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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

[注] パーキンソン病は、診断に数年、時には数十年かかり、一般に安静時振戦を伴うが、認知障害、言語障害、体温調節障害、視力障害など40近い症状がある。その中で、40歳以下で発症するパーキンソン病を若年性または早期発症型パーキンソン病と呼ぶ。細胞のエネルギー生産工場であるミトコンドリアは損傷すると(脱分極すると)、細胞はエネルギーを失い細胞死に至る。PINK1は損傷したミトコンドリアを認識してそれに結合し、PINK1とパーキンが標的とする損傷ミトコンドリアの分解その細胞を除去するプロセスを開始する分子的フラグを立てる [右図モデル図参照]。PINK1をコードするPARK6 遺伝子が変異すると、ミトコンドリアが損傷した細胞が除去されないまま、たとえば脳に、蓄積されていくことになる。

 ユビキチンキナーゼPINK1の変異が早期発症のパーキンソン病を引き起こすことは良く知られているが、PINK1がどのようにして脱分極したミトコンドリアの輸送酵素(トランスロカーゼ複合体)で安定化され脱分極したミトコンドリアに結合するるのかは、これまであまり理解されていなかった。今回、その構造基盤をオーストラリアのウォルター・アンド・イライザ・ホール医学研究所を主とする研究チームが明らかにした。

 研究チームは、ミトコンドリアの外膜に位置するTOM複合体とVDAC複合体の内因性配列で安定化したヒトPINK1二量体の3.1Å分解能の構造をクライオ電顕法で再構成した [RCSB PDBから引用した右下図参照]:
  • スクリーンショット 2025-03-16 11.45.53EMD-48083/PDB 9EIH Import stalled PINK1 TOM complex  (3.1 Å) [右図参照]
  • EMD-48084/PDB 9EII Import stalled PINK1 TOM complex, symmetry expanded (2.75 Å)
  • EMD-48085/PDB 9EIJ Import stalled PINK1 TOM complex, extended TOM20 helix class (3.3 Å) 

 TOM複合体のサブユニットであるTOM5とTOM20はPINK1の保存されているキナーゼドメインの一つであるC末端側のlobe(C-lob)とも結合する。PINK1は、他のサブユニットであるTOM7とTOM22に導かれながら、TOMコア複合体の近位TOM40バレルを通ってミトコンドリアに入る。今回の構造解析により、ヒトのPINK1がどのようにしてTOM複合体で安定化され、酸化によって制御されているのかが明らかになった。また、これまで知られていなかったTOM-VDACのアセンブリーが明らかになり、生理的基質が移動する際にどのようにしてTOM40を通過するのかが明らかになった。

[詳細]

 プロテインキナーゼPARK6/PINK1の変異は、早期発症型パーキンソン病(EOPD)を引き起こす。PINK1はユビキチンおよびパーキンキナーゼであり、ミトコンドリア損傷シグナルの初期センサーおよびトランスデューサーとして機能する。健康なミトコンドリアでは、PINK1は外膜トランスロカーゼであるTOM複合体を介してミトコンドリア外膜 (mitochondrial outer membrane: MOM) を横切って移行し、内膜トランスロカーゼ(TIM)23複合体を介してミトコンドリア内膜 (mitochondrial inner membrane: MIM) に挿入され、MIMプロテアーゼPARLによって切断され、逆移行し、プロテアソームによって分解される [右図モデル図参照]。

 脱分極によって内膜への取り込みが停滞すると、PINK1はMOMで安定化され、そこでキナーゼドメインが活性化され、ホスホユビキチン(pUb)を生成してE3ユビキチンリガーゼParkinをリクルートし、活性化を開始することによってマイトファジーを誘発する。PINK1のリン酸化によるパーキンの完全な活性化は、そのE3リガーゼ活性を解き放ち、多くのMOMタンパク質のユビキチン化につながる。短鎖ユビキチンとpUbシグナルの集合カーペットは、損傷を受けたミトコンドリアのマイトファジーを開始する。

 昆虫から単離されたPINK1のキナーゼドメインの複数の構造から、PINK1の活性化に関する分子的詳細が得られており、ヒトPINK1でも生化学的に確認されている。しかしながら、ヒトPINK1の構造は詳らかにされておらず、多くの患者で変異が見られるPINK1のN末端の構造は未解決のままであった。ミトコンドリアにおける全長PINK1の構造は、PINK1活性化因子を開発し理解し、パーキンソン病を治療する上で極めて重要である。

 ミトコンドリアへのタンパク質輸入のメカニズムは、過去50年にわたって熱心に研究されてきたが、まだ多くの疑問が残っている。TOM複合体は、フォールディングされていない前駆体としてミトコンドリアに取り込まれる約1500種類のタンパク質すべての主要な入り口である。しかし、これらの前駆体が、ミトコンドリア行きのシグナルをチェックするプレ配列受容体のTOM20とTOM22によって認識された後、どのようにしてTOM複合体を通過するのかは解明されていない。また、ミトコンドリアのプレ配列含有前駆体がTOMからTIM23複合体へとどのように受け渡されるのかも確立されていない。PINK1は脱分極後、ミトコンドリア外膜上で安定化するが、その方法と生物学的意味は不明である。2012年に〜700 kDaのPINK1-TOM複合体が報告され、TOM7、TOM20、そして最近ではTIM23複合体がPINK1の安定化に機能的に重要であることが示されている。

 研究チームは、TOMとVDAC2のチャネルからなる内因性ミトコンドリア輸入アレイにおいて、脱分極後に停止したヒトPINK1の構造を明らかにした。この構造は、PINK1が5つのTOM複合体成分、VDAC2およびリン脂質とどのように相互作用しているかを説明し、生理的なプレ配列の輸入基質がどのようにMOMを通過するかを明らかにし、EOPD患者の変異を合理的に説明するものである。ミトコンドリア輸入アレイを形成するVDACチャネルの構造的役割は、マイトファジーが開始される機構を明らかにする手掛かりとなる。

[出典] "Structure of human PINK1 at a mitochondrial TOM-VDAC array" Callegari S [..] Glukhova A, Komander D. Science 2025-03-13. https://doi.org/10.1126/science.adu6445 [著者所属] Walter and Eliza Hall Institute of Medical Research, U Melbourne (Dept Medical Biology, Dep
t Biochemistry and Pharmacolog), Monash U (Drug Discovery Biology, ARC Centre for Cryo-electron Microscopy of Membrane Proteins)
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