一部が、異なるmRNA前駆体に取り込まれることがある(トランス-スプライシング)。このトランス-スプライシングを引き起こして、欠陥のあるmRNAの大部分を正しい配列に置き換え、様々な変異によって引き起こされる疾患を、RNA編集によって治療するアプローチが、考えられる。トランス-スプライシングが盛んな海洋生物群にちなんで名づけられたAscidian Therapeutics(https://ascidian-tx.com)は、このメカニズムでスターガルト病の進行を遅らせることができるかどうかを検証するため、RNAエクソン編集薬ACDN-01の臨床試験を2024年夏に開始した。韓国のRznomics社も肝臓癌と脳腫瘍の治療法としてトランス-スプライシングの臨床試験を2件行っている [Clinical Trials Arena, 2024-07-15]。2025年には、遺伝性の眼病である網膜色素変性症に対する臨床試験を開始する予定である。

 トランス-スプライシングには効率の問題がある。いくつかの研究では、この方法で修正された欠陥mRNAは1%未満であった。この数字を上げるために、免疫反応を引き起こす危険性があるにもかかわらず細菌のCasタンパク質を採用するなど、いくつかの戦略が模索されている。例えば、デューク大学のAravind Asokan等は、Cas9と異なりDNAの代わりにRNAを切断するCas13の不活性版 (dCas13)に注目し、mRNAのロバストなトランス-スプライシング法を開発し、CRISPR Assisted mRNA Fragment Trans-splicing(CRAFT)として発表した [crisp_bio 2024-03-18更新]。また、Abudayyeh、Gootenbergたちは、dCas13dとは別にCas7-11を利用して、トランス-スプライシングの効率を5%から50%に向上させたことを、プレプリント・サーバのbioRxiv に投稿した [crisp_bio 2024-02-08]。

 Casタンパク質は、変異mRNAを単にスライスすることによっても編集することができる。中国HuidaGene社がスポンサーとなっている臨床試験では、加齢黄斑変性症やMECP2重複症候群(レット症候群の逆で、MECP2レベルが高すぎる神経学的・発達障害)の患者に対して、このアプローチを評価する予定である。また、モンタナ州立大学のBlake Wiedenheftは、Casタンパク質によるmRNAの変異領域の切除とヒト細胞内在のRNA修復過程を組み合わせたRNA編集法を追究し、嚢胞性線維症の治療への可能性を2024年5月17日にScience 誌から発表した [crisp_bio 2024-06-16更新]

 イリノイ大学 Urbana-Champaign校の生物工学者Thomas Gajは、「RNA編集の分野は未だ黎明期にある」と言う。その中で、RNA編集分子を標的の臓器や細胞へ送達する技術が、最大の障害になっている。さらに、効率の低さも依然として課題である。また、確立されたDNA編集をベースとする遺伝子治療薬や、siRNA治療薬 6種類、オリゴヌクレオチドをベースとする治療薬 18種類との競争もあるが、RNA編集剤による変異mRNAの除去または正常化は、遺伝子治療剤として追究すべきアプローチである。

[注] Science掲載記事の挿入図に3種類のRNA編集法の模式図が用意されている:ADARをベースとするA-toーI変換;トランス-スプライシング;RNAの切断と修復 (cutting and healing)

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