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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

 免疫システムは、恒常性を維持し、外部からの脅威に対応するために、高度に特殊化した細胞に依存している。これらの中でも、CD4陽性T細胞コンパートメントは、ほぼ拮抗的な機能を持ち、環境からの刺激に応じて静止状態と活性化状態を切り替えることができるT細胞サブセットを含む、驚くべき多様性を示す。

 IL-2受容体αサブユニット(IL-2RαまたはCD25)は、T細胞活性化の重要なマーカーとして機能し、制御性T細胞(Treg)とエフェクターT細胞(Teff)でそれぞれ異なる発現プロファイルを示し、刺激を受けた際に恒常的に、あるいは一時的に発現が上昇することを特徴としている。その重要性にもかかわらず、これらのコンテクストに依存する応答を調整するトランス・レギュレーション・ネットワークは、未だ完全には解明されていない。したがって、IL-2Rα発現を調節する因子のスクリーニングは、T細胞活性化に関与する遺伝子を同定する手段として有用であり、また、Teff細胞とTreg細胞の制御機構を比較することで診断や治療に貴重な知見を提供する。

 Gladstone-UCSF Institute of Genomic Immunologyを主とする研究チームは今回、初代ヒトTreg細胞およびTeff細胞を対象とする一連のCRISPR-Cas9ノックアウト(KO)スクリーニングを実施し、コンテクスト依存的な調節因子を明らかにし、静止状態と活性化状態の維持におけるその役割を明らかにした。

 静止状態および活性化状態のTeffおよびTregの転写因子とクロマチン修飾因子をコードする1,000以上の遺伝子を標的とする6,000個のsgRNAのライブラリを設計・利用して、コンテクスト特異的な効果を強調する動的な遺伝子回路をマッピングした上で、条件全体で均一に作用する調節因子の小さなサブセットを同定した。

 その結果、メディエーター複合体サブユニット12(MED12)が、静止状態のTeffではIL-2Rαの負の調節因子であるが、活性化状態のTeffおよびTregでは正の調節因子という、相反する役割を持つ重要なオーケストレーターであることが特定された。すなわち、MED12は KLF2 などの静止状態を維持する因子と MYC などの活性化を促進する因子の両方の発現を制御し、T 細胞の状態遷移における中心的な役割を果たしている [Research Highlight 挿入図参照]。

 続く実験により、MED12がIL-2Rαの発現とより広範なT細胞遺伝子発現ネットワークの調節に役割を果たしていることも確認された。MED12 3Perturb-CITE-seq [Nat Genet, 2021] を用いることでCRISPRiによる摂動と単一細胞トランスクリプトミクスおよびプロテオミクスのデータを統合し [論文Fig. 3引用右図参照]、各摂動から生じる活性化スコアを割り当てるのに十分なデータを得た。この知見は貴重である。なぜなら、IL-2RαはTeff活性化の標準的なマーカーであるが、その単なる発現はT細胞活性化との相関が保証されないからである。興味深いことに、MED12のKOは、活性化の特性を改変し、MED12が完全活性化状態への到達と完全静止状態への復帰の両方において重要な役割を果たしていることが確認された。

 MED12は、転写因子およびRNAポリメラーゼIIと情報伝達することで遺伝子転写の制御に極めて重要なメディエーター複合体のキナーゼモジュールの一部であり、ほぼすべてのRNAポリメラーゼII依存性遺伝子の転写を促進する。研究チームは、MED12インタラクトームを徹底的に解析し、T細胞活性化の状況においてMED12がその機能を発揮するメカニズムを明らかにした。

 免疫沈降-質量分析(IPーMS)により、MED12はヒストンメチル化複合体COMPASSのメンバーと相互作用することが示され、H3K4メチル化における役割が示唆された。ChIP-seqおよびCUT&RUN解析により、MED12と重要なエピゲノム修飾因子との相互作用が確認された。MED12は、静止状態のIL2RAおよびKLF2、または、刺激後のMYCおよびSATB1など、重要な遺伝子座におけるヒストン修飾の制御に関与している。

 本研究において、MED12 KOが活性化誘導性細胞死を制限することで細胞の持続性を改善できることが明らかにされ、MED12およびその他の調節因子を操作することで、耐久性、アポトーシスに対する抵抗性、および腫瘍微小環境への適応性が向上した次世代CAR T細胞を設計するためのフレームワークの概要が示され、臨床現場でより効果的で回復力のあるCAR T細胞療法への道が開かれた。

 一方で、本研究には留意すべきポイントがいくつかある。
  • 体外培養されたヒトT細胞は、生体内での免疫応答の複雑さを完全には捉えきれない可能性がある。
  • 代償経路や重複遺伝子の存在が、他の重要なエフェクターの発現を阻害している可能性がある。さらに、MED12がCD8陽性T細胞など他の免疫細胞種や慢性刺激条件下で果たす役割については不明である。
  • MED12を介したネットワークの操作、特に免疫寛容と記憶に関して、長期的な影響はまだ明らかにされていない。
[出典] 
  • Research Highlight "From CRISPR screens to circuits: identifying key regulators in T cell activation and state transitions" Roman Azcona MS, Cathomen T, Mussolino C. Signal Transduct Target Ther. 2025-04-07. https://doi.org/10.1038/s41392-025-02200-3 [著者所属] Medical Center - U Freiburg (Institute for Transfusion Medicine and Gene Therapy, Center for Chronic Immunodeficiency), U Freiburg (Dept Medicine)
  • 論文 "Central control of dynamic gene circuits governs T cell rest and activation" Arce MM, Umhoefer JM [..] Marson A. Nature 2024-12-11/2025 Jan. https://doi.org/10.1038/s41586-024-08314-y [著者所属] Gladstone-UCSF Institute of Genomic Immunology, UCSF, Stanford U, Stanford U School of Medicine, Parker Institute for Cancer Immunotherapy, Innovative Genomics Institute
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