crisp_bio

論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

 単一細胞における個々のRNA分子の多様な動的挙動を理解するには、それらをリアルタイムで高解像度で可視化する必要がある。しかし、修飾されていない内在性RNAの1分子ライブセルイメージングは、一般化可能な方法ではまだ実現されていない。

 ノーベル化学賞共同受賞者のJennifer A. Doudnaが率いる研究チームは、先行研究で、タイプIII-A CRISPRシステムのエフェクターCsm複合体 (以下、Csm) が、RNAiと異なり,標的選択性が高く,核内のRNAも標的可能であり,また,RNAi機構を備えていない一部の真核生物にも適用可能なこと、また、Cas13とも異なり,細胞内RNAを無差別にトランス切断する活性 (コラテラル活性)を帯びておらず,哺乳類細胞内在のRNAを無差別に攻撃するリスクを伴わないこと、を指摘し、Csmによる遺伝子ノックダウンと、リボヌクレアーゼ (RNase) 活性を不活性化したCsm (以下、dCsm) を介した生細胞におけるRNA可視化が可能なことを、報告していた [*]。今回、dCsmをベースとして生細胞内のネイティブな状態でRNAの動態を1分子分解能で追跡可能なことを示し、このアッセイ法をsmLiveFISHとして称した。

[詳細]

 smLiveFISHでは、標的RNAに対するガイドRNAを多重化することで、初代細胞を含む様々な細胞種における単一RNA分子の直接的かつ効率的な可視化を可能にする。smLiveFISH 1Fig. 1から引用した右図の a にあるように、Csm複合体のプラスミドおよびCRISPRアレイのプラスミドをトランスフェクションすると、細胞はプレcrRNAとともにCsm1、Csm2、dCsm3-2×GFP、Csm4、Csm5およびCas6タンパク質を産生する。Cas6は長いプレcrRNAを個々のcrRNA (ガイドRNA) へと成熟させ、Csmタンパク質とともにRNPに組み立てる。それぞれのcrRNAスペーサーを持つRNPは、塩基対の相補性によって標的RNA分子と同時に結合し、1分子分解能でのRNA検出を可能にする。このアプローチでは、単一分子蛍光in situハイブリダイゼーション(single-molecule fluorescence in situ hybridization:smFISH)からヒントを得て、多重なRNPを標的RNAの3′非翻訳領域(UTR)に沿ってタイリングしている。

 研究チームは、U2OS骨肉腫細胞におけるNOTCH2(膜貫通タンパク質をコードする遺伝子)とMAP1B(微小管関連タンパク質をコードする遺伝子)のmRNAの動態を調べることにより、smLiveFISHの有効性を実証した。これらの転写産物は異なる細胞内領域に局在することが知られているが、その輸送動態は未解明であった。

 NOTCH2 遺伝子については、はじめに、U2OS細胞内で、2つの異なるmRNA集団が観察された:ゆっくり動くmRNAと速く動くmRNAであるsmLiveFISH 2 [Fig. 2引用右図の a と b 参照] 。ここで、NOTCH2 mRNAの一方の集団がほぼ静止しているのは、新生ポリペプチドの共翻訳を可能にするためにER膜に固定されるためと考えられた。この仮説を検証するために、翻訳伸長阻害剤であるピューロマイシンで細胞を処理したところ、NOTCH2 mRNAの静止集団が急速に減少した [挿入図 c と dを比較]。2成分拡散モードを用いた2つの集団の1分子変位・拡散マッピング(SMdM)解析から、ピューロマイシン処理とNOTCH2 mRNA集団の低速移動から高速移動へのシフトとの相関が明らかになった [挿入図 e と f を比較]。これらの結果を総合すると、NOTCH2 mRNAはER膜に固定されてることで細胞領域に導かれる共翻訳機構が、生細胞内で観察されたこといなる。

 一方、MAP1B mRNAは、微小管に沿って細胞周辺部へと方向性をもって輸送されることが観察され、また、mRNAから新生ポリペプチドを遊離させる翻訳伸長阻害剤であるピューロマイシンで細胞を処理すると、MAP1B mRNAがPボディを形成する例も捉えられた。

 smLiveFISHによって、個々の内因性RNA転写産物をリアルタイムで追跡できるため、固定細胞法では得られないRNA局在、輸送、翻訳動態に関する知見を得ることができる。この知識は、これらのプロセスにおける障害がどのように疾病に関与するかを解明するために不可欠である。例えば、神経細胞の成長と機能に重要なある種のmRNAの輸送と局在翻訳を研究することで、脆弱X症候群や筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患の分子基盤に光を当てることができる。

 確かにsmLiveFISHも他のRNA標識技術と同様に、わずかではあるがネイティブRNAの挙動を変化させる可能性を否めない。mRNAの安定性や翻訳の変化は観察されなかったが、いくつかのCsm複合体を標的RNAの3′UTRに結合させることで、mRNAのフォールディング、制御因子との結合、輸送や拡散速度に影響を与える可能性はある。

 一方で、直交するタイプIII CRISPR-Casシステムを開発すれば、多色RNA標識が可能になり、RNA-RNA相互作用、RNAスプライシング、共翻訳タンパク質複合体の構築などの複雑な生物学的プロセスの研究が容易になる。さらに、smLiveFISHを用いて核内の新生転写産物を標識すれば、RNA転写のメカニズムや遺伝子発現の制御に関する知見が得られる可能性がある。このアプローチは、神経細胞のような高度に極性化した細胞において、疾患に関連する新たなRNA局在・輸送メカニズムを明らかにする可能性がある。

[Csm複合体関連crisp_bio記事]
[出典
  • 論文 "Single-molecule live-cell RNA imaging with CRISPR–Csm" Xia C, Colognori D [..] Doudna JA. Nat Biotechnol. 2025-02-18. https://doi.org/10.1038/s41587-024-02540-5 [著者所属] UC Berkeley (California Institute for Quantitative Biosciences (QB3), Innovative Genomics Institute, Dept Molecular and Cell Biology, Dept Chemistry, HHMI)
  • Research Briefing "A ‘CRISPR’ way to visualize RNA in live cells" Xia C, Colognori D, Doudna JA. Nat Biotechnol. 2025-02-18. https://doi.org/10.1038/s41587-025-02560-9
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