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2025-12-29 Nature Biotechnology 2025年12月号にて刊行:Nat Biotechnol 43, 1979–1995 (2025)
2025-02-12 オンライン出版に準拠した初稿

[注] このブログ記事は主としてUCSFのニュース記事に準拠

 UCSFの各部門を主とする研究チームは今回、ヒト体内でエネルギーを蓄える白色脂肪細胞を、CRISPRa技術を介して熱を発生させるためにカロリーを貪欲に消費する褐色脂肪細胞へと変えた上で、実験系で腫瘍の近くに移植することで、5種類のガンを消し去ることに成功し、この技術をadipose manipulation transplantation (AMT) と称した。

 AMTでは、褐色脂肪細胞が実験系内の栄養を食い尽くし、腫瘍細胞のほとんどを餓死させるのである。AMTは、腫瘍から遠く離れた部位に褐色脂肪細胞を移植した場合にも有効である。論文責任著者のNadav Ahituv教授は「これらの脂肪細胞は、研究室で簡単に操作でき、安全に体内に戻すことができるので、がんを含む細胞療法の魅力的なプラットフォームになります」と言う。

インスピレーションはがんの寒冷療法から

 Ahituvと研究室のポストドクであった筆頭著者のHai P. Nguyenは、マウスを寒冷にさらすと、がんが抑制されるという研究結果を知っていた。ある実験では、この寒冷両方は非ホジキンリンパ腫の患者にも効果があった。科学者たちは、寒さが褐色脂肪細胞を活性化させるため、がん細胞が飢餓状態に陥ったと結論づけた。

 しかし、寒冷療法は脆弱ながん患者一般には適さない。そこでAhituvとNguyenは、褐色脂肪細胞を使うというアイデアが閃いた。すなわち、寒冷にしなくても貪欲にカロリーを消費するように褐色脂肪細胞を設計することで、腫瘍からその増殖に必要な燃料を奪うことができるのではないかと考えた。

 Nguyenは、遺伝子活性化をプログラム可能にしたCRISPRa [*]の技術を利用して、白色脂肪細胞では休眠状態だが褐色脂肪細胞では活性化している一連の遺伝子を活性化し、トップヒットとして、UCP1 遺伝子を特定した。
[*] ヌクレアーゼ活性を不活化したdSaCas9にVP64を融合し, sgRNAと共にAAV9で送達

 adipocytes 1Nguyenは、UCP1 を活性化してグルコースと脂肪酸の使用量を増加させるように操作した褐色脂肪細胞とガン細胞を「トランスウェル」シャーレで培養した [Fig. 1 a引用右図参照
参照]。がん細胞は「トランスウェル」シャーレの底に、褐色脂肪細胞はその上にある別々の区画に配置し、細胞集団自体は物理的に離れているが、栄養を共有することを余儀なくさせる設定とした。その結果は衝撃的であった。Nguyenは「最初のトランスウェル実験では、生き残ったがん細胞はごくわずかでした。私たちは何かしくじったのだと思いました。それで、何度も実験繰り返したのですが、例外なく同じ効果が見られました」と言う。褐色脂肪細胞は、2つの異なるタイプの乳がん細胞、結腸がん、膵臓がん、および前立腺がんの細胞を完全に支配した。

貪欲な褐色脂肪細胞はがん細胞を打ち負かす

 次に、褐色脂肪細胞がシャーレ上よりも現実的な状況で機能することを確認した。そのために、褐色脂肪細胞ではなく、adipocytes 2脂肪オルガノイドマウスの腫瘍の隣に移植し、腫瘍細胞を打ち負かすことができるかどうかを検証した [Fig. 2 a/b引用右図参照]。脂肪オルガノイドは、乳がんだけでなく、膵臓がんや前立腺がん細胞に対しても、また、腫瘍モデルマウスでも有効であった。遺伝的に癌になりやすいマウスの膵臓と乳房の腫瘍を抑制し、血管新生や低酸素症も抑制された。またマウス体内でも、乳がんから遠く離れた場所に移植された場合も、こうした抑制機能が発揮された。

 続いて、AhituvとNguyenは、ヒト組織でどのように作用するかを調べるため、UCSFの乳がん専門医であるJennifer M. Rosenbluth 助教のチームを組んだ。 Rosenbluthは、脂肪細胞がん細胞の両方を含む乳癌乳房切除のライブラリを蓄積していた。「乳房には多くの脂肪があるので、同じ患者から脂肪を採取し、その脂肪を改変して、その患者自身の乳癌細胞と一緒にトランスウェルで培養することができました」Ahituvは言う。

