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論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

2025-04-18 Nature誌News記事へのリンクを追記:"‘Big leap’ for Parkinson’s treatment: symptoms" Mallapaty S. Nature 2025-04-16. https://doi.org/10.1038/d41586-025-01208-72025-04-16
 
2025-04-17 初稿

多能性幹細胞(Pluripotent stem cells: PSC)

 PSCはほぼ無限に増殖し、個体を構成するあらゆる細胞に分化できるという特殊な特性を帯びている。これらの細胞は胚に自然に存在するが、皮膚などの特定の成体細胞から人工的に誘導することも可能である。ES細胞(胚性幹細胞)とiPS細胞(人工多能性幹細胞)はどちらも様々な種類の細胞に分化させることができる。2025年4月16日付でNature 誌から刊行された論文で、Sawamotoら[*1] とTabarら [*2] は、世界で2番目に多い神経変性疾患であるパー​​キンソン病(PD)の治療に多能性幹細胞を活用する臨床試験の結果が報告されている。

PDの治療法

 PDは、神経伝達物質分子であるドーパミンを放出するニューロンが徐々に減少していく病気であり、筋硬直、動作緩慢、振戦、歩行障害といったパーキンソン病に伴う運動症状は、中脳の黒質と呼ばれる領域のニューロンが減少することで引き起こされる。PD治療の現在の第一選択は、血流から脳へ速やかに輸送されるドーパミンの前駆体であるレボドパの投与であるが、PDが進行するにつれてその効果は低下する。そこで、ドーパミン作動性ニューロン自体を補充する手法は、PD治療の優れた代替手段となる可能性がある。

ドーパミン作動性ニューロン移植の試み

 このアプローチは1980年代に開拓された。ドーパミン作動性ニューロンが豊富に含まれていると考えられていた胎児脳の部位から採取した細胞を、パーキンソン病患者の線条体に移植し、移植部位のドーパミン含有量が回復し、運動機能が改善されたことが示され、その効果は移植後何年も持続した。しかし、患者1名の治療に大量の胎児脳組織が必要であったことから技術的な困難さに倫理的な問題が認識され、この治療法は普及しなかった。

 胎児組織の使用に伴う倫理的問題に対する一つの解決策は、大規模増殖が可能な幹細胞を用いてドーパミン神経細胞を作製することである。世界中の多くの研究グループが、ヒトPSCからドーパミン神経細胞を作製し、パーキンソン病の動物モデルに移植することで機能回復に成功している。

 2020年には、患者自身の皮膚細胞から誘導したiPSCからin vitroで分化させた中脳ドーパミン神経前駆細胞(成熟神経細胞の前駆細胞)を移植した例が報告された [Schweitzer, J. S. et al. NEJM 2020]。しかし、この研究は1名のみを対象とし、また、対照群が設定されていなかったため、その成果を一般化するに至らなかった。

2つの成果

 Sawamotoら [*1] は、日本で実施された第I/II相試験の結果を報告している。健常人のiPS細胞由来のドーパミン前駆細胞を、50歳から69歳のパーキンソン病患者7人の脳の両側に移植した(3名には最大500万個、4名には最大1,100万個;生存した細胞は15万個と30万個と見られる)。試験期間中に重篤な有害事象は報告されず、移植細胞は、幹細胞療法に伴う重大なリスクである腫瘍を形成することなく、ドパミンを産生した。著者らは運動症状の減少も観察した。参加者が標準的な薬を服用している間、有効性解析に含められた6人のうち5人に運動機能が改善し、服用を中止した後も4人に改善が見られた。

 Tabarら
[*2] は、米国とカナダで12名を対象に、健康な脳に通常見られる30万個のドーパミン産生ニューロンを目指して、両脳半球の被殻全体18ヶ所に、ヒトES細胞由来のドーパミン作動性前駆細胞(90万細胞 5名; 270万細胞 7名)を移植する第I相臨床試験の結果を報告している。高用量療法を受けた被験者では、パーキンソン病の症状評価に用いられるスコアが、移植前のベースライン値と比較して18ヶ月時点で50%減少した。さらに、放射性レボドパを用いた脳スキャンにより、移植細胞の生存が確認され、ドーパミン産生の増加が示された。胎児組織移植で問題となっていたジスキネジア(不随意運動)は発現しなかった。

今後の展開

 PD治療において、患者由来ではなく他家由来のPSCから分化させたドーパミン神経前駆細胞移植の安全性が高いことが、独立に行われた治験で示されたことは、間違いなくPSCを介したPDの細胞療法の可能性を広げた。

 今回の治験は、責任医師と被験者の双方が、誰がどの治療を受けたかを把握している小規模なオープンラベル(非盲検化)試験であったことから、今後、偏りの無い盲検化された第2相と第3相試験が行われ、PDのPSCの安全性と有効性が確立されることが、待たれる。
 
[出典] 
News & Views "Clinical trials test the safety of stem-cell therapy for Parkinson’s disease" Okano H (岡野栄之). Nature 2025-04-16. https://doi.org/10.1038/d41586-025-00688-x [著者所属] 慶應義塾大学 再生医療リサーチセンター

[*] 引用論文
  1. 論文 "Phase I/II trial of iPS-cell-derived dopaminergic cells for Parkinson’s disease" Sawamoto N, Doi D, Nakanishi E, Sawamura M [..] Takahashi R, Takahashi J. Nature 2025-04-16. https://doi.org/10.1038/s41586-025-08700-0 [著者所属] 京大院・医(脳神経内科, 脳神経外科, 画像診断学・核医学, 外科, 血液・腫瘍内科学, 医学統計生物情報学), 京都大学CiRA, 
  2. 論文 "Phase I trial of hES cell-derived dopaminergic neurons for Parkinson’s disease" Tabar V [..] Studer L, Henchcliffe C. Nature 2025-04-16. https://doi.org/10.1038/s41586-025-08845-y [著者所属] Memorial Sloan Kettering Cancer Center, Sloan Kettering Institute, Weill Cornell Medicine, U Toronto, Krembil Brain Institute, Toronto Western Hospital, Feinstein Institutes for Medical Research, Donald and Barbara Zucker School of Medicine at Hofstra/Northwell, BlueRock Therapeutics, UC IrvineNCT04802733 Phase 1 Safety and Tolerability Study of MSK-DA01 Cell Therapy for Advanced Parkinson's Disease
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