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 Scince 誌から4月と5月に、2種類のタンパク質エディターの論文が出版された。いずれもインテインを利用し、遺伝子配列から転写・翻訳されて折り畳まれた状態のタンパク質に、短時間で、化学基、非天然アミノ酸、さらにはポリマーを挿入することに成功した。

 インテインは1990年にパン酵母(Saccharomyces cerevisiae )で発見され、それ以来、他の単細胞生物でも数千種類のインテインが同定されている。インテインの生物学的役割は大部分が未解明のままであるものの、研究者たちは長年にわたり、インテインをタンパク質エディターとして再利用しようと試みてきた。しかし、インテインは扱いが難しく、編集効率も低いため、進歩は遅々としていた。

 プリンストン大学のTom W Muir教授が率いる研究チームは、従来のものよりも優れた性能を持つ新たなインテインを設計した [*1] 。また、ペンシルベニア大学フィラデルフィア校の
Ophir ShalemとGeorge M. Burslemの両アシスタントプロフェッサーが率いる研究チームは、生細胞内での作成と使用を容易にしたインテインシステムを設計した [*2] 

 Muir研究チームは、"DNA transposition"を念頭に"protein transposition"と称したが、インテインをベースとするタンパク質エディターは、いくつかの準備作業を必要とする。

 まず、対象となるタンパク質をコードするDNA配列を再プログラムする必要がある。すなわち、「カット」領域の両端にスプリットインテイン2種類のそれぞれ一片(例えば、IntAのN末端とIntBのC末端)をコードする配列を追加する。並行して、挿入する断片(カーゴ)をIntAのC末端とIntBのN末端で挟んだドナータンパク質を用意する。こうして、細胞内で標的タンパク質とドナータンパク質が整列すると、スプリットされていた2種類のインテインがそれぞれ対になり、「カット」領域が自ら標的タンパク質から離脱し、その跡にカーゴは収まる。なお、「カット」領域をShalem & Burslem研究チームは「アクセプター部位」と称している:
 このスプリット・インテインをベースとするタンパク質エディターをベースに、Muir研究チームは、異なるエディターを組み合わせることで、3種類のタンパク質の改変を実現し、Shalem & Burslem研究チームは、5種類のタンパク質の改変を実現した。

 この細胞内タンパク質エディターにより、細胞内でのタンパク質の作用や動きの新たな追跡、細胞内でのタンパク質の局在の制御、新たな機能の付与、他の標的タンパク質との相互作用の制御、などが可能になる。また、このタンパク質エディターの細胞内での反応は極めて高速なため、関心のあるタンパク質を編集うした効果をリアルタイムで観察できる。

 しかし、細胞内タンパク質エディターにも限界がある。今回報告された成功例は、標的タンパク質の露出部位と柔軟な領域で得られており、高度に構造化されたタンパク質の奥深くに埋もれたアミノ酸配列の「カット&ペースト」は今後の課題である。

 また、細胞内での反応の前処理としての「アクセプター部位」の生成が必要なため、未修飾のタンパク質には適用できない。さらに、ドナー配列を生細胞に導入する最も効率的な方法は、細胞に電気刺激を与えることであり、このため、現時点では動物モデル生体内の編集も、適用範囲外になる。

[出典]

NEWS "Powerful protein editors offer new ways of probing living cells" Mullard A. Nature 20205-05-01. https://doi.org/10.1038/d41586-025-01358-8

[*1] "Protein editing using a coordinated transposition reaction" Hua Y, Tay NES [..] Muir TW. Science. 2025-04-03. https://doi.org/10.1126/science.adq8540 [著者所属] Princeton U (Dept Chemistry)
  • ポリペプチド断片の連結によるタンパク質工学は、生化学プロセスの研究において非常に強力であることが証明されている。しかし、一般的に、この戦略は最終的なタンパク質折り畳み段階を必要とするため、このアプローチが適用可能なシステムの種類は限られている。
  • ここでは、スプリット・インテインのペアを利用して「タンパク質転位」反応を介して、折り畳まれたタンパク質複合体を含む複数のシステムに、様々なノンコーディング・エレメントを効率的に導入することができる。
  • ネイティブなタンパク質折り畳み条件下で分子の「カットアンドペースト」を実行することで、本アプローチはタンパク質半合成の範囲を大幅に拡大する。
[*2] "Intracellular protein editing enables incorporation of noncanonical residues in endogenous proteins" Beyer JNx [..] Shalem O, Burslem GM. Science 2025-05-01. https://www.science.org/doi/10.1126/science.adr5499 [著者所属] Perelman School of Medicine (UPenn), Children's Hospital of Philadelphia.
  • タンパク質を本来の細胞環境下で研究できることは、生物学を理解する上で極めて重要である。
  • ここでは、スプリット・インテインを介したタンパク質スプライシング、遺伝暗号拡張、そして内因性タンパク質タグ付けを基盤とした細胞内タンパク質編集技術を確立した。
  • このアプローチにより、エピトープ、タンパク質特異的配列、そして非標準アミノ酸を挿入することで、細胞内タンパク質を編集できる可能性を実証した。
  • このアプローチにより、最小限の摂動で内因性タンパク質にタンパク質編集技術を適用することが可能になり、生きた哺乳類細胞を対象とする実験のツールボックスを拡充するに至った。
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