 この同じ患者から採取した褐色脂肪細胞は、ペトリ皿の中で、そしてマウスモデルに移植したときに、乳癌細胞を打ち負かした。

 研究チームは、がんには「好き嫌い」があることに気付き、特定の栄養素を食べるように褐色脂肪細胞を操作した。例えば、ある種の膵臓がんは、グルコースが不足するとウリジンを頼りにする。そこで、ウリジンだけを食べるように脂肪細胞をプログラムしたところ、簡単に膵臓がん細胞を打ち負かすことができた。このことから、がん細胞のどのような「好き嫌い」にも、褐色脂肪細胞を適応させることが可能なことが、示唆された。

生きている状態での細胞療法への新たなアプローチ

 Ahituvによれば、脂肪細胞は生細胞療法において多くの利点があるという。患者から簡単に入手できる。実験室でよく成長し、さまざまな遺伝子を発現させ、さまざまな生物学的役割を担うように操作することができる。そして、いったん体内に戻せば、移植した場所から外れることなく、免疫系と共存することができる。

「脂肪細胞の場合、環境との相互作用が少ないので、細胞が体外に流出して問題を起こす心配はほとんどありません」とAhituvは言う。

 脂肪細胞はまた、シグナルを発したり、より複雑なタスクを実行するようにプログラムすることもできる。

 さらに、褐色脂肪細胞は、腫瘍から離れた所からもがん細胞を打ち負かすことができることから、脳を侵す膠芽腫のような手の届きにくいがんや、他の多くの病気を治療するのに貴重な存在になる」とAhituvは見ている。

 「これらの細胞は、糖尿病のために血流中のグルコースを感知してインスリンを放出したり、ヘモクロマトーシスのように鉄分が過剰な病気のために鉄分を吸い上げたりするように設計することもできると考えています」とAhituvは言う。

 この脂肪細胞には限界が無い (The sky's the limit for these cells).

[出典] 
  • NEWS "How Hungry Fat Cells Could Someday Starve Cancer to Death" Gadye L. UCSF 2025-02-04. https://www.ucsf.edu/news/2025/01/429411/how-hungry-fat-cells-could-someday-starve-cancer-death
  • Research Briefing "Starving tumors with fat" Nat Biotechnol 2025-02-04. https://doi.org/10.1038/s41587-024-02550-3
  • 論文 "Implantation of engineered adipocytes suppresses tumor progression in cancer models" Nguyen HP (deceased) [..] Ahituv N. Nat Biotechnol. 2025-02-04. https://doi.org/10.1038/s41587-024-02551-2 [所属] UCSF (Dept Bioengineering and Therapeutic Sciences, Institute for Human Genetics, Div Hematology/Oncology, Dept Laboratory Medicine, Dept Pharmaceutical Chemistry, Dept Surgery), U California Davis West Coast Metabolomics Center, Chan Zuckerberg Biohub, Brown U, U Texas at Austin, Dana-Farber Cancer Institute, Harvard Medical School, Brigham and Women’s Hospital;腫瘍は、栄養素を獲得し代謝する能力が亢進している。著者らは、腫瘍と競合して栄養素を獲得するよう操作した脂肪細胞を移植し、がんの進行を大幅に抑制できることを示し、この技術をAMTと称した。CRISPRa遺伝子活性化因子を介してUCP1遺伝子をアップレギュレートすることで、グルコースと脂肪酸の使用量を増加させるように操作した脂肪細胞を、がん細胞や異種移植片と一緒に移植したところ、がんが有意に抑制された。脂肪細胞を増殖させて調製した脂肪オルガノイドを膵臓がんや乳がんの遺伝子マウスモデルに移植すると、増殖が抑制され、血管新生や低酸素症が減少した。患者由来の脂肪細胞を操作し、ヒト乳がんを切除した腫瘍オルガノイドと共培養すると、がんの進行と増殖が有意に抑制された。さらに、テトラサイクリンを用いて脂肪オルガノイドを腫瘍と競合しないように誘導したり、統合型細胞スキャフォールドデリバリープラットフォームに入れて腫瘍の隣に移植したりすると、がんの増殖が阻害された。最後に、脂肪オルガノイドのUPP1 をアップレギュレートすることで、ウリジン依存性膵管腺癌から"ウリジンを奪い"、その増殖を抑制できることを示し、AMTのカスタマイズの可能性を示した。
   論文挿入図一覧
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