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- 何十年もの間、抗体は生物医学研究の武器であり凶器であった。この状況が変わろうとしている
2025-02-19
福島医大トランスレーショナルリサーチ機構の「市販抗体格付けと3つ星抗体」へのリンクをここに追加し、Webページの「はじめに」の一部を以下に引用

福島医薬品関連産業支援拠点化事業(福島事業)においても、独自開発したタンパク質マイクロアレイシステムを活用し、抗体問題解決への取り組みを進めています。福島事業のタンパク質マイクロアレイには、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成技術により独自に合成した16,000種類を超えるヒトリコンビナントタンパク質が、1枚のスライドガラス基板上に固定されています。これはヒトの全遺伝子の約70%に相当し、さまざまなカテゴリーのタンパク質が揃っています。また、標準配列を持つタンパク質だけでなく、がんにおいて多く見られる変異体や融合タンパク質が豊富に揃っているのも特長です。このタンパク質マイクロアレイを用いて、市場に流通している研究用抗体試薬について、アレイ上の標的タンパク質に対する反応性と、同じく標的ではないタンパク質(オフターゲット)に対する反応性(交差反応性)を調べています。すなわち、抗体の特異性の検証です。さらに、これらの評価の結果をもとにした各抗体の格付けを行っています。

 福島事業ではこれまで、約2,000品目の抗体について特異性の検証を終え、そのうち1,600品目以上の抗体を格付けしました。本レポートでは、福島事業のタンパク質マイクロアレイによる抗体の評価ならびに格付け方法のご紹介と、格付け最上位ランクの抗体の品目リストを開示いたします。皆様の研究に是非お役立てください。」

2024-11-11 Nature 誌ニュース記事に準拠した初稿

[出典] NEWS FEATURE "The antibodies don’t work! The race to rid labs of molecules that ruin experiments" Kwon D. Nature 2024-11-06. https://doi.org/10.1038/d41586-024-03590-0

 Carl Laflammeは研究したいタンパク質はわかっていたが、それをどこで見つけるかはわかっていなかった。このタンパク質はC9ORF72と呼ばれる遺伝子にコードされており、一部の運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症 (ALS) としても知られている)の患者では変異している。Laflammeは、この病気におけるC9ORF72の役割を理解したかったのである。


 カナダのモントリオール神経研究所病院でポストドクとして働き始めたとき、Carl Laflamme筋萎縮性側索硬化症 (ALS)の患者で変異しているC9ORF72と呼ばれる遺伝子にコードされているタンパク質の研究を始めようと、一連の文献を読み解いた結果、この謎の分子が細胞内のどこで働いているのか、文献ごとに異なってるという混乱状態に、行き当たった。その時Laflammeは、試薬、特に科学者がタンパク質の量を測定し、細胞内の位置を追跡するために使用する抗体のせいではないかと考えた。そこでLaflammeと同僚たちは、市販されている抗体をテストすることにした。その結果、C9ORF72がコードするタンパク質に結合できると宣伝されている16種類の市販抗体が見つかった。つまり、その抗体は他の分子と結合することなく、目的のタンパク質と結合したのである。ところが、これらの抗体を使った研究は一つも発表されていなかった。約15の論文は、Laflammeらのテストでは標的のタンパク質と結合しなかった抗体を使った実験に基づいていたのであり、しかも、それらの論文は合わせて3,000回以上引用されていた [*1]


 Laflammeの経験は珍しいものではない。科学者たちは、市販の抗体の多くが本来の働きをしないことを長い間知っていた。標的のタンパク質を認識できなかったり、他の複数のターゲットに非選択的に結合したりすることが多いのだ。その結果、時間と資源の浪費となり、生物科学における 「再現性の危機 」[Nature, 2015]を招き、発見や医薬品開発のペースを低下させている可能性が指摘されいた。


 Laflammeは2021年に、カナダ・トロント大学の分子遺伝学者Aled Edwardsと共同で、Antibody Characterization through Open Science(YCharOS /イカロス: Antibody Characterization through Open Science[New Biotechnology, 2021]を立ち上げ、今では、研究において信頼性の低い抗体の問題を解決しようとするコミュニティの一員になっている。


 また、より性能の高い抗体を生産し、研究者が抗体を見つけやすくし、研究コミュニティがこれらの分子を選択し使用する際にベストプラクティスを採用するよう奨励する取り組みも進行中である。


