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科学分野の比較的新しい論文と記事を記録しておくサイト: 主に、CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム編集, エピゲノム編集, 遺伝子治療, 分子診断/代謝工学, 合成生物学/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野) の観点から選択し、時折、タンパク質工学、情報資源・生物資源、新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症、機械学習・AIや研究公正からも選択

[出典] "How a neuroscientist solved the mystery of his own long COVID" Donofrio S YouCan Know Things (blog). 2025-01-07. https://www.youcanknowthings.com/how-one-neuroscientist-solved-the-mystery-of-his-own-long-covid-2/

[始まり]

 神経科学者のJeff Yauは、2022年に初めてCOVID-19感染で陽性と判定されたとき、自分の健康についてそれほど心配していなかった。若く健康で、自分はリスクが低いことを知っていたからだ。「当時はそれほど怖くはなかった」が、安全のため、Jeffは妻や子供たちから隔離され、嗅覚と味覚を失い、発熱した。しかし、それから36時間後にはすでに気分が良くなり、COVID-19とは決別できたと思った。

[奇妙な症状]

 それから1ヵ月後、新たな症状が現れ始めた。左手と左足のしびれと麻痺に気づき、検査を受けたが、結果はすべて正常であったので、症状が自然に治まることを期待して帰宅した。

 それから4ヶ月間、しびれや麻痺は悪化し、広がり、両手両足に不快な感覚を覚えるようになったが「まだなんとかなる」ものと思っていた。 しかし、ジェフが震えを発症し、手が制御不能に震えるようになったとき、「何か深刻なことが起こっている」と認識した。

[最初の手がかり]

 改めて検査したところ、神経と筋肉の機能に、数カ月前にはなかった変化があることがわかった。脊髄穿刺を介した脳脊髄液から、通常はウイルスや細菌を撃退する免疫システムが、自分の体を攻撃する自己免疫反応が進行してることが判明した。免疫系からの抗体が、神経細胞を絶縁し、神経が効率的に情報を伝達するためのミエリンと呼ばれる脂肪組織を攻撃していた。ミエリンが損傷を受けると、神経細胞同士や筋肉とのコミュニケーションがうまくいかなくなる。すなわち、手足と脳の間のメッセージが正しく伝達されていなかったのだ。しかし、抗体が何なのか、なぜ攻撃するのか、不明であった。

[CIDPの治療がうまくいかない]

 CIDPと診断されたことで、IVIG(Intravenous Immunoglobulin / 免疫グロブリンの静脈注射)を含む複数の治療戦略を受ける長い治療の旅が始まった。IVIGは抗体がターゲットに結合するのを阻害することで効果を発揮し、免疫系がミエリンを攻撃するのを止めるこが期待されたが、IVIGは効かず、症状は悪化した。

[科学的発見]

 治療に何度か失敗し、臨床検査でも問題の抗体を特定できなかったJeffは、同僚の一人で、ミエリンに囲まれた神経領域の専門家だったMatt Rasband博士に相談した。そして数日後、Jeffの抗体で処理されたラットの神経組織の顕微鏡画像で、Jeffの抗体が神経を攻撃している場所を目撃することになった。「この抗体の存在すら、ここ10年以内には知られていなかった」ことから、神経科学者の二人にとってJeffのロングCOVIDの苦難は科学的発見の興奮に包まれた。

[科学は機能する]

 問題の後退は、ミエリンと神経をつなぐタンパク質であるニューロファシン (neurofascin)-155に結合する抗体であった。この新しい知識を得たジェフは、ニューロファシン-155変異体を持つCIDP患者の報告を科学文献から探した。パズルのピースが嵌り始めたのである。 Jeffが受けていたIVIGは、ニューロファシン-155変異型のCIDP患者には効かない。なぜなら、ニューロファシン-155抗体は他の抗体とは異なり、IVIGが標的とするリソースを使わずにミエリンに結合することができるからである。

 Jeffはこの情報を担当医に伝え、血液を濾過する血漿交換を始めたが、2週間ごとに血漿交換をしたにもかかわらず、Jeffの症状は悪化の一途をたどった。

[科学は再び機能する]
 
 その原因を探るため、JeffとMattは研究室に戻り、各治療の前後でJeffの抗体レベルを測定した。測定の結果、血漿交換の翌日にはJeffのニューロファシン-155抗体レベルは正常に低下していたが、Jeffが次の治療を受ける頃には、レベルは再び上昇していた。血漿交換は、ジェフの症状を改善するのに十分な速さでは抗体レベルを低下させなかったのである。

 この新たな知識を得たJeffは医療チームと別の治療計画を立てた。抗体を産生する細胞を殺す薬、リツキシマブの投与を始めたのだ。リツキシマブによる治療は、ニューロファシン-155変異型CIDPの他の患者にも有効であることが証明されていた。 

 治療期間中、ジェフは自分の症状を追跡し続けた。すでに研究室にあった機器を使って、握力、手を使った作業能力、声の変化などを測定し、最終的には数十万件のデータを長期にわたって収集した。リツキシマブの投与開始後、症状が改善するにつれて測定値は上昇傾向にある。

 神経科学者としてのトレーニングとリソースを活用することで、JeffはCOVID後の病気の謎に取り組むことができたが、Jeffは現在「だいぶ良くなってきたが、新たなベースラインがどうなるにせよ、ベースラインに近いとはまだ感じられていない」と述べている。

[ロングCOVIDに関するさらなる研究が必要]

 相関関係と因果関係はイコールではない。Jeffの症状はCOVID-19感染直後に現れたが、Jeffの病気の原因が何であったかを確実に言うことはできない。しかし、COVID-19感染後に自己免疫疾患と診断されたのはJeffだけではない。COVID-19感染者の大多数は自己免疫疾患を発症しないが、COVID-19に感染していないと診断された人に比べ、COVID-19に感染していると診断された人の方が自己免疫疾患のリスクが高いという研究結果がある。さらに専門家は、ロングCOVIDが自己免疫調節障害と関連している可能性があるという仮説を立てている。

 CIDPはパンデミック以前に発症したまれな自己免疫疾患であり、世界中で10万人に3人がCIDP患者であると推定されている。CIDPは非常に稀であるため、この疾患に関する研究は限られている。CIDPの原因はまだわかっておらず、CIDPとCOVID-19感染との間に決定的な関連性を確立するのに十分な研究は今のところない。このため、Jeff Yau博士は、多くのウイルス感染後症候群の患者と同様、自らの手で問題を解決しなければならなかったのである。
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