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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

 2020年、アルツハイマー病(AD)の画期的なバイオマーカー'p-Tau217'が報告された。スウェーデンのルンド大学のオスカー・ハンソンら、スエーデン、米国、コロンビア、英国、およびドイツの国際共同研究チームによる先駆的な研究によるもので、3つコホートから選ばれた1402名の参加者において、血漿p-tau217によって、既存の血漿およびMRIベースのバイオマーカーよりも有意に高い精度でADを他の神経変性疾患(非AD)と識別し、その性能は主要な脳脊髄液(CSF)またはPETベースの指標と有意差がなかった。論文の最後は「今後、血漿p-Tau217のアッセイを最適化し、無作為かつ多様な集団で結果を検証し、臨床ケアにおける潜在的な役割を明らかにするためには、さらなる研究が必要である」とされていた。

 オスカー・ハンソンらは最近、異常な脳脊髄液Aβ42:p-tau181として定義されるAD病理の判定性能を、市販の全自動化学発光酵素免疫測定システムLumipulseによる血漿p-Tau217の検査と高性能質量分析法によるp-Tau217濃度の測定について比較した。マルメ(スウェーデン、n = 337)、ヨーテボリ(スウェーデン、n = 165)、バルセロナ(スペイン、n = 487)、ブレシア(イタリア、n = 230)の4つの独立した二次医療コホートと、スウェーデンの一次医療コホート(n = 548)から認知症状を有する1,767人にて評価した結果、二次医療では差がなかったが、一次医療においてはp-Tau217濃度の測定精度は高く、年齢の影響を受けなかったと、報告している。

 Eric TopolのGroudn Truthsでは今回、ADの血液バイオマーカーの発見以来、目覚ましい進歩が遂げられ、過去1年間で約200ドルで検査が利用可能になったとし、p-Tau217について改めて考察した:
  1. p-Tau217は何を測定するのか? 他のリン酸化タウタンパク質、脳脊髄液(CSF)、PETスキャンとの比較は?
  2. なぜp-Tau217によって20年以上も前にADを予測できるのか?
  3. p-Tau217を低下させるには?
  4. この分野はどこへ向かっているのか?
1. p-Tau217は何を測定するのか、他の検査との比較は?
 
 Tau(タウ)タンパク質はニューロン機能に不可欠であり(微小管の安定化を介して)、スクリーンショット 2025-04-15 11.16.17損傷を受けると80箇所以上で過剰なリン酸化を受ける可能性があり、その1つがプロリンリッチドメインのスレオニン(T)217である [NobleらKimuraらの論文から引用した右図参照]過剰リン酸化は、ADの前駆症状である神経原線維変化の形成の基礎となるタウの機能を阻害する。

 スクリーンショット 2025-04-15 11.17.19Roy Laiらの論文から引用した右図は、アミロイドβペプチド(Aβ)とタウという2つのタンパク質の凝集によって、脳内にさまざまな種類のプラークが形成され、最終的にADにつながる様子を示している。

 p-Tau217は、他の多くのリン酸化タウタンパク質と比較されて来たが、ADの予測における精度と特異性において一貫して他のタンパク質を上回っている。驚くべきことに、この検査はCSF検査と同等かそれ以上の精度を示し、認知機能に障害のない人ではタウPETスキャンと同等の精度を示す。タウPETスキャンの代わりに病期分類に用いることも可能であり、さらに、pTau-217の変化はPETスキャンで異常が見つかるよりも早期に現れる。

 皮肉なことに、p-Tau217はタウと直接関連しているにもかかわらず、タウのみに関連しているのではなく、神経変性プロセス全体を捉えているように見え、脳内のアミロイドプラークの蓄積を極めて綿密に追捉えているようである。また、p-Tau217はリスクを検出するバイオマーカーとして最も早く、AD病理が特定される20年以上も前に、AD発症を予測する。

2. なぜp-Tau217によって20年以上も前にADを予測できるのか?

 アルツハイマー病の発症プロセスは非常にゆっくりと長く、軽度認知障害(MCI)が発症するまでに15~20年かかり、さらにMCIがアルツハイマー病の発症より数年先行する [Long & Holtzman, Cell 2019]。その中で、最初に現れるバイオマーカーが、症状が現れる20年以上前に血漿または脳脊髄液中に現れるp-Tau217である。

 オスカー・ハンソンらによる2020年の縦断研究論文では、臨床的に障害のない(clinically unimpaired: CU)患者がアルツハイマー病に進行した際にp-Tau217が時間の経過とともに増加したのに対し、6年間にわたってアルツハイマー病に進行しなかったMCI患者ではp-Tau217の増加は見られなかったかごくわずかであったことが、示されている。その後、複数の研究により、p-Tau217はCU患者における特定の期間(例えば4年間)内でのアルツハイマー病の発症を高い精度で予測できることが示されている。

3. p-Tau217を低下させるには?

