1. COVID-19以前:科学者の自己是正が内包しているリスク:科学的発見を報道するメディアの「物語」について再考する - いわゆるオールド・メディアの観点から
[出典] "Crisis or self-correction: Rethinking media narratives about the well-being of science" Jamieson KH. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018-03-13. https://doi.org/10.1073/pnas.1708276114 [所属] Annenberg School for Communication/Annenberg Public Policy Center (U Pennsylvania)
本論文は、科学的発見を紹介する「ニュース・ナラティブ(news narratives)」を例示して、科学コミュニケーターが、その調査のプロセス、自己修正の規範、是正する行動をより正確に伝え、その過程で不当な「科学は壊れている/危機に瀕している」というストーリーを正当化しない方法を概説する。
3つの例とは (i) 科学者が高潔な旅(journery)を通して知識を生み出すという「発見の探究」、(ii)科学者の個人やグループが恥ずべき旅を通して偽の発見を生み出す「フェイクの探究」、(iii) 科学そのものや科学を守るための慣習のいずれかが、もはや機能していないことを示唆する体系的な問題構造、に関わる。
[crisp_bio注] (ii) の事例としてSTAP細胞を巡る報道が取り上げられている。
本論文は、論文撤回に代表される科学研究における問題を特定し修正しようとする科学者の自己是正の努力が、科学そのものが崩壊している、あるいは危機に瀕していると主張する、過度に一般化された物語にニュースの視聴者がさらされる機会を、不注意にも増やしている可能性がある、と論じている。
欠陥のある「ニュース・ナラティブ」は、遺伝子工学、ワクチン接種、気候変動など、イデオロギー的に好ましくない知見を含む科学の分野を貶める党派の能力を高める可能性があるため、これは極めて厄介な事象である。
これとは対照的に、正確な叙述は、発見に至る過程だけでなく、誤った出発点や時折起こる不正の不可避性についても、一般の理解を深めることができる。そして、誠実さを裏切る行為とそれを防ごうとする試みの両方を責任を持って公表することで、人類が考案した最も信頼できる知識生成の形態に対する国民の信頼を損なうことなく、ニュースは説明責任の機能を果たすことができる。
2. COVID-19以後:科学的真実が黙殺される時:COVID-19関連論文の撤回と科学の政治利用 - ソーシャルメディアの観点から
[出典] "They Only Silence the Truth”: COVID-19 retractions and the politicization of science" Abhari R, Horvát EÁ. Public Understanding Sci 2024-10-30. https://doi.org/10.1177/09636625241290142 [所属] School of Communication (Northwestern U)
学術雑誌から撤回されたCOVID-19の論文がソーシャルメディア上では広く流通している。撤回には科学的記録を訂正する意図があるが、科学に対する信頼が低い場合、かえって検閲の証拠と解釈されたり、単に無視されたりすることがある。
著者らは、COVID-19の撤回論文のうち、最も広く共有された2つの論文 [Mehra et al. (*1); Rose et al. (*2)] について、ソーシャルメディア上で頻繁に議論された2つの撤回されたCOVID-19論文に関する英文ツイートを精読し、その出版と撤回がどのように受け取られたかを分析した。
Mehra論文は、ヒドロキシクロロキンの有害性をテーマに発表され、データ捏造の証拠により撤回された。撤回により、その知見に対する無批判な議論は封じられた。
Rose論文は、ワクチンの害について発表され、撤回されたが、その理由が公開されなかったために、撤回記事が無視されるか、ワクチン反対派によって広く共有されていた「調査結果の真実を検閲・隠蔽する試みである」のどちらかに仕立て上げられた。
COVID-19というそれまで未知であったウイルスによる感染症に関する研究論文が、パンデミック拡大と同時並行で数多く査読済みまたはプレプリントとして発表され、そのうちこれまでに少なくとも400編以上が撤回されてきた。前述の2例の他にも、「COVID-19ワクチンは1000回接種のうち1回で急性心疾患を引き起こす」と主張した論文がプレプリントサーバーmedRxiv に投稿 [Kafil et al. (*3)] の例がある。この投稿は、著者らが発生率の計算ミスを認めて、公開されてから2週間余りで自ら撤回したが、その後、2000万人以上のリスナーを誇る人気ポッドキャストのホストであるジョー・ローガンが、無批判にこの数字を繰り返すことになった。そしてソーシャルメディア上では、「記事の撤回が実はCOVID-19ワクチンに関する真実を検閲する陰謀の証拠である」と主張する投稿が目立った。
今回の分析結果は、"scientific counterpublics"によって、論文撤回が「科学の自己規制(すなわち論文撤回) こそが科学の腐敗の証拠」として捉え直されるリスクを孕んでいることを示している。
(*)
- "RETRACTED: Hydroxychloroquine or chloroquine with or without a macrolide for treatment of COVID-19: A multinational registry analysis" Mehra MR, Desai SS, Ruschitzka F, Patel AN. The Lancet. 2020-05-22.
- Review "WITHDRAWN: A report on myocarditis adverse events in the U.S. vaccine adverse events reporting system (VAERS) in association with COVID-19 injectable biological products" Rose J, McCullough PA. Curr Probl Cardiol. 2021-09-30.
- "RETRACTED: mRNA COVID-19 vaccination and development of CMR-confirmed Myopericarditis" Kafil T, Lamacie MM, Chenier S, Taggart H, Ghosh N, Dick A, et al. medRxiv. 2022-11-26. 2021-09-16/2021-09-24.
[論文撤回関連crisp_bio記事]
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