抗体をテストする


 生物医学研究において、抗体が効果的であるためには、抗体は、特異性-標的に対する強い親和性-と選択性-他のタンパク質を標識から外す能力-の両方を持つ必要がある。


 何十年もの間、研究者は自ら手間暇をかけて抗体を作ってきたが、1990年代に試薬会社が抗体の大量生産を開始すると、ほとんどの研究者は抗体をカタログから購入するようになった。今日、市場にはおよそ770万種類の研究用抗体製品があり、世界中のほぼ350の抗体サプライヤーから販売されている


 2000年代後半、科学者たちは、市販されている多くの抗体の特異性と選択性の両方に問題があることを報告し始め、研究者たちは、その分子が宣伝通りに機能することを証明する独立した機関を求めるようになり、何年にもわたり、抗体を評価しようとするグループがいくつか発足するに至った [: 関連crisp_bio記事参照]


 YCharOSが他と一線を画しているのは、抗体を販売している企業からの協力が得られていることである。LaflammeとEdwardsがYCharOSを立ち上げようとしたとき、彼らは見つけることができたすべてのベンダーに電話した。YCharOSの業界パートナーは、検査用の抗体を無料で提供し、また、このイニシアチブの資金提供者(さまざまな非営利団体や資金提供機関が含まれる)と共に、特性評価報告書を確認し公表前にフィードバックを提供する機会を与えられている。


 
研究者は、いくつかの方法で使用したい抗体をテストする:免疫組織化学による目的のタンパク質を発現している細胞のサンプルを染色する;ウェスタンブロッティングにより、抗体が予想される分子量の特定のタンパク質と結合する場所を明らかにする;免疫沈降法を用いて混合物からタンパク質を取り出し、質量分析法で同定する。


 YCharOSは、通常の生物学的レベルで標的タンパク質を発現する細胞株における抗体の特異性と、そのタンパク質を欠くノックアウト細胞株と呼ばれる細胞株における抗体の性能を比較することによって抗体をテストする(ノックアウト・バリデーション)。
2023年にeLife 誌に発表された分析で、YCharOSチームはこの方法を用いて、合計65種類の神経科学関連タンパク質を標的とした614種類の市販抗体を評価した [*2]。そのうちの3分の2は、メーカーの推奨通りには機能しなかった。「抗体の当たり外れの大きさには驚かされるばかりです」、「陰性コントロールがいかに重要であるかがよくわかります」と、YCharOSのRiham Ayoubi事業運営担当役員は言う


 抗体メーカーは、YCharOSが2023年に指摘した不良抗体の半数以上を再評価した。そのうち153品目について最新の勧告が出され、73品目は市場から排除された。YCharOSチームは現在、100以上のヒトタンパク質に結合する1,000以上の抗体をテストしている


「まだ仕事はたくさんある」とLaflammeは言う。彼の推定によれば、ヒトのタンパク質に対する市販の抗体160万個のうち、およそ20万個がユニークな抗体である(すなわち、多くのサプライヤーが同じ抗体を別の名前で販売している)。


 ストックホルムのKTH王立工科大学の癌研究者Cecilia Williamsは言う。「YCharOSの取り組みは、抗体のあり方に変化をもたらすことができると思う。しかし、それがすべてではありません」、「というのも、研究者はこれらの抗体を他のプロトコールや、タンパク質の発現が異なる可能性のある他の組織や細胞で使用するからです」「抗体が使用される状況によって、抗体の作用が変わる可能性があるのです」Williamsは言う。


 この課題に取り組もうとしているイニシアティブがある。Andrea Radtkeと共同研究者たちは、Human BioMolecular Atlas Programと呼ばれる細胞マッピング・コンソーシアムの一員として、Organ Mapping Antibody Panels(OMAPs)を立ち上げた。OMAPは、マルチプレックスイメージング(1つの標本に含まれる複数のタンパク質を可視化する技術)に使用される、コミュニティによって検証された抗体のコレクションである。YCharOSが、ある特定の状況における様々な用途の抗体の厳密な特性評価を行うことに重点を置いているのとは異なり、OMAPsは、抗体の単一の用途を、異なるヒト組織やイメージング法などの複数の状況において検討している。そのために、OMAPsは学術界と産業界の両方から科学者を募り、それぞれの研究室で検証を行っている。


