[注] 論文中では"RNAをテンプレートとするDSB修復 (RNA templated DSB repair)"が、RT-DSBRと称されている。
DSBは、ゲノム不安定性につながる遺伝毒性DNA損傷である。標準的なDSB修復経路は通常RNAとは独立して機能するが、RNA:DNAハイブリッドや近傍の転写産物が修復結果に影響を与える可能性があることを示すエビデンスが増えている。しかし、転写RNAがヒト細胞においてDSB修復のテンプレートとして直接機能するかどうかは不明である。
MSKCCのSimon N. PowellとAgnel Sfeirが率いる研究チームは、蛍光およびシーケンシングに基づくアッセイを開発し [実験手法の項を参照]、RNA含有オリゴヌクレオチドおよびメッセンジャーRNAがDSB修復のテンプレートとして機能することを示した。
機能解析の一環として行なったCRISPR/Cas9スクリーニングにおいて、RT-DSBRを促進する逆転写酵素として損傷乗り越えDNA合成(TLS)に重要な役割を果たすDNAポリメラーゼゼータ(Polζ)がヒットした。ここで、「スプライスされたmRNAをテンプレートとして使用すると、RT-DSBRによってイントロンが欠失する」という仮説を立て検証した。スプライスされた転写産物をテンプレートとしてイントロン内で発生するDSBの修復を解析したところ、ゲノムからイントロンが完全に除去される「イントロン消失現象」を発見した。
このイントロン消失現象を利用することで、生理的条件下でのRT-DSBRのエビデンスが得られた。MSK-IMPACT(Memorial Sloan Kettering-Integrated Mutation Profiling of Actionable Cancer Targets)とPCAWG(Pan-Cancer Analysis of Whole Genomes)のがんゲノムシーケンシングデータの解析により、イントロン配列の正確な欠失を特定し、これを全イントロン欠失(whole intron deletions: WID)と命名した。WIDは、がんゲノムにおけるRT-DSBR活性のゲノムシグネチャーとして機能し、スプライスされたmRNAがDSBの修復テンプレートとして機能し得るという考えを裏付けた。
これらの知見はRNAがDSBの修復テンプレートとして機能し得ることを示唆している。RT-DSBRは、転写活性の高い領域において特に重要な役割を果たし、ゲノムの完全性を維持するための追加的なメカニズムを提供する一方で、変異誘発の可能性も帯びている。
a)RT-DSBRを介して緑色蛍光シグナルを生成するように設計された BFP-to-GFP アッセイの模式図:このアッセイは、青色蛍光タンパク質 (BFP) と緑色蛍光タンパク質 (GFP) を区別する 1 つのアミノ酸の変化を利用して、蛍光を青から緑に切り替える。CRISPR/Cas9 を使用して組み込まれた BFP 遺伝子座に DSB が導入され、細胞は GFP コドンを含む一本鎖 DNA ドナー (DNAGFP) で切断を修復し、BFP 蛍光から GFP 蛍光に切り替わる。RT-DSBR 活性を検出するために、コドンを交換するために必要な配列がデオキシリボヌクレオチドではなくリボヌクレオチドによってコードされている DNA/RNA キメラ ドナーを使用する。
b) 右: BFP-to-GFP アッセイで使用される 120 bp のキメラ ドナーの模式図。緑色のセグメントはリボヌクレオチドのストレッチを表す。左:フローサイトメトリーを用いて異なるドナー(n = 3~6の生物学的複製)を用いてGFPシグナルの定量を行い、非ドナーコントロールと比較する。
c) AAVS1-seqアッセイの模式図:CRISPR/Cas9を用いてAAVS1ゲノム座位に標的DSBを導入し、3 bpの挿入を含むドナーとして、DNAまたはDNA/RNAキメラを細胞に導入する。ドナーを用いた修復が成功すると変異シグネチャーが組み込まれ、PCR増幅および次世代シーケンシングによって検出される。
d) 右:AAVS1-seqアッセイで使用した60 bpのドナーテンプレートの模式図。赤色の部分はリボヌクレオチドの配列を表す。左:異なるドナーによるCas9 DSB修復後の3bp挿入シグネチャーを含む修復産物の割合をAAVS1-seqアッセイ(n = 3~6の生物学的反復)で測定し、非ドナー対照と比較する。
[関連crisp_bio記事]
- ribo-NHEJ:2018-09-14 "RNAひとつまみがDNA修復の'味を整える"
[出典] "RNA transcripts serve as a template for double-strand break repair in human cells" Jalan M, Brambati A, Shah H [..] Powell SN, Sfeir A. Nat Commun. 2025-05-10. https://doi.org/10.1038/s41467-025-59510-x [著者所属] Memorial Sloan Kettering Cancer Center (Dept Radiation Oncology, Sloan Kettering Institute, Dept Pathology and Laboratory Medicine), Cornell U (Weill Cornell Medicine) , SUNY Downstate Health Sciences U, UCLA (Jonsson Comprehensive Cancer Centre, Institute for Precision Health, Dept Urology, Broad Stem Cell Research Center), NCI/NIH
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