 スクリーンショット 2025-04-15 11.19.29最近、p-Tau217は人為的にコントロールできることが報告された。アミロイド蓄積を軽減する治療や運動といった介入に反応するというものである。このことは、p-Tau217のバイオマーカーとしての有用性を、精度、予後、鑑別診断から治療反応へと拡張する [Gonzalez-Ortiz F et al, Mol Neurodegener 2023から引用した右図参照]

 エクササイズによる減少を示す研究報告も出ている。1つはp-Tau217に関する研究 [Kim SA et al, JAMA Netw Open 2025]、もう1つはp-Tau217と密接に相関するp-Tau181に関する研究 [Raffin J et al., Lancet Healthy Longev 2025] である。また、p-Tau217は現在、アルツハイマー病を予防する新薬の臨床試験に使用されています。

 先週 (2025年4月5-9日)、サンディエゴで開催された米国神経学会年次総会において、脳バイオマーカーを評価し、生活習慣改善の推奨事項を与えられた54名の参加者と、与えられなかった対照群の17名を比較した研究結果が発表された。介入群では、p-Tau217をはじめとするバイオマーカーにおいて著しい改善が見られた [論文は査読待ち]。CNNなどで、介入群の参加者の1名について報道された [‘Amazing’ reduction in Alzheimer’s risk verified by blood markers, study says. LaMotte S. CNN. 2025-04-07. https://edition.cnn.com/2025/04/07/health/alzheimer-risk-blood-biomarkers-wellness/index.html]。一例ではあるが、父がADと診断されたPenny Ashford (61歳) は、p-Tau217の数値が高かったが、地中海式ダイエットとエクソサイズを続け、p-Tau217とp-Tau181がそれぞれ43%と75%、減少した。なお、その間13キロ減量し、筋肉量が増加した。

 一方で、p-Tau217と認知機能障害の間には、経時的に非常に密接な相関関係が見られることから、先の例は、p-Tau217のレベルを低下させることで、AD進行の自然経過を遅らせることができることを示唆している。これらの知見は、エクソサイズに加えて、生活習慣の改善や薬剤によって、MCIやADの発症を遅らせたり、予防したりする可能性があることを示唆している。

4. この分野の今後の方向性は?

 MCIおよびADの血液バイオマーカーとして、報告・研究されているものが他にも数多くある。例えば、他のリン酸化タウタンパク質(Ser262、Ser356など、p-Tau217よりも早期に検出できる可能性がある)、微小管結合領域243を含むMTBR-tau243、グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)、ニューロフィラメント軽鎖(NfL)、その他多くの血漿タンパク質(GDF15、LTBP2など)などが挙げられている。これらのバイオマーカーの相補性や優位性はまだ確立されておらず、p-Tau217とは異なり、未だ市販されていない。

 AD検査におけるAPOE4アレルや多遺伝子リスクスコアは、AD発症リスクのあるなしを示すだけで、いつリスクが上昇するかは示さない。 確かに、p-Tau217には、病気の後期になると値が低下し始めるなど、いくつかの限界があり、80歳以上の人にはそれほど有用ではない可能性がある。しかし、p-Tau217の画期的な発見は、アルツハイマー病の予測と予防に役立つ、他の非常に有益な血液脳バイオマーカーの発見に向けた、この分野における多くの研究を駆動した。

[出典] "The Breakthrough Blood Test for Alzheimer's Disease - The p-Tau217 Biomarker for Prediction and Prevention" Topol E. Gound Truths 2025-04-13. https://erictopol.substack.com/p/the-breakthrough-blood-test-for-alzheimers

[*] オスカー・ハンセンらの論文2報
  1. "p-tau217"の発見:アルツハイマー病と他の神経変性疾患に対する血漿リン酸化タウ 217 の識別精度:"Discriminative Accuracy of Plasma Phospho-tau217 for Alzheimer Disease vs Other Neurodegenerative Disorders" Palmqvist S [..] Hansson O. JAMA 2020-08-25. https://doi.org/10.1001/jama.2020.12134
  2. 一次医療とに二次医療におけるp-tau217の全自動測定 "Plasma phospho-tau217 for Alzheimer's disease diagnosis in primary and secondary care using a fully automated platform" Palmqvist S, Warmenhoven N, Anastasi F [..] Ashton NJ, Suárez-Calvet M, Hansson O. Nat Med. 2025-04-09. https://doi.org/10.1038/s41591-025-03622-w [著者所属] Lund U (Sweden), Skåne U Hospital (Sweden), Barcelonaβeta Brain Research Center (Spain), Hospital del Mar Research Institute (Spain), Centre for Genomic Regulation  (Spain), U Brescia (Italy),  ASST Spedali Civili H (Italy), U Brescia and ASST Spedali Civili Hospita (Italy), Alzheimer Center Amsterdam (Netherland), Amsterdam Neuroscience—Neurodegeneration (Netherland), Institute of Neuroscience and Physiology, Department of Psychiatry and Neurochemistry (Sweden), Sahlgrenska U (Sweden), Sahlgrenska University H (Sweden), UCL Queen Square Institute of Neurology (UK), UK Dementia Research Institute at UCL (UK), Hong Kong Center for Neurodegenerative Diseases (Hong Kong), Wisconsin Alzheimer’s Disease Research Center (USA), Residency Program in Clinical Pathology and Clinical Biochemistry (Italy)
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