 現在、メリーランド州ベセスダにある計測機器メーカー、ライカマイクロシステムズで主任研究員として働くラドケは言う。「ベンダーは、自身が販売する抗体のすべての可能性をテストすることはできない。しかし、コミュニティとして『これを試してみよう』と言うことはできる」、「人々は、あなたがテストできるとは思ってもみなかったことをテストしている」。


ツールボックスの拡大


 たとえ良い抗体が入手できたとしても、それを見つけるのは必ずしも容易ではない。2009年、カリフォルニア州サンディエゴにあるデータ共有プラットフォームSciCrunchの創設者兼CEOであるAnita Bandrowskiと同僚は、学術雑誌の論文から抗体を特定するのがいかに難しいかを調べていた。Journal of Neuroscience誌の論文を精査した結果、引用された抗体の90%にはカタログ番号(ベンダーが特定の製品にラベルを付けるために使用するコード)がなく、追跡がほとんど不可能であることがわかった。実験を再現するためには、適切な試薬を用意することが重要であり、それを見つけるためには適切なラベル付けが不可欠である、と Bandrowskiは言う。


 同じような問題が他のジャーナルを悩ませているのを見て、Bandrowskiと同僚たちは、抗体やモデル生物などの科学リソースにユニークで永続的な識別子を作成することにした。カタログ番号は、企業が製品を中止すると消えてしまう可能性があり、また企業が独自に作成するため、2つの異なる製品が同じ番号になってしまう可能性がある。RRID (Research Resource IDentifiers) はこれを解決する。


 2014年、Bandrowskiらは25のジャーナルでパイロットプロジェクト[*3]を開始し、著者に原稿にRRIDを含めるよう求めた。それ以来、1,000以上のジャーナルがこれらの識別子を要求するポリシーを採用している。「現在、論文からRRIDが100万件近く引用されています」とバンドロウスキーは言う。最終的には、すべてのジャーナル論文の著者が、使用した抗体などのリソースをRRIDで明確に表示することが望まれる、とBandrowskiは言う。「それだけでは再現性は変わりませんが、最初の一歩です」。


 抗体を追跡できることに加えて、研究者はどの抗体を使うかを選択する方法を必要としている。2012年、当時英国バース大学の研究者であったAndrew Chalmersは、研究者が最も引用回数の多い抗体を見つけるための検索エンジンCiteAbを共同設立した。数年の間に、このプラットフォームは700万以上の抗体を含むまでに成長し、現在では、入手可能な場合には、バリデーションに関する情報も含まれている。5月、CiteAbはYCharOSの特性データのサイトへの統合を開始した [CiteAbのブログ]


 「大きな課題は、抗体は非常に多くの異なる方法で、非常に多くの異なる生物種に使用されるため、抗体の良し悪しを決めつけることができないということです」とChalmersは言う。多くの人がノックアウト・バリデーションが重要だと言うが、CiteAbに登録されている抗体のうち、サプライヤーやYCharOSのような他の独立したイニシアチブによって、この方法でバリデーションされたものは5%にも満たない。「まだまだ長い道のりです」とチャルマーズは言う。


研究者に限らず幅広い関係者の参加


 他の多くの人々と同様、英国レスター大学の医師科学者であるHarvinder Virkは、不良抗体による個人的な経験から、抗体の信頼性に関心を持つようになった。2016年、Virkは気道炎症におけるTRPA1と呼ばれるタンパク質の役割を研究するために大きな助成金を受けた。しかし、彼の同僚の一人が、彼自身の経験から、彼が研究している抗体は信頼できないかもしれないと言った。


 TRPA1の研究に最もよく使われる3種類の抗体のうち、2種類はヒトのタンパク質を全く検出せず、もう1種類は他のタンパク質を同時に検出していたのである。「それはショックでした。「こんなに信頼できないのなら、一体抗体に何の意味があるのだろう?」


 Virkは、研究者、抗体メーカー、研究助成機関、出版社などの利害関係者を集め、性能の低い抗体の問題に取り組むことを目的として2023年にOnly Good Antibodies (OGA)コミュニティーを立ち上げた。2024年2月に、OGAコミュニティは最初のワークショップを開催し、これらの様々なグループの関係者が、抗体を用いた研究の再現性を向上させる方法について議論した。このワークショップには、ロンドンを拠点とし、研究における動物使用の削減に重点を置く科学団体であり資金提供者でもあるNC3Rs  (3Rs: Replacement, Reduction and Refinement)も参加した。より良い抗体とは、これらの分子を製造し、それを用いて実験を行う過程で使用される動物の数を減らすことを意味する。


