ヘルムホルツ・ミュンヘンとミュンヘン工科大学の研究チームは、CRISPR/Cas9遺伝子編集システムに基づく遺伝子編集ツールを、従来よりもはるかに高い効率で生細胞に送達する高度な送達システムを開発した。この技術「ENVLPE (Engineered Nucleocytosolic Vehicles for Loading of Programmable Editors)」は、改変された非感染性のウイルス様粒子を用いて欠陥遺伝子を正確に修正する技術である。また、カリフォルニア大学アーバイン校のKrzysztof Palczewski教授が率いる研究チームとの共同研究で、変異により失明した生きたマウスモデルでその有効性が実証し、TUM大学病院のAndrea Schmidts博士の研究室との共同研究で、がん免疫療法を目的とするユニバーサルT細胞樹立の可能性を示した。
[詳細]
CRISPRシステムをはじめとする現代のゲノム編集技術は、遺伝性疾患の治療に大きな可能性を秘めている。しかし、これらのツールを標的細胞に確実に送達することは依然として大きな課題である。
これまでの、アデノ随伴ウイルス(AAV)、脂質ナノ粒子(LNP)、その他のウイルス様粒子(VLP)といったウイルス性および非ウイルス性の送達システムは有効ではあったが限界もあった。ENVLPEは、VLPをベースとしながらも従来のVLPの課題を解決し、また、モジュール設計によって将来の遺伝子編集技術の進歩に対応可能である。
ENVLPEは、改変された非感染性のウイルス由来のシェルをベースとし、細胞内輸送機構である核細胞質輸送体をハイジャックすることで、エディターのすべてのコンポーネントが適切なタイミングと部位で完全なエディターとして組み上がるように設計されている。従来のVLPは、コンポーネントからの組み上げが不完全で機能しないエディターが生成される課題を伴っていた。このアプローチによって、複数の不死化細胞、初代培養細胞、幹細胞および幹細胞由来の細胞、において、BE、PE、CRISPRa、Cas9ヌクレアーゼの活性向上が、実現された。また、PEの場合は、3'末端露出部をCsy4/Cas6fでシールドすることで、本質的に不安定なプライム編集ガイドRNA(pegRNA)を保護し、編集性能をさらに向上させている。
カリフォルニア大学アーバイン校の研究チームとの共同研究では、遺伝性失明のマウスモデルにおいてENVLPEを介してRpe65 変異遺伝子を標的とするPEを送達することで、視力を回復することに成功した。TUM大学病院との共同研究では、BEをENVLPEで健常者由来の初代T細胞に送達することで、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスIおよびT細胞受容体(TCR)をノックアウトし、低免疫原性CAR-T細胞を樹立し、いわゆる「ユニバーサルT細胞」の実現可能性を広げた。ENVLPEはまた、患者から採取した免疫細胞(自家細胞)を生体外で遺伝子改変し、腫瘍細胞を特異的に認識・攻撃できるようにする養子T細胞療法にも新たな可能性を開く。
研究チームは現在、自然界に見られる多様性とAI支援によるタンパク質設計の近年の進歩を活用し、これらのツールの送達を特定の細胞または組織の種類に限定することで、標的の精度を向上させることを目指している。
[出典]
- NEWS "Smart delivery tech boosts CRISPR efficiency, restores vision in mice" Schulz V. Helmholtz Association of German Research Centres. Phys.org 2025-04-09. https://phys.org/news/2025-04-smart-delivery-tech-boosts-crispr.html
- 論文 "Engineered nucleocytosolic vehicles for loading of programmable editors" Geilenkeuser J, Armbrust N [..] Westmeyer GG, Truong DJJ Cell 2025-04-09. https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.03.015 [著者所属] Helmholtz Munich (Institute for Synthetic Biomedicine, Institute of Developmental Genetics, Institute of Structural Biology), Technical U Munich (Dept Bioscience), UC Irvine (Dept Physiology & Biophysics, Dept Chemistry, Dept Molecular Biology and Biochemistry);グラフィカルアブストラクト
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