小規模な挿入と欠失(InDel; 100 bp未満)は、置換に次いで2番目に多い遺伝的変異であるが、過去10年間、突然変異のプロセスの研究は、主に、置換に焦点が当てられてきた。しかし、InDelの検出とアノテーションにおける近年の進歩により、ヒト癌において18の小さなInDelシグネチャー(InDel signatures: IDS)が同定された [Nature, 2020]。これらのシグネチャーは、InDelのサイズ、影響を受けるヌクレオチド、隣接するモノヌクレオチド/ポリヌクレオチド反復の長さ、InDel接合部における配列相同性などの特性に基づく、83チャネルの分類システム(すなわち、83のInDelサブタイプ、以下"COSMIC-83"と表記)を用いて定義された。その後、改訂されたアルゴリズムを使用して同じデータセットが再分析され、新たに 9 つの de novo IDS [Nature, 2024] が報告された。
正確な挿入欠失(InDel)の特性評価は、生物学的および臨床的目的において極めて重要である。ケンブリッジ大学を主とする研究チームは今回、腫瘍の分類と治療感受性の予測における挿入欠失変異の重要性が高まっていることを踏まえ、「複製後修復欠損 (PostReplicative Repair dysfunction, PRRd)」に焦点を当てた実験的 IDS の「グラウンドトゥルース」セットを確立した。
PRRdはDNAミスマッチ修復(MMR)の欠陥と複製ポリメラーゼ校正の欠陥を包含し、免疫チェックポイント阻害(ICI)に対して非常に敏感になることが多い生物学的異常である。研究チームは、まず、CRISPR遺伝子編集技術を利用して、MMRと複製ポリメラーゼ(Pol εとPol δ)の個別および複合遺伝子編集を含むPRRdの同質遺伝子型CRISPR編集ヒト細胞モデルを作成し、独特で多様なInDel変異フットプリントを分析した。その結果、現在普及している挿入欠失分類スキーマであるCOSMIC-83に固有の限界があり、バックグラウンドの変異誘発から識別することも、相互を識別することも、困難であった。
これに対処するため、置換分類に極めて重要な特徴である挿入欠失の 5’ および 3’ 配列を組み込むことで、理解と解決力をさらに高めることができるかどうかを検討した。さらに、変異の脆弱性を高めることが知られている配列モチーフと、それらのゲノム全体での普及率を、考慮に入れた。その上で、10万人ゲノムプロジェクトの7つの腫瘍型(腸がん, 脳がん, 子宮内膜がん, 皮膚がん, 肺がん, 膀胱がん, 胃がん)を重点的に特徴づけることで、37種類のI IDSsを同定するに至った。このうち10種類は、喫煙や紫外線曝露など、既知のがん原因と関連し、8種類はPRRdと関連し、残りの19種類は新たに発見された IDSsで、まだ完全には解明されていないがんの発生や細胞ががん化に関わるものと考えらた。
研究チームはさらに、今回取得したデータを利用して、回帰モデルの一種であるマルチモーダル・エラスティック・ネット回帰モデルを訓練することで、腫瘍内のPRRd状態を明確に特異的に分類する装置であるPRRDetectを開発した。将来、PRRDetectを利用して、個別化医療が進むことが期待される。特に、PRRd腫瘍は免疫療法に対する感受性が高いことから、PRRDetectを利用することで、免疫療法による治療が成功する可能性が高い患者を特定できると考えられる。
[先行論文]
- "Landscape of somatic mutations in 560 breast cancer whole-genome sequences" Serena Nik-Zainal S [..] Stratton MR. Nat Commun. 2024-03-18. https://doi.org/10.1038/s41467-024-45909-5
[出典] "A redefined InDel taxonomy provides insights into mutational signatures" Koh GCC, Nanda AS [..] Nik-Zainal S. Nat Genet 2025-04-10. https://doi.org/10.1038/s41588-025-02152-y [著者所属] U Cambridge (Dept Genomic Medicine, Early Cancer Institute), Queen Mary U London (Genomics England), Sunway U (Malaysia)
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