crisp_bio

論文・記事紹介:CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム工学, エピゲノム工学, 代謝工学/遺伝子治療, 分子診断/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野); タンパク質工学;情報資源・生物資源;新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症;研究公正

2025-06-11 AddGeneブログの紹介記事へのリンクを追記
"CASTing Off for New Shores in Human Genome Editing" Bentley EP. AddGene 2026-06-10. https://blog.addgene.org/casting-off-for-new-shores-in-human-genome-editing:Back up a second. What are CASTs?;Evolving CASTs for new contexts;The new horizons of evoCAST

2025-05-20
Nature誌の論文紹介記事へのリンクを追記:ヒトDNAに遺伝子を丸ごと挿入可能とする強力なCRISPRシステム - 実験室での「指向性進化法」により、従来のCRISPRシステムを上回る編集ツールが誕生:NEWS "Powerful CRISPR system inserts whole gene into human DNA - Directed’ evolution in the laboratory creates an editing tool that outperforms classic CRISPR systems." Dolgin E. Nature 2025-05-15. https://doi.org/10.1038/d41586-025-01518-w

2025-05-19 初稿
PACE[注] PACE (phage-assisted continuous evolution /ファージ支援連続進化法) [右図参照;CAST (CRISPR-associated transposase / CRISPR関連トランスポザーゼ)

 David Liuらは自ら開発した実験進化法の一種であるPACEを活用してこれまでに、SpCas9, CBE, ABE, PEと一連のゲノム編集ツールの性能向上を実現してきた [*]。今回は、ヒトにはわずかな活性しか示さないCASTから、PACEを介して、活性が200倍以上向上した進化型CASTに到達し、evoCAST、として発表した。このevoCASTによって、10 kbを超える長大なDNA断片の高精度・高純度なノックインが可能になり、機能喪失型遺伝性疾患に対する遺伝子変異に依存しない治療法への道を開いた。

[詳細]

 CRISPRをベースとする多彩なゲノム編集ツールによって疾患を引き起こすほとんどの変異が修正可能になった。しかし、多くの疾患の原因変異が多様なことから、患者ごとに異なる戦略の設計と規制当局の承認が必要となり、ゲノム編集療法の恩恵を受けられる患者は極めて限られてしまう。一方で、機能喪失型遺伝性疾患に対しては、健全な遺伝子コピーを然るべくゲノムに組み込むことで、変異に依存しない治療法を提供できる可能性がある。また、遺伝子の組み込みは、トランスジェニック細胞および動物モデルの樹立、代謝工学、さらには免疫療法など、他の用途にも活用できる。

 細菌由来のCASTはDNA二本鎖切断(DSB)を介さずに大規模なDNAカーゴのゲノムへの組み込みを可能にするが、ヒト細胞への組み込みが最小限(処理細胞の0.1%以下)であった。David Liuらは、この低い効率は、自然に進化してきたCASTのDNA転座触媒活性に最適化の余地があると推察した。そこで、転座効率の向上を目指して、ファージ支援連続進化(PACE)システムをベースにCASTバリアントを迅速進化させるCAST-PACEの手法を確立した。具体的には、Pseudoalteromonas 由来のType I-F CASTシステムにCAST-PACEを適用した。

 CAST-PACEにおける数百世代にわたる連続的な選択、複製、および変異を経て、ヒト細胞における組み込み活性が野生型から200倍以上向上したCASTトランスポザーゼタンパク質TnsBの変異体を得た。この進化型TnsBは、タンパク質全体にわたって活性を増強する10個の変異を帯びており、変異は、TnsBとCASTの他のタンパク質との相互作用を改変していると考えられた。

 進化型TnsBは、細胞毒性のある細菌由来の野生型CASTアクセサリタンパク質ClpXの共送達を必要とせずに、ヒト細胞における効率的な組み込み活性を誘導していた。この進化型TnsBを、PACEによって進化させ、合理的に改変された他のCAST構成要素と組み合わせることで、ヒト細胞への組み込み活性に最適化されたシステムであるevoCASTに到達した。 

 EvoCASTは、ヒト細胞中の14のゲノム標的において10~30%の組み込み効率を達成した。これは、野生型CASTと比較して平均420倍の効率向上に相当する。EvoCASTは10 kbを超える大きなDNAカーゴをサポートし、セーフハーバー遺伝子座、がん免疫療法エンジニアリングの対象となる部位、機能喪失型遺伝性疾患に関与する遺伝子など、疾患関連ゲノム部位への複数の治療ペイロードの組み込みを可能にした。EvoCASTはまた、初代ヒト線維芽細胞を含む複数のヒト細胞種において標的組み込みを実現し、高い産物純度を示した。望ましくないインデルは検出されず、主に一方向性のカーゴ挿入、1塩基対単位の組み込み精度、低いオフターゲット組み込みが、示された。

 EvoCASTは、シンプルなプログラミング性、シングルステップの統合メカニズム、DSBの回避といった利点を有しており、ライフサイエンスや治療における多くの応用に適している。例えば、単一のevoCASTで遺伝的に多様な患者集団に対応できることが挙げられる。

 本研究で野生型CASTの性能向上が実証されたCAST PACEシステムは、他の天然CASTの改善にも展開可能である。

[出典] "Programmable gene insertion in human cells with a laboratory-evolved CRISPR-associated transposase" Witte IP, Lampe GD, Eitzinger S [..] Sternberg SH, Liu DR. Science. 2025-05-15. https://www.science.org/doi/10.1126/science.adt5199 https://doi.org/10.1126/science.adt5199 [著者所属] Broad Institute of Harvard and MIT, Harvard U, HHMI, Columbia U, U  Minnesota Medical School;グラフィカルアブストラクト

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