 現在、OGAコミュニティは、研究者が自分の研究に適した抗体を選択し、抗体の品質に関するデータを特定、利用、共有しやすくするためのプロジェクトに取り組んでいる。また、カナダ国外では初となる、呼吸器科学で使用される抗体に特化したYCharOSサイトをレスター大学で試験的に開設している。OGAコミュニティはまた、資金提供者や出版社と協力し、抗体関連のベストプラクティスを採用した研究者に報いる方法を模索している。このような報酬の例としては、抗体検証イニシアチブに参加する科学者への助成金などがある。


 メーカーも抗体の性能を向上させるための措置を講じている。自社でノックアウト・バリデーションを実施することが増えていることに加え、多くのサプライヤーが製品の製造方法を一部変更している。


 2015年、100人以上の科学者からなるグループが、免疫細胞や免疫細胞とがん細胞のハイブリッドから作られる抗体から、組み換え抗体と呼ばれるものへと移行するよう呼びかけた [*4]。組換え抗体は、特定の抗体を作るようにプログラムされた遺伝子操作細胞で作られる。これらの抗体を独占的に使用することで、旧来の方法の重要な問題点であったバッチごとのばらつきのない抗体を無限に生産することが可能になると著者らは主張した。


 いくつかのメーカーは、より多くの組み換え抗体を製造する方向にシフトしている。例えば、英国ケンブリッジの抗体サプライヤーであるアブカム社は、32,000以上の抗体をポートフォリオに加えた。「ライフサイエンス研究全体で組換え体への移行を促進することは、再現性を向上させるための重要な要素です」と、アブカム社の新製品開発担当副社長であるハンナ・ケーブル氏は言う。「それは抗体サプライヤーが行うべきことです」。


 マサチューセッツ州ボストンで組換え抗体を製造している非営利研究機関Institute for Protein Innovationの抗体プラットフォーム担当ディレクターであるRob Meijers氏は、このシフトは単純にビジネス的に理にかなっていると言う。「再現性が高く、プロセスを標準化することができ、ユーザーからのフィードバックも非常に好意的です」と彼は言う。


 CiteAbのデータから、抗体使用をめぐる科学者の行動が過去10年間で大きく変化していることが明らかになった。2023年に発表された抗体に関する論文の約20%が組換え抗体を使用している。現在CiteAbの最高経営責任者であるChalmersは、「これは10年前と比べると大きな変化です」と言う。


 抗体の信頼性を向上させる努力は正しい方向に進んでいるが、科学者の行動を変えることは依然として最大の課題の一つであると、この取り組みを主導している研究者たちは言う。実験に使っている抗体が、実は本来の機能を果たしていないということを、研究者が聞きたがらないケースがある、とWilliamsは言う。「誰かが抗体の結果に満足すれば、たとえその抗体がこのタンパク質と結合しないことが確実であっても、関係なく使用されるのです」とWilliamsは言う。


 それでも、多くの科学者は、最近の取り組みが必要な変化をもたらすだろうと期待している。「私は物事が良くなっていると楽観的に考えています」とRadtkeは言う。「私がとても勇気づけられているのは、若い世代の科学者たちです。彼らはオオカミの群れのようなメンタリティー(wolf-pack mentalityを持ち、共同体としてこの問題を解決しようと協力しています」。


[YCharOS関連投稿]

[*] 参考文献

  1. "Scaling of an antibody validation procedure enables quantification of antibody performance in major research applications" Ayoubi R [..] Laflamme C. eLife 2023-11-23/2024-02-28.  [所属] McGill U, U Leicester, U Toronto, UCSD.
  2. "Implementation of an antibody characterization procedure and application to the major ALS/FTD disease gene C9ORF72" Laflamme C [..] McPherson P.  eLife 2019-10-15.  [所属] McGill U, U Toronto, U Oxford.
  3. The Resource Identification Initiative: A Cultural Shift in Publishing” Bandrowski A [..] Nicole Vasilevsky N. J Comp Neurol. 2016-01-01. 
  4. "Reproducibility: Standardize antibodies used in research" Bradbury A, Plückthun A. Nature 2015-02-05. 

[*] 抗体の品質に関連するcrisp_bio記事

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